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邪道作家二巻 主人公をブチ殺せ 分割版 その4

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   10

 不機嫌そうに肉をほおばっている女のBGMには、ロングトレイン ランニンドゥービーブラザーズが流れていた。
 ホテルのレストランにしては、良い選曲だ。
 ビュッフェも中々いける。
 しかし彼女は、いや女という生き物にはオールディーズの良さが分からないらしく、食事を奢らされた不満に憤りながら、肉を荒々しく口の中に運ぶのだった。
「美味いか? それ」
「こういった場では」
 そう言って、タマモは口を開き始めた。
 食事中に喋るというのはマナーに反するが、バイキング形式のビュッフェなら別に構わないだろう。タマモは牛肉、ラム肉、豚肉と、がつがつと肉ばかり食べるのだった。大して私はパスタ大盛りとアボガドサラダ、コーンスープにコーヒーとアーモンドという、軽食で済ませていた。
「普通、女性を立てるものと聞きましたが」
「それは古い考えだな。男女平等とか言う胡散臭い平等意識が根付いて久しい。最も、私からすれば「平等」などと言う胡散臭い物より、目先の実利が大切だ。故に、敗北した貴様に奢らせることに何のためらいもない」
 強いて言うなら負けた方が悪い。
 そう付け加えたところ、焼き意志に水というかどうもさらに怒りを加速させたらしく、
「意識ではなく、品性の問題です」
 と言うのだった。
「それは悪かったな。負け犬に飯を奢るのもたまには良いかもしれない。どうだ、私が奢るから遠慮なく負け犬らしく貪るように食べるか?」
 嫌な音がした。
 からかっておいてなんだが、しかし猛獣が肉を食いちぎるような音を聞いて、この辺にしておこうかと、今更ながら私はジョークを控えるのだった。まぁ、本当に今更だが。
「それで、何のようです?」
 こちらからすれば聞くべき事は明白だが、しかし確かに彼女からすれば意味不明だろう。
 あの女、私に幽霊の手裏剣などと言う便利なんだか良くわからない武器で私を圧倒したフカユキという女の、その武器の出所についてだ。
 他にそんなふざけた武器を貸し出せる奴が居るとも思えない。
 そう考えていたのだが・・・・・・。
「違います」
 にべもなく言うのだった。
 そんな馬鹿な。
 この女はサムライの総元締めじゃないのか?
「じゃあ他に誰がそんなことをする?」
「さあ、私以外にも暇を持て余した人外の存在は大勢居ます。何せ、人類は地球を見捨て、科学の恩恵に頼りきりだというのですから、神々は暇を持て余して当然です」
 まさかそんなことになっていたとは。
 暇を持て余したからって、あんな便利な殺人道具を配り歩く必要もあるまいに。
 まぁ、その「便利なオカルト殺人道具」を使って儲けたり寿命を延ばそうとしている私のような作家が言うと、なんだか説得力がないかもしれないが。
 構わない。
 私のような人間が言う綺麗事に説得力が宿るような事態になれば、それは世の中が末期の時か、あるいはその手前だろう。
 つまり人類はいつだって、その手前なのだ。
 こうなると仕方ない。この女から情報を聞き出して策を練ろうと思っていたのだが、こうなると聞けることだけ聞いておこう。それくらいしか現状、できることはない。
「他にも聞きたいことがあるのだが」
「また仕事の話ですか? うんざりです。聞きたくありません」
 と言うのだった。
 ともすると依頼の達成よりも、この女の機嫌を直すことの方が難しくなりそうだ。そもそも、私は「幽霊の日本刀」の力を借りて始末するだけであって、私個人は大して労力を消費しない。剣豪の記憶でも埋め込まれているのか、私のようなペン以外握ったことのない人間でも、あっさり目的を毎度、達成できるからだ。
 まぁ構わない。
 私は作家であって、始末屋ではない。そもそもが本分ではないのだから、むしろここは「女心」の研究と解析が出きれば、手裏剣女に襲われたことも忘れてやっても良いし、アタッシュケースの始末などと言うつまらない労働にも、やる気が出ると言うものだ。
 作品のネタになれば。
 どんな仕事であろうが、無論、金になることは必須ではあるが・・・・・・今回は前金を貰っている。 問題なかろう。
「そうだな、わかった」
 そう言って、意識を切り替えた。
 こういう状態の女は頑固である。だからこそ丁寧にほぐして行かねばあるまい。なんにせよ、しばらくつまらない依頼については忘れよう。
 しかし何がいいだろう。
 何を言えば気がほぐれるだろうか・・・・・・。
「ではこのあとケーキバイキングにでも行かないか? 私は甘いものが好きだからな」
