【小説を書く人】長﨑 太一

小説を書く人。 『河童堂奇譚 四月一日の客』 著:長﨑太一 お聞かせください、奇譚、…

【小説を書く人】長﨑 太一

小説を書く人。 『河童堂奇譚 四月一日の客』 著:長﨑太一 お聞かせください、奇譚、怪談、法螺話。 河童堂で繰り広げられる、九つのエピソード。 ◆Amazon・楽天kobo・hontoなど計24店の電子書籍ストアより配信中 amzn.to/3rgznNJ #小説 #町中華

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【短編小説】春もどき

「相談したいことがある」  友人から呼ばれ私は喫茶店を訪れていた。この喫茶店は私と友人が学生時代よく通い他愛もない話 に耽った場所である。  彼とわたしは大学生の頃に知り合った。入学直後の4月ではなく、正月もとっくに過ぎてしまった2月のころであった。彼は地面に這いつくばって何かをスケッチしていた。私は草を描いているのかと思ったが手元を覗くとソレ はサナギだった、蝶の蛹だった。私が不思議そうに見下していると、彼は 視線を蛹に向けたまま「何が出てくるか楽しみですね」と勝手に同意

    • 【ショートショート】才脳

       脳を解析する技術が開発され、人は5歳になると才能を明らかにすることが義務付けられた。 私に眠っていた才能は『殺し』の才能だった。 来る日も来る日も、あらゆる殺しのアイデアが湧く、若い頃は死ぬほど悩まされた。救いだったのはアイデアだけで殺意は無かった。  毎日、毎日、アイディアをノートに書き留めた。30年が経ちノートは部屋を埋め尽くした。5歳のあの時から30年、私はこの閉じられた部屋から出ていない。『殺し』の才能を持った人間が外に出られるはずもなく、かと言って実際に殺人を

      • 【ショートショート】起動怪人

         死神と呼ばれた悪の研究者が死の間際に完成させ、起動した怪人は暴虐の限りを尽くしていた。多くの人を殺め、そして喰った。まるで、空腹に癇癪をおこした子どものように、喰い荒らした。  不眠不休で暴れ続けた怪人はついには疲弊し、やがて捕縛された。罪なき人々を欲望の命ずるままに殺めた彼には、電気椅子での処刑が言い渡された。    そして刑が執行された。彼は普通の人間ならば即死してしまう高圧電流が身体を巡るのを感じていた。"感じることができていた"    怪人は笑った。  怪人は笑った

        • 【ショートショート】数

           真夜中の高速道路を一台の車が走っている。不思議と他の車は見当たらず、運転手はストレスを感じることなくアクセルを踏み込んだ。 30分ほど走り続けていると【120】と表示された電光掲示板が目に入った。時速120キロもスピードを出していいのかと疑問を持ちながらも、周りに他の車が走っていないことを確認すると、アクセルを踏み込んだ。夜の闇は罪悪感すら隠してくれる。どんどん車はスピードを上げ、そしてガードレールを突き破り、暗い夜に飛びたち崖下へ姿を消した。 電光掲示板の【120】と

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        【短編小説】春もどき

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        • 囁聞霧江は枯野を歩く
          4本

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          【ショートショート】桜も山の賑わい

          「きれいね」  無邪気に笑う彼女を助手席に乗せ、山一面に桜が咲く頃、俺は故郷に帰省した。家族に紹介したいと伝えると、彼女はとても喜んだ。同棲を始めて今年で8年目、やっと決心がついた。  彼女を父に紹介すると「よくやった」と褒めてくれた。母は泣いて喜んで「これ、貴女の木よ。記念に山に植えるの」と桜の苗木を彼女に見せた。 「素敵ですね。お義母様」  春の温かな陽光は眠気を誘うはずだが、俺は彼女を両親に紹介すると決めたあの日から上手く眠れずにいる。  ずっと逃げてきた故郷の風習。愛

