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書評

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#日常

池澤夏樹(1991)『スティル・ライフ』中央公論新社

仕事仲間の一人としてしか認識していなかった人間が、ある出来事をきっかけにして、自分のプライベートに入り込んでくる物語。プライベートに入り込むというのは、つまり、自分の内面を変える力となることを意味する。

突然現れた奇妙な展開を通して、この世界に対するまなざしを変えることになる。村上春樹作品と似ている。人は誰もが、他者からの影響を受けて自分自身を変貌させる。そしていつしか、他者は輪郭を失い、溶け込

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小野寺史宜(2021)『ミニシアターの六人』小学館

単館系映画の過去作のリバイバル上映を題材に、それをたまたま同じ回に鑑賞していた六人のそれぞれの人生の一幕を描く群像劇。映画のシーンと現実のシーンが折り重なるように語られていくため不思議な没入感がある。

末永監督の映画でも、この六人の現実にも、何か大きな事件が起こる訳ではない。それでいて、彼らにとっては重大で、十分にドラマチックな人生を、ただ迫りくる波を乗り越えるようにして生きている。

伊与原新(2020)『八月の銀の雪』新潮社

科学に基づいた様々な現象を題材にし、人々の温かな生き様を編み合わせたエピソード集。「科学的」と言うと、なんだかお堅い遠い世界の話に思えるが、私たちの住むこの世界を研究対象にしてきたわけだから、当たり前のように日常に溶け込んでいることに気づける一冊でもある。

毎日何気なく触れ合っているこの世界が、実は壮大な仕組みで数多くの見えない歯車が噛み合わさって動いていること、その中に私たち人間も位置づけられ

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瀬尾まいこ(2022)『掬えば手には』講談社

人の心が読める(という気がしている)主人公と心を閉ざしている同僚の物語。人に向き合うということの難しさ、それでも心に引っかかる違和感を大切にじっと見つめ続ける、寄り添うことの現実を温かく描いた小説。

手にあたるのは冷たい風ばかりじゃない、幸せや希望のような光の一粒一粒が掬い取れることにだって気づける。身の回りに起こることを観察して、愚直に向き合っていくことにエールを送っている。

燃え殻(2021)『これはただの夏』新潮社

これまで辿ってきた毎日の先に、ただ今日があって、それはもう決して変えることのできない事実なんだと、今さら考えるまでもなく当たり前の日常を生きている。大人になるってそういうことなのかもしれない。

流れついた現実に突然起こるボーナスステージのような出来事の日々が割り込んできて、一つの季節を過ごすことが出来るのだったとしたら、それは忘れがたい幸せな記憶になるのかもしれない。またいつもの毎日に戻るとして

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蒼井ブルー・新井陽次郎(2022)『こんな日のきみには花が似合う』NHK出版

タイトルからして神。やさしい愛が溢れるかのような語り口調で、とある二人の過ごした一年が綴られている。誰かと一緒に暮らす日常の、ありふれた小さな幸せをひとつひとつ描き上げていく文章と絵のペアリング作品。

どんなに近くにいても内に秘めていては分からない考えを、どんな人だって抱えている。言葉が足りないぼくらには、試練に打ち勝てるほどの強さはないかもしれない。でも、共に過ごした時間と好きという気持ちが、

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竹内政明(2018)『読売新聞朝刊一面コラム 竹内政明の「編集手帳」傑作選』中公新書ラクレ



世の中の出来事を参考に、毎日ほんの少し私感を新聞一面に綴るという、コラム著者のベテランが残した傑作選。コラムと言えども、全国紙一面。その読者たるや計り知れない。その中で何を伝えてきたのだろうか。

一言で言って、文章が大変秀逸である。優しく語り掛けるような口調でいて、はっきりとした意味を持ち、読み手に新しい発見をもたらす。文学的素養に裏付けられた引用が多くなされ、単なる私信の域を超えて共感を広

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瀬尾まいこ(2018)『そして、バトンは渡された』文藝春秋



現状を肯定する力、それが生きるヒントなのだろうと勇気をもらえる一冊。奇抜な設定は無く、淡々と過ぎ行く毎日に今を認める力強さを感じられる。

家族のかたちを少し、大きく広げてもいいのではないかという考えがまたもにじみ出ている。いま私たちが求めているつながりってなんだろうか。

住野よる(2019)『麦本三歩の好きなもの』幻冬舎



生きていく勇気がもらえる一冊。生活するにあたっての、いつもの自分の一つ一つの行動が肯定されるような、そんな感覚にさせてくれる。明るい楽しい平凡な日々の強くしなやかな我々みんな一人一人の物語。

きっとどんな人間でも外見と内面には差があって、口には出さない思いがたくさんあって、色んなドラマの原因になるそうしたひみちゅが少し読んでいてじーんと来たりした。