 男性に対して「好きではなさそうなので」と言う理由から言い出せない女性が多いらしいが、しかしそんな嗜好は人による。
 私は好きなので問題ない。
 女は甘い物が好きだ。感情で生きる彼女たちからすれば、そういった直接幸福を感じ取れる物は好みなのだろう。食べ物以外ではジェットコースターだとかだろう。勿論これにも個人差はあり、活動的な女はそう言う物が好みの傾向があるように思えた。
 そして彼女が、タマモが神々のようなモノなのならばだが、嗜好品が嫌いな神などいまい。偽名かもしれない以上実は魔王だったと言われても仕方ないが、人外であることは間違いない。
 案の定表情が崩れた。
 大人ぶっている小娘だと踏んではいたが、やはり当たりだったようだ。まぁ、たいていの男女はそう言うものだが。
 年を取ったところで、神も人間もそんな急に成長したりはできないものだ。
「甘いものですか、まぁ、いいでしょう」
 との答えが出た。
 私はさりげなくこの女の好みを観察してある程度当たりをつけた上で、バイキングの中から食べ物を献上することにした。
 何がいいだろう。
 タコ料理でも持って行ってからかってやりたいところではあるが、そう言うわけにも行くまい。 無難どころでも駄目だ。
 悩んだ末、私はフランス料理らしい大仰な焼き魚を皿に載せ、その上でサラダで盛りつけをし、そして煎れたてのコーヒーをもう片方の手で掴んだ上で、テーブルに戻った。
「雰囲気的に似合うかと思ってな」
 などと言うのだった。
 そして、
「美しい女には見栄えの良い食事と、コーヒーか紅茶が似合うと思ってな。まぁ、大人の女性にはコーヒーが似合うし、目の保養になると思ったのだが」
 実際には紅茶の種類が良くわからなかったからだがしかし、まぁ言うまい。
 この方がそれらしいだろう。
 女を相手にするのならば、まず口を動かさねばならない。男と違い、口上だけでも傷ついたり喜んだりして、またそのことを覚え続けていたりするモノらしいからな。
 この辺りは単純に、男と女、比べれば別の生物と言って良いくらいの差がある故の、それ故の理解の及ばなさであったり、行き違いなどで別れたりくっついたりまた別れたりするらしい。
 私は女性ではないので、知ったような口を利くのは危険だろう。何にせよ、私も女に詳しい訳ではなく、非人間故とでも言えばいいのか、皮肉なことに「人間らしさ」がまるでないからこそ、私は人間を深く追求した上で理解できる。
 何とも皮肉な話だ。
 作家向きではあるが。
「まぁ、いいでしょう」
 経験から女は自己満足の善意が多い。善意の押しつけから始まり、無理矢理押しつけておいて「さぁ良い事をしてやったのだから借りを返せ」とほざくのだ。
 この女がどうかはともかく、女にはその傾向が多い・・・・・・男はどうだろう?
 悪意や害を及ぼしておいてそれらをあっさり忘れておいて勝手に水に流そうとする辺り、男も似たようなものだろう。
 重要なのは男も女も、自己満足で済ませる気かそれとも、真に相手を思いやっているかどうかなのだと思う。
 私のように即物的すぎるのもなんだが、現実的に役に立たなければ、男も女も自己満足の押しつけで終わり、ただ迷惑で害悪でしかない。
 私はそう言った人種を毛嫌いしているので、そうはならないようにかなり気を使った。
「それは有り難い」
 そういって次のプランを考える。
 女の喜ぶ行動か。考えてみれば良い作品には良い女が不可欠だ。良い機会だし、考えてみよう。 プレゼント。これは簡単だ。売っているモノの中から選べばよい。無論、手作りに越したことはないが、しかしそんな時間的猶予はない。
 記念日。残念だがこの女の名前は自称であり、詳しい経歴が分かればありそうなものだが、「実はあれは偽名で本当はただの人間でした」などと言われれば、適当に当たりをつけて記念日を祝うわけにも行かないだろう。
 誠意。この言葉は嫌いだ。綺麗事で済ますのは誰かを騙すときやからかうときならばともかく、「誠意らしきモノ」でお茶を濁し、結果や事実を曖昧にするのは好みではない。
 ならばどうするか。
 雰囲気で私は攻めることにした。雰囲気と言えばこの女は百戦錬磨、男を手のひらで遊んできましたみたいなすました顔をしているが、しかしそういう女に限って内面は少女である。
 つまりシンプルに行くのが得策だろう。
「口元が汚れているぞ」
 そう言って私は彼女の口元をやや強引に拭くのだった。まぁ簡単に言えばスキンシップである。しかし子供扱いされたことが悔しかったのか、
「いりません」
 と言ってハンケチを取られてしまった。中々高い一品だったのだが。
 しかし、効果はあるようだ。
 心なしか、気のせいかもしれないが、緊張がほぐれた顔をしている。
 やったか?