          【ショートショート】桜も山の賑わい

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く②〜学び舎・後編

           城ヶ崎慎吾は逃げている。 「あるはずない。そんなはずない」  彼は始めから"学校の七不思議、数えてみた"の企画を6番目の七不思議を本物に見せかけて、最後の1つを知ると死んでしまうから試せなかった。と演出するつもりだった。だが、実際は丁度よい最後の1つが決まらず、なしくずし的に設定したものだった。彼は《学校の七不思議などない》という妄想に取り憑かれていた。 「全部あなたの妄想だ。と言ったんです」  囁聞霧江は囁いた。 「えっ、えっ何を言って……るん……」  城ヶ崎慎吾は狼狽

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く②〜学び舎・後編

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く②〜学び舎・ 前編〜

          「皆さん、コンバンは~。今夜は廃校を探検したいと思いま〜す」  いかにも軽薄な間延びした声は、「俺は今、変なコトをしていますよ」という自己満足と欺瞞に満ちた演出に彩られていた。 「ちょっとカメラ止めてぇ!オネェさんも楽しそうな顔してくれないと!そういうのも視聴者に伝わるんだよ」やたらと大げさな身振り手振りで騒ぐ城ヶ崎慎吾に霧江は「はぁ」と、殆ど溜息の返事を返した。初夏の蒸し暑い夜、《聴き屋》であるはずの囁聞霧江は動画投稿者をなのる城ヶ崎慎吾のカメラマン兼助手として廃校に来てい

          【連作短編】|囁聞霧江《ささやききりえ 》は枯野を歩く②〜学び舎・ 前編〜

          【ショートショート】ファンタジー・ファンタジア

           とある村の少年、アルフレドは小説好きだ。小説を読んでいると辛い毎日から抜け出して、旅をしている気分になる。  彼の村は都から遠く離れた辺境、村の主要な産業は狩猟によって得られる皮や骨を使った工芸品などだ。当然、書店という商売は成り立たない。たまに行商人が運んでくる荷物の中に紛れ込んだ盗品まがいの本を安くで譲ってもらえればマシな方だ。  アルフレドの両親も例に漏れず猟師だ。暇さえあれば読書をしているアルフレドを気味悪く思っている。この村はよく言えば完結している。質さえ問わなけ

          【ショートショート】ファンタジー・ファンタジア

          【ショートショート】過去進行形

           灰色の雲から雨が降っているが、僅かに陽光の気配があるので明るい。もう少しで雨は止むだろう。    雨上がりはいつも僕を憂鬱にさせる。    僕は彼女に聞こえないように小さく溜息をつきながら「雨の日だけ死んだ人に会える場所があったら、死んだ僕に会いに来る?」商店街の屋根を打つ雨音に負けないように横を歩いている彼女に問いかける。 「雨やみそうだね」  問いかけには答えてくれない。肉屋で買ったコロッケをモソモソと食べている。  行きつけの本屋のおやじさんが「やぁ、デートかい?」と

          【ショートショート】過去進行形

          【ショートショート】オレンジの光

          「やだ!オレンジにして」  ナツメ球というらしい。白く発光するあの天使の輪みたいな蛍光灯を消すと点灯する淡いオレンジ色の光を放つアレ。少し大きな豆電球みたいなやつ。子どもの頃から妹は暗いと眠れないので、あのオレンジ色の明りを残さなければ泣いて駄々をこねた。大人になってからもその癖は治らなかった。わたしはあの光があると落ち着いて眠れない気がした。妹は「夕日だと思えばいいじゃん」と言っていたが、わたしにとっては、まるで電子レンジの中にいるみたいで落ち着かなかった。  今、空をオ

