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伏線を回収しないミステリーもいいーミニ読書感想「料理人」(ハリー・クレッシングさん)

ハリー・クレッシングさんの「料理人」(ハヤカワ文庫)が面白かったです。1970年代の作品で、現代ミステリーと現代ミステリーと比べると古典とも言えるかもしれない。毛色は違う。特に、「伏線回収」とは一線を画しています。最後まで謎が残る。でも、それがよかった。


本書を読もうと思ったきっかけが、実は子ども時代に一度読んでいて、無性に胸に残っていたから。でも筋書きはほとんど忘れていて、この胸に残るものは何だったのか確かめたくて再読しました。紀伊国屋書店のネットストアでも在庫希少になっていて、もはや手に入りにくい作品でかもしれません。

まず著者からして謎。ハリー・クレッシングという名前以外、なんの情報も公開していない覆面作家だそう。ここまでベールを覆い続けるのも珍しい。

作品の舞台も、英国であることはにおわせつつ、具体的な地名は架空。情報量は多くない。

その架空の街に、背の高く無表情なコックが自転車でやってくる。肉屋や缶詰屋を検分し、高圧的にダメ出しした後、町有数のお屋敷に向かい、料理人の求人募集の面接を受ける。この風変わりな男はしかし、「シティ」と呼ばれる都会の有力者の推薦状を無数に持っている。即採用になります。

明らかに、男は何かを抱えていそう。事件が起こる予感がしますよね。

もちろんいくつも変化がおきる。たとえば、屋敷で手に負えなかった犬や猫が次々と従順になる。働き者だった屋敷の主人が、なんだか心がほぐれ、家にいる時間が長くなる。良い変化が現れ、男は主人や夫人から信頼を勝ち取る一方、怠慢な屋敷のスタッフの一部は男の進言で排除されていく。

嫌な予感が高まる。不穏さが極まる。でも読めば読むほど、伏線回収のミステリーとは異なる感触がある。何より最後まで読んでも、謎が残る。

ミステリーとは「謎を解く」ものだと思い込んでいたことに気づきます。しかし本当は、謎そのものを扱うのがミステリーなんでしょう。本書はあくまで「謎を味わう」ミステリーで、果物の種のように、謎は口の中に残ります。その不快感が、なんだか心地よいとも言えます。

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