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仕事を究めるということーミニ読書感想「本を売る技術」(矢部潤子さん)

元書店員、矢部潤子さんの「本を売る技術」(本の雑誌社)が面白かった。タイトル通り、本を売るプロが本を売る技術をインタビューに答える形で語り尽くした一冊。「そんな本は書店員以外には関係ないのでは」という疑問は、瞬く間に吹っ飛ぶ。仕事を究め、極めた人の言葉はこんなにも普遍的なのかと驚いた。


たとえば、矢部さんは結局のところ何を最優先していたのかという話で、それは「棚の整備」「品出し」だった。本屋に来た本を、お客がわかりやすい位置に置く。カリスマ店員にイメージしがちな「ポップづくり」や「フェアの仕掛け」よりも、そういった基本作業が「本を売る技術」として前半の章で解説される。

それは「やりたいこと」よりも「やるべきこと」を優先しているとも言える。矢部さんは、フェアの企画などで「癒してもらう」書店員もいることに触れる。そういう気持ちもわかるけれど、あくまで「来たものを出すのが優先順位が高い」と言い切る。

品出しという「やるべきこと」は、結局のところ「お客が当たり前に求めていること」である。探している本を間違いなく見つけられる。手に取りやすい位置にある。清潔で迷いなく買える。矢部さんはそれを徹底的にかなえる。

この一連の話は、いま自分がやっている仕事に置き換えることも全くもって可能だと嘆息した。やるべきことよりもやりたいことに逃げたくなる。やるべきことは結局のお客様のニーズの本質を含んでいるのに。「やはり、やるべきことをちゃんとやろう」と気を引き締めるきっかけになる。

やるべきことは奥深い。たとえば棚差し。本を棚のどこにどんな順番で並べるかや、平台に人気の本を右左前奥どう配置するか。矢部さんはそうした細かな仕事に全て理由を持っていて、明確に説明できる。そうやって仕事の道理を説明できることがプロなのだと思う。

あるひとつのことを続けるということの価値は、今の社会でそれほど強調されているとは思えない。むしろ転職することが「市場価値を高める」ことに直結すると言われているように思う。もちろんそれ自体は否定しないが、やはり「職人的」な仕事をする人の背中は眩しい。

本書は紀伊国屋書店ウェブストアの「キノベス!」という一押しフェアの中で出会った。こういうかたちで思わぬ本を手に取ることもあるから、もちろんフェアは大切。一方で自分がこのフェアで紹介される本を信頼したのは、紀伊国屋書店さんが実直な棚づくりをしていることを高く評価してるからでもある。結局は、やるべき仕事がやりたい仕事を輝かせると言えるのかもしれない。

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