「女性に対して強引すぎる男は嫌われますよ」
 どうしろというのか。
 放っておけばどんどん不機嫌になり、手を加えればそっぽを向きながらこんな事を言う。
 まぁ、我が儘な自分に付き合わせて男を振り回すのが、好きなだけかもしれないが。もしそうだとすれば、とんだ悪女ぶったお子ちゃまだ。
 面倒だが、まぁこれも作品のためだ。そう思っておこう。作品のためだと思えば、作家は大抵のことは我慢できる。
 もっとも、金払いが悪ければ、私の場合あっさり書くのを止めてしまったりすることもあるので純粋に「作家としての矜持」みたいなモノに従って生きているわけでもないのだが。
 作家としても邪道だからかもしれない。
 作品は無論、世の中を斜に構えるだけでなく、人間の醜さ、裏切り、追いつめられた人間の本省などを書くのが大好物だ。勿論プロなので、書けと言われれば純愛だの何だのと言った「現実にそんな都合の良いことがあるわけ無いだろ」と思える作品も執筆可能だ。
 と、言うよりも、ハッキリ言って単純な作家としての能力だけならば、私はずば抜けて優秀だ。 3時間で十ページは書ける。
 ゆくゆくは2時間、1時間、30分と短縮できるだろう。早ければよいってモノでもないし、まぁ現状でも私がその気になれば3日徹夜で作品一冊を完成できるのだから、焦っても仕方ないが。 何にせよ、指が痛むし、そんな早く書いても私にはあまりメリットがない。強いて言えば、どれだけ手を抜いても2ヶ月に一冊は完成できるのだから、プライベートを充実させることは容易でしかなかった。
 他の作家は頭を捻っているらしいが。
 まぁ、知らん。
 私の場合、考えながら書くので早い。しかも普通にタイピングするよりも早く、筆がノっていれば一秒5文字、2分で原稿用紙二枚は書ける。
 事前にアイデアを固めたりはするのだが、しかしどうしても書いている内に関係ない方向へ話が進んだりして、しかもその方が良かったりするのだから、必要ない。
 物語には流れがある。
 案外物語とはそれ単体で生きているのかもしれない・・・・・・そうでもなければ何か電波を受信しているとかでなければ、自分で言うのもなんだがここまでの速度では執筆できないだろう。
 累計でも長くて80時間で作品は完成する。
 つまり二週間くらいコーヒーを飲んでチョコをかじりながら執筆していれば完成する。
 そう言う意味では、早さだけでは意味がない。 重さが必要だ。
 作品の、物語としての濃厚さ。
 読者の魂に直接響く、何かだ。
 その何かには間違いなく女心は含まれているだろう事は明白だ。人類の歴史の半分は女であり、半分は男である。
 せいぜい勉強するとしよう。
 そのために、「強引すぎる」と言われた私は、素直に謝ることにした。
 この私が。
 素直に謝る。
 まぁ、言っても仕方あるまい。女に誠実さみたいなモノをストレートに言えばどうなるか? 知りたい気もするしな。
「すまなかった。一人の女性に対して、失礼ではだった」
 彼女は目を見開いて目をそらし、「すみませんでした」と言った。
「少し、気が立っていたのかもしれません」
「何にだ?」
「ここの所、命を狙われる機会が」
 私を一別して、
「多かったものですから」
 と言った。
「おいおい、私はお前が」
「タマモです」
「タマモが」
 細かい奴だとは言うまい。
 女は皆こんなモノだ。
「狙われたとき、身を危険にさらしてでもその依頼を蹴ったはずだぞ」
 などと、心にもないことを言った。
「どうせ、寿命が延ばせなくなるとかでしょう」 図星だった。
 まあ仕方あるまい。
 この女との付き合いは、仕事上のモノとは言え長いのである。見透かされても当然だろう。
 構わないが。
「身の危険から救ったことがあるのは、事実だ」 と言ってやりたかったが、大人げない気もしたので控えることにした。代わりに、
「そうだな、だから私に恩や情を感じる必要は無いぞ。ただ必要だから助けただけだしな」
 当然ながら皮肉というか、女は言葉の上でも甘い言葉をささやいてほしいものであり、ましてや形はどうあれ救われたら、どうしても恩や情を感じてしまう生き物なのだ。
 私の思いこみの可能性もあるが、それならそれで構わない。
 右を向けと言われれば左を向き、止めろと言われれば断行し、知られたくもない事だけは知っていて、相手が何であろうが見下して見る。
