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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2022年10月の記事一覧

村上作品を味わい尽くすためにーミニ読書感想「村上春樹は、むずかしい」(加藤典洋さん)

村上作品を味わい尽くすためにーミニ読書感想「村上春樹は、むずかしい」(加藤典洋さん)

加藤典洋さんの「村上春樹は、むずかしい」(岩波新書)を楽しく読んだ。加藤さんの村上作品評論の決定版と言える。あるいは、ダイジェスト版。これ一冊手元にあれば、村上作品を味わうための強力なナイフ&フォークとなってくれる。250ページ程度で、とてもコンパクトなのもよい。

デビュー作の「風の歌を聴け」から、2013年の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」までを論じている。2017年の「騎士団長殺

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伏線を回収しないミステリーもいいーミニ読書感想「料理人」(ハリー・クレッシングさん)

伏線を回収しないミステリーもいいーミニ読書感想「料理人」(ハリー・クレッシングさん)

ハリー・クレッシングさんの「料理人」(ハヤカワ文庫)が面白かったです。1970年代の作品で、現代ミステリーと現代ミステリーと比べると古典とも言えるかもしれない。毛色は違う。特に、「伏線回収」とは一線を画しています。最後まで謎が残る。でも、それがよかった。

本書を読もうと思ったきっかけが、実は子ども時代に一度読んでいて、無性に胸に残っていたから。でも筋書きはほとんど忘れていて、この胸に残るものは何

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百姓は多彩な起業家だった?ーミニ読書感想「日本の歴史をよみなおす」(網野善彦さん)

百姓は多彩な起業家だった?ーミニ読書感想「日本の歴史をよみなおす」(網野善彦さん)

歴史学者・網野善彦さんの「日本の歴史をよみなおす」(ちくま学芸文庫)が面白かったです。タイトル通り「読み直す」。つまり、私たちが日本の歴史になんとなく抱くステレオタイプを問い直し、歴史史料からその実際を検討する。これが、意外な日本の歴史像に触れられて大いに楽しかった。

その一つが、本エントリーのタイトルに挙げた、「百姓は必ずしも農民ではなく、マルチな活躍をする起業家だった」という仮説です。

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物語への愛あふれる物語ーミニ読書感想「写字室の旅/闇の中の男」(ポール・オースターさん)

物語への愛あふれる物語ーミニ読書感想「写字室の旅/闇の中の男」(ポール・オースターさん)

新潮文庫に収録されたポール・オースターさんの小説「写字室の旅/闇の中の男」(柴田元幸さん訳)を貪るように読んだ。オースター流の幻惑的な世界。今回はいずれも作中作が鍵となる。物語の中で物語が動く。物語の主人公が物語に揺さぶられ、人生が駆動する。オースターさんの物語への愛があふれる作品に感じられた。

文体のリズム、言い回し。「心はそれ自身の心を持っている」のように、口に出したくなるようなセンテンス。

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見えなくなった歴史を見るーミニ読書感想「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(内山節さん)

見えなくなった歴史を見るーミニ読書感想「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(内山節さん)

哲学者内山節さんの「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(講談社現代新書)が面白かった。秀逸なタイトルの通り。小さな村で暮らし、他の小さな村を訪ね歩く著者は、1965年を境に日本人はキツネにだまされなくなったとの仮説に行き着く。1965年に何があったのか?誰も語らず、見ることのない歴史に目を凝らす良作。

著者は実際に現代を生きる村人との会話の中から、「経済の発展」「科学の発展」など、さま

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企みを味わい楽しむーミニ読書感想「会話を哲学する」(三木那由他さん)

企みを味わい楽しむーミニ読書感想「会話を哲学する」(三木那由他さん)

文学者、三木那由他さんの「会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション」(光文社新書)が面白かった。漫画や小説などさまざまなフィクションに登場する会話を吟味し、そこに隠された「企み」を味わう。企みを暴くのではない。企みの豊穣さを楽しむ方法を教えてくれる。本書を読んだ後は言葉の豊かさをより感じられるようになる。

