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ありきたりの人生を生きるーミニ読書感想「会社員、夢を追う」(はらだみずきさん)

はらだみずきさんの長編小説「会社員、夢を追う」(中公文庫)を楽しく読んだ。タイトルとは逆説的に、この物語はありきたりな人生を生きる尊さを読者に伝えてくれている。


本書は、八重洲ブックセンター本店でプッシュされていた。舞台は同店の付近の銀座で、しかも主人公は出版社で働く夢破れ、仕方なしに銀座の紙商社で働く若者ときた。店員さんが強い思い入れを持っているのではないかと感じられ、購入した。

そう、主人公は思うように就活が進まなかった新入社員。悪戦苦闘し、まだまだ仕事には慣れずに苦労する日々の中、こんなシーンがある。

  学生時代に見た、あのときの会社員と同じだった。だらしなくシートに座って眠りこけ、口の端からヨダレを垂らし、ネクタイを汚している。そんな会社員を航樹は心の底から軽蔑した。だが今の自分はあの男の姿そのまのだった。酔っ払いの会社員をみっともないの思い目を逸らしたが、その人もまた、残業続きで疲れていたのかもしれなかった。
「会社員、夢を追う」200p

学生にとって、会社員ほどカッコ悪いものはないかもしれない。ああはなりたくない。

しかし、懸命に働く新入社員は、自分がそのカッコ悪い姿に「やむを得ず」なっていることに気付く。そして、酔っ払って眠りこける最低な会社員にすら、のっぴきならない事情があったのではないかと想像する。

これこそが現実だと思うのだ。そして本書は、この現実に正面から向き合った物語だと言える。

ではなぜ、タイトルは「会社員、夢を追う」なのか。それは主人公が、出版業界に近づくこと、さらにはもうひとつの夢があるからだ。

しかし、その夢の追い方は、現実から逃避するものではない。いや、現実逃避して夢を追おうとした主人公が、それでも現実と格闘し、「違う追い方」に気付くのがこの物語だ。

だから夢の話であるのに、会社員の胸を打つ。夢想と会社員は相容れない概念ではないと、たしかな希望をくれる。ありきたりな人生を生きて、その中で確かな夢を追うことはできるのだ。

1人の会社員として、この物語を読めてよかった。

つながる本

安藤祐介さんの「本のエンドロール」(講談社文庫)は似ていて、本を作る製本業界にスポットが当たっています。リアリティある会社員小説である点も近いです。

本といえば忘れられないのが書店。書店員の濃ゆい話を聞きたければ、矢部潤子さんの「本を売る技術」(本の雑誌社)を。本の並べ方、在庫管理の考え方など、マニアックな書店業務の話の中に仕事の本質が浮かんできます。

それぞれ感想記事はこちら。


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