          【ショートショート】オレンジの光

          【ショートショート】機械と砂漠と私と

           ロボットと人間が砂漠を旅をしていた。名前はアマンダとSA-8。二人はロボットと人間が共生しているという街を目指していた。  高温のためだろうか、SA-8が道半ばで倒れた。これまで一緒に旅をしてきた相棒をアマンダは見捨てられなかった。彼女は相棒を担いで歩いた。街に着けばまだ間に合うかもしれない。僅かな体温を背中に感じながらアマンダは夜通し歩いた。  そしてついに街に辿り着き、アマンダが倒れ込むと。住人が駆け寄ってきた。  アマンダは真先に「私はアマンダ。急で申し訳ないがSA-

          【ショートショート】機械と砂漠と私と

          【短編小説】水泡にキス

           行方知れずの夫『満男』は数年後に滾々と水が湧き出る泉の水辺で見つかった。  帰ってきた満男は水しか飲ま無かった。  満男を連れて散歩に出かけた時には、少し目を離しただけで姿が見えなくなった。また、彼が何処かに行ってしまう。焦りながら探していると、近くの川で子どものように笑いながら、服が濡れることも気にせずバシャバシャと手足をバタつかせている。私は靴を履いたまま川から満男を引き摺りだした。 彼はどこか不満そうに「ごめん」とだけ言って、その日は何も話さなかった。その後、風呂に服

          【短編小説】水泡にキス

          【ショートショート】階段社

           目指すは地上20階の事務所、エレベータは無い。  階段を1段ずつ踏みしめる。真白のやたらと清潔な階段。この階には病院でもあるのだろうかと思えるほどに潔癖ささえ感じる。手すりを使うこと無く最初の折り返し地点を曲がると、今度は目が痛いほどの黄色い階段が現れた、階段の中程まできたところで違和感に気がついた。先程とは一段の高さが違うように思える。色による錯覚だろうか。  次は緑だった。しかも微妙な緑。昔の冷蔵庫なんかに使われていたような緑である。今度は一段が低いように感じる。それか

          【ショートショート】階段社

          【ショートショート】珈琲問答

           俺の向かいに座っていた友人は、湯気が上がる珈琲に口をつけることなく席を立ち去った。  この喫茶店は妙だ。いくら注文しても商品は出てこない。友人と俺に珈琲が一杯ずつ出されただけだ。彼はそんな店に腹を立てて席を立ったのだろうか。    彼が残した珈琲がやたらうまそうに見えた。少し飲んでみようか。いや、彼は帰ってくるかもしれないし、他人の物を盗むのと同じではないか……。  しかし、空っぽになった自分のカップを見つめていると、たっぷり入った目の前の珈琲が欲しくなる。息が荒くなり、

          【ショートショート】珈琲問答

          【ショートショート】録家

           数年ぶりに地元に帰省し、実家に立ち寄った。 玄関を開けると、廊下の奥の居間から笑い声が聞こえる。父、母そして妹。玄関に立ちつくしたままでいると、居間の襖が開き柔らかな灯りと共に母が現れた。こちらに向かって歩いてくる母の顔がみるみる真っ青になって「アンタ、さっき帰ってきたがな」と言って震えている。確かに居間から聞こえる笑い声には俺の物らしき声が交ざっている。 俺はため息交じりに「母さん達は、もうとっくに死んでるだろ?」そう尋ねた瞬間、母と笑い声は煙の様に消えた。俺だけは消え

          【ショートショート】録家

          【ショートショート】殺人的傑作

           一週間近く連絡が取れなくなっていた同僚の家を訪ねると彼は死んでいた。死因はおそらく餓死だろうと思えるほど、見る影もなく痩せていた。やせ細り、殆ど皮と骨だけになった手には表紙カバーも無ければ作者名も記されていない真黒でボロボロの本が握られていた。  私は彼の指を一本ずつ解き、その本を手にり開く。それは小説だった。私は、それを流れるように読み終わる。また始めから読む。何度読んでも新しい発見と面白さがある。また、読み返す。今、私と餓死した友人を照らしている光が、何度目の朝日かも

          【ショートショート】殺人的傑作