本書は、会話の複雑さを解きほぐしてくれる本だと言える。

副題の通り、著者は

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会社員人生に役立つ野球ノンフィクションーミニ読書感想「嫌われた監督」(鈴木忠平さん)

会社員人生に役立つ野球ノンフィクションーミニ読書感想「嫌われた監督」(鈴木忠平さん)

2021年9月に刊行され、大谷壮一ノンフィクション賞、講談社本田靖春ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞を総なめにしている「嫌われた監督」(鈴木忠平さん、文藝春秋)がべらぼうに面白かった。ハードルを超えてくる。落合博満さんが中日ドラゴンズの監督を務めた2004〜11年がテーマ。あらゆる人に嫌われ、謎のベールに覆われた落合監督に、人生を揺るがされた選手やスタッフを描く。

プロ野球を全く知らない自

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子どもが言語を学ぶすごさが分かるーミニ読書感想「言葉をおぼえるしくみ」(いまいむつみさん・針生悦子さん)

子どもが言語を学ぶすごさが分かるーミニ読書感想「言葉をおぼえるしくみ」(いまいむつみさん・針生悦子さん)

発達心理学者の今井むつみさん、針生悦子さんの「言葉をおぼえるしくみ」(ちくま学芸文庫)が刺激的だった。乳幼児はどのようにして言葉を話せるようになるのか?さまざまな実験でその仕組みに迫る。我が子が言語を学ぶことがいかにすごいことなのか、実感することができた。

そのすごさを集約しているのが次のセンテンス。

言葉を学ぶのは、よくよく考えると難しい。たとえば「ウサギ」というワードをとると、これが目の前

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ありきたりの人生を生きるーミニ読書感想「会社員、夢を追う」(はらだみずきさん)

ありきたりの人生を生きるーミニ読書感想「会社員、夢を追う」(はらだみずきさん)

はらだみずきさんの長編小説「会社員、夢を追う」(中公文庫)を楽しく読んだ。タイトルとは逆説的に、この物語はありきたりな人生を生きる尊さを読者に伝えてくれている。

本書は、八重洲ブックセンター本店でプッシュされていた。舞台は同店の付近の銀座で、しかも主人公は出版社で働く夢破れ、仕方なしに銀座の紙商社で働く若者ときた。店員さんが強い思い入れを持っているのではないかと感じられ、購入した。

そう、主人

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井伏鱒二の伝えた「善き生き方」ーミニ読書感想「ドリトル先生アフリカゆき」(ヒュー・ロフティング)

井伏鱒二の伝えた「善き生き方」ーミニ読書感想「ドリトル先生アフリカゆき」(ヒュー・ロフティング)

岩波少年文庫でこの夏、2冊買うとオリジナルブックカバーがもらえるというフェアをやっていた。そこで買ったヒュー・ロフティング「ドリトル先生アフリカゆき」がとても胸に響いた。あとがきを読んでびっくりしたことに、訳者は井伏鱒二。連載中に第二次世界大戦が発生して中断、戦後に世に問うた。本書には、井伏鱒二が願いを込めた「善き生き方」が描かれているのではないかと感じた。

井伏鱒二が込めた思い。たとえば、ドリ

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歴史を学ぶとは「響きに耳を澄ますこと」ーミニ読書感想「歴史像を伝える」(成田龍一さん)

歴史を学ぶとは「響きに耳を澄ますこと」ーミニ読書感想「歴史像を伝える」(成田龍一さん)

岩波新書の「シリーズ歴史総合を学ぶ」第2巻、成田龍一さんの「 歴史像を伝える--「歴史叙述」と「歴史実践」」が非常に勉強になった。歴史を学ぶとはどういうことか?それは確定的な事実を知り暗記することではない。学ぶ人によって姿形を変える闇の中の歴史に「問い」を投げ掛けること。そして、その問いに歴史がどう響きを返すのか、よく耳を澄ますことだと教えてくれた。

パンチラインは序盤に現れる。日露戦争の後に石

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