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若い頃

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若い頃の体験談
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夜の帳が下りる頃

夜の帳が下りる頃

 夏がなかなか終わりを見せない。こういう時は夜の街歩きが心地いい。夜風が火照った街の空気を絡めとりながら、何処へともなく通り過ぎていく。

 数回前の記事に、我が街のアーケード商店街ではシャッターを閉じた店が並ぶ一方で、新しい飲食店もよく見かけるようになった、というようなことを書いた。
 梯子酒なんてことはこれまで一度もないが、商店街をぶらぶら歩きながら店構えを眺めたり、店内の様子をそっと覗き見し

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「今ここ」に生きる

「今ここ」に生きる

 日中はまだまだ夏の暑さが続く北九州。しかし市内にある植物公園に行くと、赤、白、黄、ピンクなど様々な彼岸花と、秋の訪れを告げる草花たちがすでに咲き始めていた。

 細い花茎を伸ばし、その先に独特な造形美の花を咲かせる彼岸花。ひとつの花は数時間から長くても3日しかもたない。やがて花や花茎が枯れた後、秋の終わりから葉が伸び始め、翌年の初夏に枯れるという、他にはあまり見られない個性的な多年草である。

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生き抜く力

生き抜く力

 連日の強い日差しに負けて、公園の花壇や、我が家の庭の植物たちの葉は乾燥し切ってヨレヨレである。それでも夏の小さな花たちは逞しく咲いている。よほど芯が強いのだろう。絶対に枯れない。決して負けない。

    朝晩の大気には、ようやく涼し気な秋の匂いを感じるようになってきた。あともう少しの辛抱だ。

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 毎年8月になると、中学時代のサッカー部のことを思い出す。何も知らずに遊び半分で入部したの

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桜ひとひら

桜ひとひら

   
 桜咲くこの季節、今年は地元の数か所を見て回ることができた。昔も今も桜の姿形は変わらない。しかし以前は桜の木全体を見て「美しい」と感じていたが、今は小さな花を見て「可愛い」と思うようにもなった。太く隆々とした幹を持つ長寿の木になればなるほどそのコントラストはいっそう際立ってみえる。

 「木を見て森を見ず」とは「物事の細部に気を取られて全体を見失ってしまうこと」を意味する有名な諺だが、逆に

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ミモザのように

ミモザのように

 1週間ほど前から花屋の店先で、ミモザの花束を見かけるようになった。しかし2,3日で早くも売り切れてしまった。日本でも新しい風習が定着しつつあるようだ。
細い枝に黄色い小さな花が無数に並んだ可愛らしい姿は、人の気持ちを軽やかにときめかせ、また遠い無邪気だった頃の記憶を蘇らせてくれる。

小学校5~6年の2年間、学級担任としてお世話になった百合子先生のことをふと思い出した。作文の授業中に「文章の書き

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「地球の歩き方」の使い方

「地球の歩き方」の使い方

 今月初め、(株)Gakken社から『地球の歩き方・北九州市版』が発売された。1979年創刊以来すでに百数十タイトルを超える大ヒットシリーズだが、国内の市版としては全国初となる。地元住人にとっては興味津々。早速入手した。

あとがきには次のように書かれてある。

 まさにその通り。2年半前に北九州に引越してきた愚生にとっても、想像のナナメ上を行く驚きの日々がずっと続いている。

***

 『地球

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インドの道端で出会った熱きハート

インドの道端で出会った熱きハート

(文5300字)

 タージマハールやカジュラホといった魅力溢れる建築物。ガンジス川流域の独特な風習。シタールに代表される古典音楽のエキゾチックな響き。そして魅惑のインド料理。数えきれないほどの魅力に溢れるインドは今年中国を抜き、人口世界一となった。混沌の大地インドと呼ばれる背景には、経済発展や文化的華やかさの影にある、激しい貧富の差、差別、健康問題などを抱え、日本とはまた異なった社会問題が根深く