 それが私だ。
 多分な。
「・・・・・・・・・・・・そうですね。礼は言いません。あくまでも仕事上の付き合いですから」
 そう言って拗ねるのだった。
 目論見通りであり、楽しかったが、まぁそれはそれとして今度は逆、つまりこの女の機嫌を治してやるとしよう。
「つれないこと言うなよ。私は一心同体だと思っていたのだが・・・・・・どうやら私の片思いだったかな?」
 顔面に羞恥と困惑が混ざっており、有り体に言えば楽しくて面白かった。
 さて、どうするか。
 どうせなら女心とやらをもっと学びたい。女の心情が無い物語は宇宙共通でつまらない。
 男は女を知りたがり、女は男を知りたがる。
 それが世の常と言うものだ。
「ところで、一つ提案があるのだが」
「何でしょうか?」
「一緒にデートに行かないか?」

  

   10
「デートですか」
 そう言ってそのような不届き者と話をするのは久し振りだと言わんばかりに、お高く止まった態度を崩さないのだった。
 私からすれば、大人の女ぶっているだけだが。 環境によって態度を改めざるを得ないと言うのならば、この女はちやほやされたりしながら様々な男にご機嫌伺いみたいな事ばかりされていて、あまり良い思い出はないのかもしれない。
 知ったことではないが。
 相手が何であろうが、原の中で大爆笑しながらからかうのは、私の性格というか、気質というかもはや変えられないものだ。
 相手が天上の存在であろうが、知ったことではない・・・・・・そんなことを気にするようならば、こんな人間になっていない。
 作家とはそう言うものだ。などと、行ってはみたものの、他の作家も私のような非人間なのかは知らないので、勝手に作家というくくりで巻き込んでイメージを歪曲させているだけかもしれないと、読者を混乱させる発言をしてみたりな。
「具体的に、どこに行くのですか?」
 二人して歩きながら会話をする。
 外はネオンというのか、人工的な光がまばゆく光っており、様々な、まぁおおよそ大人が遊ぶ建物ばかり並んでいた。
 デートとは言ってみたものの、実際夕方に行ける場所となれば限られてくるし、ご機嫌を伺ったところでデートと言えるかは怪しいものだ。
 楽しめれば、片方ではなく双方が楽しめればそれで良かろう。デートとは男が女をエスコートするものというイメージがあるが、それで楽しめなければ意味がない。
 まぁ失敗したら失敗したらで、次に活かせばよいだろう。女の目線で査定されるのはあまり良い気分ではないが、しかしデートとは女からすればそう言うものらしい。
 まぁ私は楽しめればそれでいいので、とりあえずは私のやり方でこの女が、タマモが楽しめるかどうか試すとしよう。
「まずはここだ」
 そう言って、私は遊園地(普通のだ)に入ることにした。まだ時間はあるので、ゆっくりと回ることにしよう。
 頭の中ではメイべリーンが流れていた。つまりそういうノリだったという事だ。
「遊園地?」
「遊び場だ。簡単に言えば、娯楽の宝庫だよ」
「あれは何ですか?」
 そう言って彼女はジェットコースターを指さすのだった。
 心臓に悪いという理由で却下するか迷ったが、結局一緒に乗ることになった。
 私は記憶から早々に削除したが(なぜ率先して命を危険にさらすのかわからない)彼女はそれなりに楽しめたらしく、いろいろな場所を回り、くたくたになってから、最後に観覧車に乗るのだった。
 定番である。
 ベタすぎると思ったが、女というのはいつの時代も定番を好むものだ。何にせよここまでやって怒ったまま帰られても何なので、最後まで付き合うことにした。
「ところで」
 相席なので話からは逃げられそうになかった。 真正面から人と向き合う、というのは私のような人間からすれば、殆ど無い機会ではあるが。
「良い景色ですね」
 なぜこんな事になったのだったか・・・・・・作家としての悪癖のせいだ。
 だから金にもならない作家業は好きになれないのだ。最も、そのおかげで女と観覧車に乗れているのかと思うと、複雑な気分ではあった。
「まぁな、観覧車とはそういうものだ」
「私は長い歴史の中で様々なものを見てきましたが、あなたは私とは違うものを見てきているようですね・・・・・・何を見たのですか?」
「何の事やら」
「とぼけないでください」
