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大きな樹の話9(前編)

変わりゆく巨樹に人がすべきことはあるか

自分が巨樹を追うようになってから、随分と多くの巨樹たちが倒れた。意識をしているから気になるだけで、もしかすると今までと変わらないペースで寿命を全うしているだけかもしれないが。
それでもこちらが知らない100年、1000年という時を考えると実にあっさりと失われてしまうものだと感じた。
巨樹が終わる時はあっという間だが、次の巨樹はすぐには生まれない。

かつて全国には名だたる巨大な松が多く存在したという。しかし、マツノザイセンチュウ(通称松食い虫)による感染症により、日本の松は壊滅的な被害を受けた。
この病気が国内で初めて確認されたのは1900年代初頭だが、現在までの僅か100年あまりで代表的な松の巨樹はほぼ全滅してしまった。
近年で言うと1993年に当時日本最大であった岡野マツ(香川県)が枯死、その座を東法田の大アカマツ(山形県)に譲ることとなった。しかし大アカマツすらその時点で4本ある幹のうち2本が枯れた状態であった。そして2019年、樹木医により枯死と判断された。残る各地の大松たちもお世辞にも樹勢が万全とは言えない。
もう松の巨樹は見ることができなくなってしまう可能性すらある。

他の樹種で言えば記憶に新しいのは大湫神明神社の大スギだろうか。
岐阜県瑞浪市大湫町の神明神社の境内に聳えていた実に見事な杉だった。
地名の湫とは水が集まる低い土地を表し、事実この杉の根元からは清水が湧き出していたという。昔から水不足の際には住民を救い、中山道を征く多くの人の喉を潤した。そんな地域から親しまれたご神木であったが、2020年7月の集中豪雨により突然根元から倒壊してしまった。皮肉にもその雨は暮らしを豊かにするはずの恵みの水ではなく、破壊の水だった。幸い怪我人は出ず、大杉の枝から作られ奉納されていた剣が下敷きになった蔵からほぼ無傷で見つかった。その2つがせめてもの救いだった。
倒伏や枝の欠損による樹形の変化があると解除をしてしまう自治体が多い中、瑞浪市は文化財の指定を続行。(県の天然記念物指定は解除)
根元から5mまでは造形物として保存されている他、幹の一部を使ってバイオリンやギター、和傘などが制作された。地域総出で大杉に寄り添おうとする姿には強く胸を打たれた。

また、現下枯死や倒壊の危機に瀕している巨樹も数えきれないほど多い。
川棚のクスの森(山口県)は1本にして森と例えられるほどの広大な樹冠を持つクスであったが、2017年より樹勢が急速に悪化。枝のほとんどが枯れ、2022年末にはその枯れ枝の切除が行われた。かつての雄大な森は影を潜めた。
鹿児島県の肝付町に立つ塚崎のクスにも2022年に大きな被害があった。台風14号により直径1.3m、長さは20mにも及ぶ特大の枝を失った。あまりに巨大な枝であったため幹へのダメージも懸念される。
上記以外にも挙げればキリがない。多くの巨樹が命の危険に晒されている。
ここで一つの疑念ないし、迷いの様なものが心に浮かんだ。

人間は巨樹が最期を迎えようとしているこの流れに介入すべきか。

これはきっと本当に難しい問題で、全ての巨樹に対して簡単に言えることではないのだが、、、
個人的には"原則手出しをするべきではない"としたい。が、本音は元気に復活してほしい、、、
というなんとも曖昧なところにいる。とりあえず自然に任せる寄りの意見だと思ってもらえれば良い。
長くなってきたので、続きは後編で。

(ヘッダー画像:塚崎のクス)


東法田の大アカマツ(2018年当時、左の湾曲した枝にのみ僅かな葉が確認できる)

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