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#短編小説

偽の純情を携帯する

偽の純情を携帯する

 
 想いを寄せる相手の家に住むだけでなく、共に外出して「おはよう」から「お疲れ様です」まで聞き、帰宅後は幾らか構われて、決まった時間に彼女を寝かし付け、自分はいつでも傍に居る。
 同棲を超えた仲、だがしかし、交際はしていない。相も変わらず、あちらにとって都合のいい男であり、恋愛対象外だった。
 毎晩「おやすみなさい」に期待を懸けては裏切られ、虚しく朝を迎えていた。
 切ない片想いの話、と言うより

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[短編小説]カゴの小鳥

[短編小説]カゴの小鳥

 「あなたは今、気鬱の病に罹っているから、しばらくは気楽に過ごしてください」
そう言った、短髪の胡麻塩頭の医者の表情をみると、からかっているわけではないらしかった。ただ事務的に、機械的に告げる男。会ったばかりのこの男の出す薬を、無警戒に体内に取り入れる患者の自分。これは、信頼ではなく怠惰だ。

 病院と薬局と、数時間の拘束に疲れた僕は重い玄関扉を開ける。すると間髪入れずに、小さな高い鳴き声で、来い

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【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

【連作短編】探偵物語日記④〜山男は歩かない〜

生ぬるい雨がフロントガラスにぶつかって落ちる。壊れたカーエアコンは溜息のような風しか吐かない。

俺は雇われの身だ。職業は探偵、個人営業主ではない。所謂、サラリーマンだ。会社には申請していないが、俺には霊が視え、時には会話する、所謂、霊能探偵ってやつだ。

春とも冬とも言えない湿気に満ちながら、若干の肌寒さを残した中途半端な季節の夜10時、俺は車を運転していた。黒いデカい車を。こんな居心地の悪い夜

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