【小説を書く人】長﨑 太一
短い短い、ショートショートをお楽しみください。
各話5分くらいで読めます。 《聴き屋》囁聞霧江は聴くだけ解決しない。
「相談したいことがある」 友人から呼ばれ私は喫茶店を訪れていた。この喫茶店は私と友人が学生時代よく通い他愛もない話 に耽った場所である。 彼とわたしは大学生の頃に知り合った。入学直後の4月ではなく、正月もとっくに過ぎてしまった2月のころであった。彼は地面に這いつくばって何かをスケッチしていた。私は草を描いているのかと思ったが手元を覗くとソレ はサナギだった、蝶の蛹だった。私が不思議そうに見下していると、彼は 視線を蛹に向けたまま「何が出てくるか楽しみですね」と勝手に同意
高校卒業の日、俺は同級生のタカシに芸人になろうと申し込んだ。 「コンビを組んで芸人やろう!!」 まさしくプロポーズだった。 「すまん!俺、ラーメン屋になりたいんだ...…」 まさしく失恋だった。 結局、俺は芸人になることはなく会社員をしている。高校を卒業してから丁度10年。タカシから「俺のラーメンを食べてほしい」と連絡があった。 タカシが作ったラーメンは醤油豚骨系、たっぷりの野菜に豚の脂、溢れんばかりのニンニク、岩の如きチャーシュー。所謂、二朗インスパイアだった。
少し欠けた満月の夜。 T氏はやたらと重いリュックサックを背負い、何かから逃げるように坂道を足早に歩いていた。宿も無く、ひたすらに歩き続 けていたのでT氏は疲れ切っていた。次、足を止めれば、再び歩き始めることはできないと確信している。そもそも、何故こんな夜中に歩かなくてはいけないのか、思い出せそうで思い出せなかった。 T氏が野宿を覚悟したその時、白い軽トラックが路肩に停まりハザードランプを点灯させた。運転席か ら髭面の男が話かけてきた。 T氏は彼の家に泊めてもらうこと
「...…らなくちゃ、帰らなくちゃ。生きて、帰らなくちゃ...…」 数時間前、S氏は夫に頭を殴られ山に埋められた。だが、意識はある。後頭部の激痛に耐えながら、なんとか土の下から這い出た。深夜の深夜の山は骨にしみるほど寒い。実際S氏の肘からは折れた骨が飛び出ている。稲妻迸り、冷たい雨が降り出した。傷は痛み、凍てつく雨は肌を引き裂かんばかりにうちつけた。それでもS氏の思いはただ一つ「生きて帰らなくては」その思いを胸に一歩を踏み出す。あり得ない方向に曲がった足首を引きず
人間に限りなく近いアンドロイド《ドロシー》の開発が進められていた。 「ドクター、鎮痛剤を下さい」 ドロシーは人間用の医務室を毎日訪ねていた。 「またかい?君には必要ないよ、ドロシー」 ドロシーに痛覚は設定されていない。邪魔なだけだから。 「でも痛むの、胸の奥が痛いの」 戦闘用アンドロイドのドロシーはぎごちなく胸の上に手を置く。 「今回までだよ」人間用の薬を接種しても意味はないが、ドロシーの気持ちがおさまればと思いドクターは薬を処方した。 「ありがとう、ドク
「分からない人たちだな〜!もう一回言いますからね゙っ!!」 R氏は半ば呆れた顔で語り始めた。 「幽霊やオバケが服を着るのはおかしいですよね? メガネをかけている霊の話も聞きますよね?本来なら魂の容れ物である肉体だけ幽霊になるべきですよね?。魂のない無機物は霊になりませんよね? だから幽霊とは裸であるべきなのですよっ!」 唾を飛ばしながら「自分は幽霊だ」と言い切った全裸のR氏はパトカーに詰め込まれた。
Q氏は旅先で土産を探していた。土産屋の店員に何が名産か尋ねるとキーホルダーを薦められた。 「これって何処でも売ってる剣に龍がまきついてるやつですよね」Q氏は首を傾げた。 「コレはこの村で作ってます」店員はコソコソとQ氏に耳打ちした。 「……え?本当ですか?作っているところを見れますか?」 店員はQ氏を村の鍛冶屋に案内した。 「ここで作っています」 鍛冶師が叩いている赤い鉄は確かにあのキーホルダーの形だった。 「いやあ、ありがとう。珍しいタイプものが見られた。
悟平は乾いていた。悟平だけではない。二ヶ月の間、炎天下が続き井戸は枯れ村人全員が、村全体が乾ききっていた。皆、雲ひとつ無い青空は見飽きていた。 長く雨が降らないので作物もできない。だから、獣すら村には寄り付かなかった。村人たちは山に入り、獣を獲った。悟平の仕掛けた罠には狐が架かっていた。狐でも腹の足しになる。だが、よく見れば狐はやせ細っていた。彼らも悟平たちと同じように飢えていた。悟平は狐に手当をしてやって逃した。 明くる日の晩、戸を叩く音で悟平は目を覚ました。戸を