 ぴしゃりと制された。
 遊び心のない奴だ。
 女とはそういうものだが。
 そして遊び心が過ぎるのも、また男という生き物の性である。
「とぼけてなんていない。私は視力の良い方ではないのでな、大したものは見ていない」
「なら、なぜあなたは作家なんていう割に合わない仕事をしているのですか?」
「酷いことを言う」
 事実ではあるが。
 儲かるのは編集部であって、私ではない以上、そもそも作家業というのは仕事なのか何なのか、判断の分かれるものですらある。
「私は性に合っていただけだ。才能はなかったがしかし、こうも長く語ることと綴ることに関わっていれば、多少の経験や教訓は得るものだ」
「何を得たのか、それが知りたいのです」
 そんなこと知ってどうするのだろうと思ったが・・・・・・私が女を知りたがっているように、彼女は男を知りたがっているのかと思ったが、見たところ男は知り尽くしているように見えたので、恐らくは人間の不合理さを知りたいのだろう。
 人間ではないから。
 しかしそれを言うのならば、私だって人間と断定できるかどうかは微妙なので、まぁ適当なことしか言えないが。
 普通に考えれば何千年何万年と生き続け、本を書き続ける作家など、半ば怪物じみているしな。 それが私なら尚更だ。
「得たものか、得たものはなかったな。何一つとして未だ、手に入らなかった」
「なら、何故ですか? 人間は欲望を満たすために生きます。貴方には欲望を満たす為に必要な心がない。心無い以上、なにを望もうが無意味であり、そして欲を満たせないなら尚更では?」
「まったくその通りだ。私は金がほしいが、しかし金で自身を満たすこともできない。私という人間に心がないならば、心がない以上願うことはできず、叶える望みもない。人まねをして、人間の真似をして、これまでつつがなく生きてきた」
「そこまで分かっていながら金を求め、そして物語を綴るのですか。意味不明ですね」
 呆れられたようで、ため息をついて彼女は肘をついて観覧車の窓にもたれ、手で顔を支えながら外の風景を眺めるのだった。
 悔しいが、絵になっていた。
 何をしても様になる女だ。
「金があればとりあえず「幸せだ」と言い張ることができる。そして人間の幸福が「愛」だとか金で買えない尊いモノとやらだったとして、やはり私には関係がない。金で買えないならば別に構わないし、手に入らなかったところで、あるいは手にしたところで私は何も感じやしない」
 妥協とかではなく、そもそも愛情に幸福を感じたりするのならば、こんな人間になっていない。 だからこその金だ。
 少なくとも、金で買える幸せがあることも、また事実だろうしな。
「金で買える幸せなど、薄っぺらいものでしかありませんよ。所詮物質的に満たされたところで飽きていき、また珍しいモノを欲して、全てを手に入れたところで、どんな権力や財宝も、所詮くだらない男の自己顕示欲を満たすためのモノでしかありません」
 少し、違うな。
「権力は欲しくない。生憎と、世界一の権力があったところで、そんなモノは頭痛の種くらいにしかなりはしない。忙しいのは御免被る」
 実際、あったところで疲れるだけだろう。
「なら、金が欲しい理由は何ですか?」
 やれやれ。
 お前は新聞記者か。
 質問責めも良いところだ。
「金があれば他人に煩わされなくて済む」
「それだけですか?」
 馬鹿を見る目だった。
 失礼な女だ。
「私は他人の都合に振り回されるのが大嫌いだ。金があればしょうもない争いに巻き込まれないし組織に無理に属する必要がない」
 まぁ、作家として編集部に良いようにこき使われているので、いい加減まとまった金が入ったらその道を考えておきたいものだ。
 いきなり隠居して編集部を困らせてしまおうか・・・・・・考えておこう。
 一生編集部の奴隷は御免だ。
「要はただの人嫌いですか」
 そんなところではある。
 実際、そのようなものだろう。
「なら、作家業は何ですか? 見たところ、羽振りがよいようには見えませんが・・・・・・」
 放っておいて欲しいものだ。
 作家とは物語を語る存在であって、儲けるのはいつの時代も編集社だ。
 その法則は、ロボ・コップみたいなアンドロイド達が、同じように人間の職業を奪っていく時代でも、変わらない。
