教えることは忍耐。また、教わることは、価値を感じ欲がなければ成立しない。生まれつき潤沢にお金・物品に囲まれても、価値を感じ欲がなければ使いこなせず、保持できない。塾講師や教師の話が、当人にとって何のパワーもない装飾品であるなら、投資しても無駄である。
先生というより、話を聞いてくれる大人(人)でありたい。同じものを前にして、気持ちを分かち合う大人(人)でありたい。それだけで、子ども(若い人)は人の目を見て話をするようになる。
成果として学力が伸びるかどうかではない、「向学心」を育てねばならない。自分の意志と希望に向かって舵を取る力だ。低学力の子らに学力向上の取り組みは無意味ではない。楽しくても点が取れなければ、真実を知っている彼らは学びに向かわない。「学びに向かう力」は点が取れてこそなのだ。
「宿題やってこないとろくな大人にならない」なんて言ってる教員は、自分がそう言われてきた子ども時代のマインドで成長を止めている。「大学を卒業したら勉強しなくていい」を体現しているのだろうか。大人の課題はまず宿題をやらない現象の背景を見つめることだ。仕事の学びは教わることができない。