父の遺品を整理していると、タンスや押入から壺や掛け軸など、価値が不確かな骨董品がでて来た。誰も知らない父の趣味があったらしい。父も可愛い所があったのかとしみじみしていると、倉庫の奥でエロ本を発見した。これまた骨董品だ。 哀愁のあるエロ本のページをパララと捲っていると茶封筒がこぼれ落ちた。中にはに一万円札が収まっていて、父からのメッセージが書かれた便箋が添えられていた。そこにはただ一文だけ、こう書かれていた。 「母さんには内緒だぞ」
P氏は旅先でお稲荷様のキツネではなく、お狸様を祀る珍しい社を見つけた。珍しい社もあったものだとしげしげと見ていると。そこの境内の掃除をしている初老の女性と目が合い会釈をした。その女性が「あら、あら、」と笑いながら、P氏の頭上に乗っている葉っぱを払った、その瞬間。ポンっと白い煙が上がるいなや、P氏は元の狸に戻ってしまった。それを見た女性が驚くと、ポンっと白い煙が出て彼女も狐に姿を変えた。 二匹は気恥ずかしそうに再び会釈して、並んでお供え物の栗を食べた。
O氏は事故物件を格安で借りた。入居前にしっかり事故物件であると説明を受けた。つまり分かったうえで借りている。 絶対に忘れてはいけないことが一つ。玄関の盛塩さえ忘れなければ普通の部屋と変わりないと聞いていた。しかし、昨日の夜から金縛りやラップ音、幻聴が耐えない。まるで、幽霊と同居しているようだ。盛塩は指示通り置いている。 O氏のスマホに知らない番号から電話がきた。恐る恐る出ると、「甘いな…こんな…モノ…効かない...…よ」という掠れた男の声が聞こえた。 O氏はその言葉
6年3組は課外授業の一環で豚を飼った。1年後、中学生になる前に食べるまでが課外授業だ。名前はトン太。いわゆる《命の授業》だ。 1年の月日がトン太を大きくした。そして、トン太の体重に比例して6年3組全員のトン太に対する愛情も大きくなっていた。結局のところ食べるのは可哀想と言う声が上がり、ペットとして次の学年に引き継ごうと決まった次の朝、トン太は死んだ。 トン太は火葬にすることにした。しっかり燃えるように脚を縛り一本の棒に吊るして焼いた。焚き火の火力が足りなかったのか黒焦
N氏は深夜の騒音に悩まされていた。泣き叫ぶ女性の声、ガリガリと壁に爪をたてるおと、上階からはやたらと大きい足音。今、このアパートには誰も彼も住んでいないことは確認済みだった。 もう、こんなところには住んでいられない。今日こそは肝理解に文句を言って引っ越してやろう。そう、決心してN氏は電話をかけた。 「深夜に隣から壁を引っ掻く、女の泣声、上階からはやたらデカい足音。よくも事故物件を紹介しやがったな!金を返しやがれ!!」N氏は精一杯の啖呵を切った。 「も〜、またですか?」
姫が月に帰った後も竹取の翁は、その名の通り竹を切り続けた。 翁は耄碌したとか、次こそは帝の求婚を断らない姫を探しているとか、揶揄する者もいたが翁は脇目も振らず、ひたすらに竹を切り続けた。 ある朝、翁が竹林で死んでいた。まるで高い所から落ちたように頭かち割れ、飛び散った血が緑の竹を真っ赤に染めていた。 見るも無惨な翁の亡骸の傍らには、月に届かんばかりの長い長い竹のハシゴが横たわっわていたそうな。
M氏にはトンカツ屋の豚の置物が少しグロテスクに思えた。今から殺された豚の肉を切り分け筋を切り、塩コショウで味をつけ、卵にくぐらせ、パン粉を纏わせ揚げた、世にもおぞましい料理を口にするわけだが、犠牲者本人たる豚がコック帽を頭に乗せ割烹着に見を包んでいる。あまつさえナイフとフォークを手にしているではないか。まさに支離滅裂である。まずは店先でM氏は若干の不快感を覚えた。だがすぐに、こういう店は旨い。という独自の統計学から導き出した結論に至るのである。 トンカツ、上トンカツ、ヒ
L氏は出張先で食べた蕎麦屋のカレーか忘れられなかった。出汁とスパイスの調和の取れたルー、程よく溶けた具材達、肉の味の存在感がありながらもカレーに徹している牛肉。L氏はカレーの虜になっていた。 休み取って、わざわざ店を訪れ「カレー」を注文すると店員の顔が曇り「すいません。今日は蕎麦しかなくて...…」申し訳無さそうに言う。 残念だと思うが、ここまで来て立ち去るのも忍びない。次、来づらくなったなってしまう。そう思えるほどL氏は蕎麦屋のカレー夢中だった。仕方なく盛り蕎麦注文