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エガオが笑う時

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#マダム

クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(終)

クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(終)

「エガオちゃん?」
 マダムが私の顔を心配そうに覗き込んでいる。
「ぼおっとしてどうしたの?」
「えっ?」
 私は、目を大きく瞬きして周りを見る。
 マナも、4人組も、スーちゃんも心配そうにこちらを見ている。
 カゲロウも無精髭に覆われた顎に皺を寄せている。
 私は、顔を上げる。
 月と星が煌びやかに光る澄んだ夜空が目に入る。
 そこには流星鳥の群れはいなかった。
「もう行っちゃったよ」
 ディナ

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クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(3)

クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(3)

 それはすぐにやってきた。
 鈴の音に似た音。
 空を切り裂くような銀色の光。
 そして目が焼けるような荘厳で夢物語のような光景。
 それは暗い夜空を迷うことなく羽ばたく銀色の炎に包まれた大きな鳥の群れだった。
 4人組もマナの顔が花火のように華やぐ。
「今年も来たわね。流星鳥」
 マダムがそっと私の肩に手を添えてゆっくりと引き寄せる。
 マダムの頬と私の頬が触れ合う。
「まさかエガオちゃんとこう

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クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(2)

クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(2)

「楽しみね」
 ワイン色の身体の線が綺麗に映えるドレスを着たマダムが隣に座って金色の髪にそっと自分の頬を私の髪の上に乗せて聞いてくる。
 果物のような甘い香水の匂いがマダムの髪や頬を通して伝わってきて心臓が跳ねそうになる。
「はい・・・とても・・」
 私は、羞恥と興奮に頬を赤らめて声を上擦らせる。
 そんな様子を同じテーブルに座る4人組が楽しそうに見ている。
「そのドレス・・とても素敵よ」
 そう

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クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(1)

クリスマス番外編 エガオが笑う時 騒がしい聖夜(1)

 それは幼い頃の記憶だ。
 それが何歳だったのか?いつ頃のことだったのかは覚えていない。
 だだ、ものすごく寒かったことだけは覚えている。
 グリフィン卿による訓練の後、身体中が痛みと疲れで悲鳴を上げ、ご飯も喉に通らないままにお風呂にも入らないで自室で眠ろうとした。
 しかし、寒さと痛みと疲れでどうしても眠れない。
 その変わりに何とも言えない心細さで不安になっていく。
 この頃にはほとんど笑わな

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エガオが笑う時 最終話 エガオが笑う時(3)

エガオが笑う時 最終話 エガオが笑う時(3)

 フレンチトーストを食べ終えるとカゲロウはアップルティーを淹れてくれた。
 今日は凄いな。
 私の大好物のオンパレードだ。
 カゲロウの淹れてくれたアップルティーは匂いだけで充分に満足出来るもので、いつまでも嗅いでいたい甘さと酸っぱさ、そして心を豊かにする匂いだ。
「鎧のない生活には慣れないか?」
 カゲロウの言葉に私は顔を上げる。
「なんかずっと戸惑ってるだろう?」
 カゲロウは、本当に凄い。

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エガオが笑う時 最終話 エガオが笑う時(1)

エガオが笑う時 最終話 エガオが笑う時(1)

 赤い傘を広げると赤い幌が朝の柔らかい光に照らされて林檎のように輝く。
 朝ご飯を食べてない胃袋はそれだけで盛大に音を鳴り響かせ、私は思わず頬を赤らめる。
 キッチン馬車の隣で寝そべったスーちゃんにもその音が聞こえたようで面白そうに嘶く。
 私は、ぷっと頬を膨らませてスーちゃんを睨みながらも赤い傘を円卓の中央に差した。
 キッチン馬車の中ではカゲロウがタンクトップに白いエプロンを付けてせっせと仕込

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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(4)

エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(4)

「あいつらがいなければ戦えまい」
 ヌエは、喉を鳴らして笑う。
 私の心に一瞬、焦りが湧く。
 しかし、それは本当に一瞬のこと。
 4人組のいる屋根に大きな黒い影が見えた瞬間、鬼の姿が消える。
 空を切り裂くような嘶きと共に鬼達は屋根の上から吹き飛び、地面へと落下する。その際に周りにいた鬼達も巻き込まれて地面に伏す。
 赤い鬣が靡き、赤い双眸が炎のように沸る。
 伝説の軍馬スレイプニルことスーちゃ

