記事一覧

大きな樹の話12

一本杉の存在感 樹には当然、その種が持つ生態的な特徴があり、なかでも巨樹はそれが顕著に現れると思う。 クスノキは地面を掴むといった表現がぴったりなほど、雄大に発…

はぎ
1か月前
5

大きな樹の話11(後編)

白山信仰の生きる地、石徹白 寺社巡りなどをしたことがある方ならば、白山神社という名前を聞いたことがあるだろうか。もしくは自分の生活圏に同じ名前の神社があるという…

はぎ
9か月前
6

大きな樹の話11(前編)

神の地、人の地 神社仏閣の土地に足を踏み入れると空気が変わる、なんてよく言うけれど、それを実感できる人がどれほどいるだろうか。 僕自身、いわゆる霊感は無い(と思…

はぎ
10か月前
3

大きな樹の話10

しばらく巨樹から離れて 昨年の10月半ばに鹿児島へ撮影に行って以来、巨樹巡りを中断していた。 鹿児島での3日間があまりに良い時間で、何も達成などしていないのに謎の達…

はぎ
1年前
9

大きな樹の話9(後編)

巨樹とわたしたちの向き合い方 環境・生物に対する人間の立ち位置は常に利己的だ。例えば、自分たちのために山を切り拓くことなどが分かり易い例だろうか。しかし、ここで…

はぎ
1年前
7

大きな樹の話9(前編)

変わりゆく巨樹に人がすべきことはあるか 自分が巨樹を追うようになってから、随分と多くの巨樹たちが倒れた。意識をしているから気になるだけで、もしかすると今までと変…

はぎ
1年前
5

大きな樹の話8(後編)

記憶に残る巨樹とは 〜続き 記憶に残ると言っても2つパターンがあることに気付いた。 ひとつは「生命感に溢れ、その並外れた外観的特徴が顕著に現れているもの」 ① (大き…

はぎ
1年前
4

大きな樹の話8(前編)

記憶に残る巨樹とは この制作を始めてから、今月で丸5年が経った。 大学3年次に訪れた1本のタブノキを皮切りに、私の巨樹探訪は今日まで続いている。 これまでに出会った…

はぎ
1年前
5

大きな樹の話7

最近樹を見た時の感動が初めの頃に比べて薄れてきたなと、ふと思った。 同時に、これはかなり良い変化なんじゃないかなぁとも思った。 というのもこの撮影を始めてもう5年…

はぎ
2年前
5

大きな樹の話6

巨木と言ったら縄文杉!?さて引き続き、私の写真を見てくれた方や一緒に撮影に行った人がよく口にするキーワードについて。前回のトトロに次いでよく出てくるのが 「縄文…

はぎ
4年前
12

大きな樹の話5

緊急事態宣言が出てからずっと撮影に出れていない。丸々2ヶ月空くなんて今まで無かったからなんだか落ち着かない。             ということで外に出てないう…

はぎ
4年前
6

大きな樹の話4

個展を終えて 先日、初めての個展を無事に終えることができました。                   やってよかったな、と思う点はたくさんあったのだけど、その中…

はぎ
4年前
2

大きな樹の話3

巨樹の最期いかに巨樹といえども生き物であるから必ず死ぬときがやってくる。天寿を全うし静かに消えゆく樹もいれば、先日日本を襲った台風のような災害によってあっという…

はぎ
4年前
4

大きな樹の話2

初めての巨樹探訪だった埼玉県では、全部で5本の樹に会いに行った。どれもその後に2回3回と会いに行くようになった素敵な樹ばかりだったけれど、上谷の大クスという樹だけ…

はぎ
5年前
4

大きな樹の話1

ちょうど2年前、大学3年の夏頃から巨樹というものに惹かれるようになった。 きっかけはその夏に見た吉田博という風景画家の展覧会。モ…

はぎ
5年前
4
大きな樹の話12

大きな樹の話12

一本杉の存在感

樹には当然、その種が持つ生態的な特徴があり、なかでも巨樹はそれが顕著に現れると思う。
クスノキは地面を掴むといった表現がぴったりなほど、雄大に発達した根。
イチョウであれば幹とも根とも判断できぬほどの複雑な樹形。
トチやカツラなら湿潤な気候を好むことから、苔むした美しい樹皮であったり。

全国にはその姿形や生態が理由となって神社仏閣の神木とされている例が数多くある。
常緑の種は溢

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大きな樹の話11(後編)

大きな樹の話11(後編)

白山信仰の生きる地、石徹白

寺社巡りなどをしたことがある方ならば、白山神社という名前を聞いたことがあるだろうか。もしくは自分の生活圏に同じ名前の神社があるという人もいるかもしれない。
白山の名を冠する神社は全国に3千を超えるという。
その御神体は文字通り白山という一つの山だ。
石川県と岐阜県に跨り、富士山・立山と並んで日本三霊山に数えられる。
周囲の山々よりも長い期間雪を被り聳える姿は、実に神々

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大きな樹の話11(前編)

大きな樹の話11(前編)

神の地、人の地

神社仏閣の土地に足を踏み入れると空気が変わる、なんてよく言うけれど、それを実感できる人がどれほどいるだろうか。

僕自身、いわゆる霊感は無い(と思い込んでいる)しパワースポットで肌がヒリヒリするとかそういった経験もない。
でも、「そう捉えれば」そういうことが起こっていたのかも…という経験や、これってそういうお告げなのでは?と感じたりしたことはある。

