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小説

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2021年5月の記事一覧

短編『俺の血は流れている』

短編『俺の血は流れている』

ああ、もう世界は俺のものじゃないんだな。
鉄塔の下で俺は立っている。黒になる前の紫色の空は異様であった。風は冷たくなって、俺の皮膚を包む。
あの鉄塔はまだ熱いはずだ。今日は梅雨が明けたかのような青空で夏が来てしまったと確信したのだから、鉄塔はその太陽に焼かれたはずだ。こんな日が来るなんて思ってなかったに違いない。
雲にはピンク色が存在した。
鉄の塊の前に俺はきっと無力なのだろう。そもそも、俺はずっ

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コピー集『花がある生活を』

コピー集『花がある生活を』

コピーライトの授業で提出した課題を投稿します!
お題『コロナ禍に花を売るためのコピー』

最後の写真以外は、大学の写真学科の友人の作品になります。

良き写真をありがとう。いい写真撮ってはるので良かったら!

最後のこの作品は、授業中に優秀作として選んでいただきました。「これはびっくりした……」と褒められたのが幸せでした。
初めの2作も先生に気に入って頂けたのでめっちゃ嬉しかった……。

SS『世界一の花火よ』

SS『世界一の花火よ』

 母が失踪してから1年がたとうとしている。
 去年の花火大会の一日目は二人で近所から見ていた。遠くとも明らかな存在感のある花火は、圧倒的力を感じさせる音で押してくる。あの形のない圧に心臓を動かされるのがたまらなく好きで、ワクワクした目をしている母は次の日の花火会場から帰ってこなかった。
 どこを探しても見つからなかった。どこの監視カメラも人が多すぎて確認することは不可能だった。
「おばさんもどっか

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連載小説『幽霊は二度死ぬ』

連載小説『幽霊は二度死ぬ』

 静まり返った廊下、とは言えずソフトボール部の掛け声が聞こえる。あれはいったい何に対する掛け声なのだろうか。ちょっとだけ暗くなったとはいえ、まだまだ明るい廊下を歩いてロッカーに向かう。自分としたことが、完全に靴を履き替えるのを忘れていた。上靴のまま部活に参加するのはよくないな、と肝に銘じながらローファーを取り出して履き替える。
「やっぱり、制服にはこれでなくっちゃな」
 つま先を叩く音が廊下に広が

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SS『イシを積む』

SS『イシを積む』

【大学入試『遠いところに住む兄弟への18歳の自分からの思いの手紙(フィクション可)』】

僕らの努力は一瞬で無に帰する。鬼が来ては、僕らが積んだ石の塔を崩していく。だから僕は石を積むのをやめた。
ここに来てから十八年になる。なのに、僕のことをお地蔵さんは連れて行ってくれなかった。どうしてなのだろう。
それはきっとお兄ちゃんのせいだ。僕と一緒にお腹の中にいたのに、僕を置いていったから。そして、僕は暗

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短編『君の愛はそこにある』

短編『君の愛はそこにある』

貪るようなキスをした。されたのではなく、した。なんだかすべてがどうでもよくなったんだ。あの日から私たちは同じ時を過ごしていた。
ラブホテルに入った時点で了承は取れたものとするのは早とちりなのだろうか。いつも通り一緒にご飯を食べて、カラオケに行った。いつもより狭い部屋に通されたから、私たちは隣に座った。腕が当たる。足が当たる。きっとその時点で君は余裕がなくなっていたのだろう。どこかそわそわしたような

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SS『彷徨う田んぼ』

SS『彷徨う田んぼ』

老人は今日も田んぼの横を歩いていた。細々した世界において、田んぼは貴重な真っ直ぐな場所である。
老人は全てを見てきた。大統領が銃殺されたのも知ってるし、大地震でも生きのびた。こどもはいる。孫もいるし、多分もうすぐ曾孫も生まれる。
長い雨が止んで、空気は洗い流され地球は輝いている。きっと高い場所から見てもこの場所はきらきらと光沢を感じさせるだろう。街が好きだった。あそこのコンビニはもともと友達の家だ

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SS『私の想いは濁流する』

SS『私の想いは濁流する』

河原を歩いている私の体を初夏の風は強く冷やした。もう5月になるというのに、こんなにも寒いものなのか。
空はもう白み始めている。
夕焼けのような世界は、私のことを知らない。誰も私がここにいることを知らない。
優しく包み込んでくれる空気が欲しかった。でももう声も出せなくなった私なんて、守る価値もないらしい。
鳥の声がした。
もう世界はもう息をしている。信号はいつだって動いている。車が止まり、また走り出

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SS 『仕事の電話は短めに』

SS 『仕事の電話は短めに』

「もしもし」
彼の口調は楽しそうであった。軽やかでおちゃらけていて、馬鹿げていた。
だから、俺はこいつに電話をかけるのが嫌だった。頭の中はお花畑、みたいな何も考えていない脳天気なやつ。上司であると言うのに仕事はできないし、部下である俺たちに振ってばっかりだ。
「大丈夫大丈夫、お前が思うようにやれよ」
無責任なことばかり言うから、先輩を頼るしかない。先輩は一生懸命教えてくれるけれど、自身も仕事で手一

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SS『アルテミスにはなれなかった』

SS『アルテミスにはなれなかった』

雨が降る月夜、私は空を見ていた。雲に隠れていたのに少しだけ見えた。こんな綺麗な月があっただろうか。新月になる前の細くて折れそうな月がそれでも私を照らしていた。
アキラはもう家に戻っただろうか。
さっきまで一緒にこの高台から残業により光る街を見ていたのに、私は1人傘もささずにいる。
あいつの浮気癖は治らなかった。私のことを大事にしていないことなんて知ってたし、それでも一緒にいたいなんて思ってた私が馬

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