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SS『イシを積む』

【大学入試『遠いところに住む兄弟への18歳の自分からの思いの手紙(フィクション可)』】

僕らの努力は一瞬で無に帰する。鬼が来ては、僕らが積んだ石の塔を崩していく。だから僕は石を積むのをやめた。
ここに来てから十八年になる。なのに、僕のことをお地蔵さんは連れて行ってくれなかった。どうしてなのだろう。
それはきっとお兄ちゃんのせいだ。僕と一緒にお腹の中にいたのに、僕を置いていったから。そして、僕は暗いところからそのままここに来た。
どうして僕だけが鬼にあんな怖い思いをさせられなくちゃいけないんだ。
「それはお前が人を憎んでいるからさ」
おにがわざわざ僕のところに来て意地悪を言う。だってそれは皆が僕のことを忘れるからじゃないか。
「馬鹿な奴だ。石を積むことを放棄したくせに。家族のことを見ようともしないで」
だって、忘れられたくなかったんだ僕は。
何も言えなくなった。自分のことばかりを考えていた。お母さんが僕を忘れようとした理由は何だったか。お兄ちゃんが僕を知らないのは何故か。
僕の周りにだけ風が吹いた。頭に浮かんできた映像に思わず声を上げた。
「お兄ちゃんっ!」
横断歩道を行こうとしたお兄ちゃんがパッと後ろを振り向く。その瞬間、その前を一台のトラックが走り去っていった。
「もしもし、母さん?今さ、車に轢かれかけたんだ。でも、その瞬間に誰かの声が聞こえたんだよ。お兄ちゃんって……、俺に弟なんて」
「いるよ、実はね……」
僕はもう一度石を積む。僕のためにではなく、家族のために。

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