以前、山形県でとある樹を訪れ

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大きな樹の話10

大きな樹の話10

しばらく巨樹から離れて

昨年の10月半ばに鹿児島へ撮影に行って以来、巨樹巡りを中断していた。
鹿児島での3日間があまりに良い時間で、何も達成などしていないのに謎の達成感に満たされてしまったのだ。
あえてその理由をあげるとしたら、1番見たかった蒲生のクスが本当に素晴らしかったからかもしれない。アクセスもさほど不便な場所ではなかっため、3日間ともルートに組み込むことができた。しかも天気はそれぞれ雨・

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大きな樹の話9(後編)

大きな樹の話9(後編)

巨樹とわたしたちの向き合い方

環境・生物に対する人間の立ち位置は常に利己的だ。例えば、自分たちのために山を切り拓くことなどが分かり易い例だろうか。しかし、ここで思うのは「人間が環境破壊をすると生き物たちがかわいそうだ」という考え方すら人間が勝手に決めつけている、ということ。
相当極端な話をしているけれど、私は私以外の生き物が考えていることは分からないから、「環境破壊されて悲しい」なんて自然は思っ

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大きな樹の話9(前編)

大きな樹の話9(前編)

変わりゆく巨樹に人がすべきことはあるか

自分が巨樹を追うようになってから、随分と多くの巨樹たちが倒れた。意識をしているから気になるだけで、もしかすると今までと変わらないペースで寿命を全うしているだけかもしれないが。
それでもこちらが知らない100年、1000年という時を考えると実にあっさりと失われてしまうものだと感じた。
巨樹が終わる時はあっという間だが、次の巨樹はすぐには生まれない。

かつて

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大きな樹の話8(後編)

大きな樹の話8(後編)

記憶に残る巨樹とは 〜続き

記憶に残ると言っても2つパターンがあることに気付いた。
ひとつは「生命感に溢れ、その並外れた外観的特徴が顕著に現れているもの」 ①
(大きな樹の話8前編参照)
もうひとつは「生物としての樹とは違う、何か別の域に達しているような印象のもの」 ②

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②の方はとても言葉にするのが難しくて、本当に直感に近いものなんだと思う。今まで

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大きな樹の話8(前編)

大きな樹の話8(前編)

記憶に残る巨樹とは

この制作を始めてから、今月で丸5年が経った。
大学3年次に訪れた1本のタブノキを皮切りに、私の巨樹探訪は今日まで続いている。
これまでに出会った樹は325本。今も5年前も制作の軸は変わらないけど、これだけ見てきて感じたこと、分かるようになったことがいくつかある。
今回は無数にある巨樹の中でも強く記憶に残る個について。
その他はそのうち記事にしま〜す

本題の前にひとつだけ。訪

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大きな樹の話7

大きな樹の話7

最近樹を見た時の感動が初めの頃に比べて薄れてきたなと、ふと思った。
同時に、これはかなり良い変化なんじゃないかなぁとも思った。

というのもこの撮影を始めてもう5年目。
大体300本くらいを見てきたから、当然巨樹も見慣れてくるわけだ。
今までは自分の暮らしとは遠く離れた違う世界の存在だったのが、実はだいぶ身近にあることに気付き、少し生活に染み込んできた感がある。

3年前、佐賀県にある武雄の大楠に

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大きな樹の話6

巨木と言ったら縄文杉!?さて引き続き、私の写真を見てくれた方や一緒に撮影に行った人がよく口にするキーワードについて。前回のトトロに次いでよく出てくるのが 「縄文杉」や「屋久島」。          具体的には、「これは屋久杉?」とか、「屋久島へは行かないの?やっぱ行かなきゃ!」と言った感じ。このやりとりをするたびに、やはり"日本人にとって巨木と言ったら縄文杉"の構図はほぼ揺るぎないものとしていいん

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大きな樹の話5

緊急事態宣言が出てからずっと撮影に出れていない。丸々2ヶ月空くなんて今まで無かったからなんだか落ち着かない。             ということで外に出てないうちに書いておきたいことがある。一緒に樹に会いに行った人や、写真を見てくれた人がよく言う二つのキーワードについて。

「屋久島」と「トトロ」

この二つが圧倒的に多い。これ、個人的にはすんごい興味深くて、言われるたびにおぉ〜ってなる。さらに言

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大きな樹の話4

個展を終えて

先日、初めての個展を無事に終えることができました。                   やってよかったな、と思う点はたくさんあったのだけど、その中でも初日に来てくれた知らないおじいさんから聞けた話がすごく嬉しかった。

なぜ巨樹を撮っているのか、何をやりたいのか、いろいろと聞かれて何だかもう一度主査を受けている気分。                 そのあとに、「あれだね、西行の歌

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大きな樹の話3

巨樹の最期いかに巨樹といえども生き物であるから必ず死ぬときがやってくる。天寿を全うし静かに消えゆく樹もいれば、先日日本を襲った台風のような災害によってあっという間に危機に晒されてしまう樹もいる。 特に後者は心が痛む。何百年、時には何千年とそこに立ち続けてきた命でも失わ

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大きな樹の話2

大きな樹の話2

初めての巨樹探訪だった埼玉県では、全部で5本の樹に会いに行った。どれもその後に2回3回と会いに行くようになった素敵な樹ばかりだったけれど、上谷の大クスという樹だけは多分一生忘れない。  このクスの下に立った時の感覚が今の制作の軸になっている。

とにかく大きい、

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大きな樹の話1

ちょうど2年前、大学3年の夏頃から巨樹というものに惹かれるようになった。 きっかけはその夏に見た吉田博という風景画家の展覧会。モンベルのお店に貼ってあった展覧会ポスターに書かれていた彼の一言が今も頭を離れない。

けれども私は自然を崇拝する側に立ちたい。

これより前の文脈を当時の私は知らなかったし、本人の真意は今もわからない。

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