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我が心の名車

我が心の名車

(文4900字)

 
 車で街中を走っていると、綺麗にレストアされた60~70年代の車とすれ違うことがたまにある。ノスタルジックなデザインはいたってシンプルだが、とても優美に見える。眼に優しく、そして暖かいフォルムだ。

高校卒業後、運転免許を取得し、すぐに父親の車を借りて乗り始めてから、かれこれ48年。その間10数台の国産車を乗り継いできた。振り返れば若い頃に運転した昔の車には、不思議と絆のよ

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俳句幼稚園企画『忘れられないあの人』

俳句幼稚園企画『忘れられないあの人』

に参加させてくださいネ!

いずこより漂う面影秋の空

20代の頃、私は社会不適合者であった。
当時日本は高度経済成長期真っ最中。
毎日18時間働くのが当たり前。
乗車率350%の通勤電車は窓ガラスが割れ、降りたい駅では降りられず、失神する女性が毎朝続出していた時代である。
私は、人を人として扱わないことが常態化していた年配の会社経営者と衝突し、怒りを爆発させてその場で辞めるということをいくつもの

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救命犬

救命犬

(文4,200字)

 かれこれ40年ほど前のこと、アジア諸国を巡る一人旅の途中、タイのプーケット島で一匹のとても勇敢なワンコと出会った思い出がある。

アジアを旅するバックパッカーの拠点バンコクのカオサンストリートをぶらぶら歩いていると、旅行代理店の店先に掲げた一枚の写真にふと目が止まった。写っていたのは南国リゾート特有の「真っ白な砂浜とヤシの木と青い海」。
それまでの数か月間、荒涼たるインドネ

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中空の竹

中空の竹

(文3400字 写真40枚)

竹の里

 北九州市小倉南区合馬は日本有数のタケノコの産地である。見渡す限り竹林の山が緩やかな斜面に続く。先日訪れたときには麓の田んぼのあぜ道に彼岸花が一斉に咲き始めた。

開花に合わせるように稲刈りも始まっていた。米の収量は前年に比べると全国的にやや減少という予想らしい。ここ合馬では先日の台風襲来でも強風に倒れることなく、黄色い稲穂がきれいに揃って収穫の時を待って

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青春の丸型郵便ポスト

青春の丸型郵便ポスト

 昔よく見かけた円柱状の郵便ポスト。そのほとんどが四角いポストに取って代わったが、今でも時々現役で使われているのを見かけることがある。初登場は明治41年。中にはおそらく70年以上使われているものもあるはずだ。
1970年に製造中止。1972年時点では日本全国で約55,000本が稼働していたが、2013年3月31日現在では約5,600本が稼働するにとどまるとのこと。
今ではもっと減ったに違いない。

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波音の向こう

波音の向こう

(文3000字 写真30枚)

 久しぶりに水族館へ出かけた。関門海峡を隔てた対岸の山口県下関市には市営水族館「海峡館」がある。門司港からは渡船で5分ほどで着く。
だいぶ前に和歌山で飼育されているイルカには触れたことがある。ひんやりとした弾力ある分厚い表皮。どこを触ってもただじっとしている受容性。そして無垢な遊び心。ときどき懐かしく思い出す。水族館に行きたくなるのはその記憶があるからだ。

しかし

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沈黙のアート

沈黙のアート

(文5700字)

覚者を訪ねて

 若い頃に「覚者」を訪ね歩いた時期があった。
噂を聞いてはインドの田舎町まで出かけたり、また日本で会えると知ったなら何度でも出向いたりした。
覚者とは光明を得た存在。光明とは悟りの最終段階にまで到達したことを意味する言葉だ。悟りや覚醒という意識変容にもいくつもの段階があり、光明を得るともう二度と人間に生まれ変わることなく、宇宙の実存そのものへと溶けていくとも言わ

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