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エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(2)

エガオが笑う時 第9話 ハニートラップ(2)

 時は昨夜に遡る。
 マダムの言葉をヒントに私は作戦に必要な材料を集めた。
 大量の赤目蜂の蜂蜜だ。
 革袋にして10袋分ある。
「ありがとうスーちゃん」
 私は、この大変な収穫を一緒に手伝ってくれた赤い鬣に赤い双眸を燃やした6本脚の軍馬スレイプニルのスーちゃんの首筋を撫でてお礼を言う。
 カゲロウが病院に入ってからスーちゃんはキッチン馬車と一緒にマダムの屋敷の庭に住んでいた。と、いっても世話を受

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エガオが笑う時 第8話 涙(1)

エガオが笑う時 第8話 涙(1)

 グリフィン卿から親について聞かされたのは一度だけ。
 確か6歳くらいだったと思う。
 何がきっかけで話されたのかは忘れてしまったが、私の住んでいた街が帝国に襲われ、両親の命は奪われた。
 私は両親から少し離れたところでじっと亡くなった2人を見ていたところをメドレーを率いて戦っていたグリフィン卿に助けられたのだという。
 その話しを聞いた時、私は我がごととしてその話しを捉えることが出来なかった。

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エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(2)

エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(2)

 エガオちゃんは、本当に元気だった。
 少し目を離すとどこかに走っていって棚にある物を弄ったり、中庭に出て泥んこになるまで遊んだ。
 その度にお風呂に連れて行って身体を洗うと泡だらけになるのと身体を触られて擽ったいので笑い転げる。
 ご飯もたくさん食べた。
 作ったら作っただけ食べて特に甘いものが大好きで虫歯にならないか心配した。
 そんなエガオちゃんの姿と幼かった時のあの子の姿が重なり辛かった。

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エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(1)

エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(1)

 娘の訃報が届いたのは春の終わりの雨の日だった。
 その日は、夫が珍しく屋敷にいて2人であの子が好きなアップルティーを飲みながら「あの子にも飲ませたいわね」なんて笑いながら話していた時、王都からの伝令が手紙を携えてやってきた。
 伝令から手紙を受け取り、それを読んだ時の夫の顔は今も忘れられない。
 私もその手紙を読んだ瞬間、絶望に襲われて立ち上がることが出来なかった。

 娘は、父親譲りの類稀なる

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エガオが笑う時 第7話 ミセス・グリフィン(3)

エガオが笑う時 第7話 ミセス・グリフィン(3)

 マダムは、私をソファに座らせると固く結んだ三つ編みを解いていく。
「こんなやり方教えたかしら?」
 マダムは、むっと頬を膨らませて言うとどこからかブラシを取り出して私の髪を梳かしていく。
「髪もちゃんと乾かさなかったでしょう?」
「・・・ごめんなさい」
 私は、身を小さくして謝る。
 なんでだろう?
 怒られているのに嬉しい。
 マダムもそれが分かってか嬉しそうに笑う。
「みんな・・心配してるわ

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エガオが笑う時 第7話 ミセス・グリフィン(2)

エガオが笑う時 第7話 ミセス・グリフィン(2)

 水が滴る。
 私は、しっとりと濡れた髪を乱雑に編み込んで自室に戻った。
 ちょっと前までは少しでも雫が垂れようものなら「風邪引くでしょう!」と怒られて髪の毛を思い切り、しかし優しく拭かれた。
 しかし、この宿舎で私にそんな世話を焼く者はいない。
 濡れてようが、汚れてようが気にしない。
 ただ、恐怖と嫉妬の混じった目で私を見るだけだ。
 誰も気にしない。
 唯一、気にかけてくれた少女もどこにいる

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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(5)

 翌日、私はいつもと変わらずキッチン馬車で働いた。
 いつもと変わらない、いつもと変わらないはずなのに何故か4人組はじっと注文を取りにきた私の顔を覗き込んでくる。
 ニヤニヤと笑みを浮かべながら。
 私は、意味が分からず眉根を寄せる。
「何ですか?」
 私は、思わず不機嫌そうに言う。
 しかし、彼女たちのニヤニヤは止まらない。
 私は、むっとなって唇を紡ぐ。
「エガオちゃん」
 サヤが眼鏡の奥でに

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