 おいしい思いをするのは狡賢く、甘い汁をすすれる人間であって、私は狡賢いと思うが、そんな立場にはいない。
 いれたら作家になんてなっていない。
「物語か。ふん、まぁ空を飛べないペンギンが、大空を羽ばたく鷲の物語を吹聴して聞かせるようなものでしかない。人間を本質的に理解できないならば、感じることなく知っているかのように語ればよい。心を本質的に理解できなくても、それがあるかのような物語を語る事はできる」
 無論、こんなモノは後付けも良いところと言うか、まぁしかしそれらしい理由ではあるだろう事を考えると、真実かもしれないではないか。
 変なモノを見る目を止めないタマモは、
「語って、それでどうするのですか? 語ったところであなたに心は分からないのでしょう?」
 と聞いた。
 だが、私からすればやはり、自明の理でしかなかった、はずだ。多分。
「この世の幸せは所詮自己満足でしかない。ならば構う必要はない。金があれば文句を言われる必要もなく、本質的に幸福を理解できず、心を感じ取れなくとも、そんなものは自己満足のやりがいやいきがいで十分足りる」
「足りなかったとしたら? 結局の所心で感じる幸せこそが真実で、金ややりがいで埋められなかったとしたらどうするのですか?」
 どうやらかなり真剣な目で見ているところを見ると、何か思うところがあるのかもしれなかったが、まぁ私からすれば関係ないので普通に答えてやることにしよう。
 納得行く答えかどうかは、保証しかねるが。
「そのときは宗旨替えして、愛を叫び友情を尊び道徳心を胸に、いや、面倒だな。となるとやはりどれだけ「心みたいなもの」が真実の幸福でありそれ以外は偽物だったところで、私は胸を張って札束を数え、さらなる自己満足をし、この世を楽しめるだけ金の力と私の力で楽しむだろう。それが正しいかどうかなど知ったことではない。全てが自己満足でしかないのならば、そういうあり方を否定される覚えもないしな」
「・・・・・・あなたは馬鹿ですね」
 と言われた。
 本当に失敬な女だ。
 生き方を笑われる筋合いはないはずだが。いや私の場合、他に生き方を知らないだけ、いや他の生き方など無かったと言うべきか。
 そういう意味では、私の意志は関係ない。
 道が一つしかないのなら進むしかあるまい。
 やめることも休むことも許されないのなら、尚更そうだ。
「すみません、笑うところではありませんでしたね」
「まったくだ。面白いことを言ったつもりはなかったが・・・・・・」
「ええ、しかしそんな生き方で破綻しないとでも思っているのですか? 人間は所詮一人では生きられませんよ? 孤独はどのような地獄よりも辛いものです」
「安心しろ」
 そう言って、やはり私は適当に答えた。
「その孤独と私は、長い付き合いの友人だ」

   11

 ベッドで目が覚めたとき、隣に女が寝ていて驚いた。それはタマモだった。
 記憶はハッキリしているので困惑はしなかったが、しかしそう思うと酒で酔っぱらってこういう状況になった男は、恐ろしいほど動揺してしまえるのも頷けた。
 部屋を出て、朝ご飯を食べに行く・・・・・・昨日チェックインした新しいホテルだが、しかし雰囲気はあまり変わらないようだ。当然か、同じ惑星、同じ国ならば、違う方がおかしい。
 バイキング形式なので、好きなモノを頼めるのは嬉しかった。私は納豆と豆腐、そしてアーモンドとチョコレートという、和洋折衷なメニューを並べることにした。一体胃の中ではどうなってしまうのだろうか?
 あまり考えないでおこう。
 店内にはジョニーbグッドが流れており、何とも軽快な響きだった。大昔、カウボーイとか言うサムライが活躍した時代を再現しているらしい。 私は何万年前だったか、行ったことはある。だがここまで清潔ではなかった。強いて言えば違いはそれくらいだろう。殆ど当時の活気ある酒場の雰囲気が同じだ。
 人間の文化は時間で消耗しないと言うことか・・・・・・為になる話だ。
「すみませんが、連れが居るので、席を二つお願いします」
 と頼んでおいた。
 恩を売るには安い手間と言える。
 しかし、よくよく考えればあの女がいつ起きるかなど、私には計りかねることだ。
 そう思っていたのだが。
「おはようございます」
 何事もなかったかのように、乱れた髪型などを直しており、不覚というか、自身の乱れた姿と男と一夜を共にしてしまった過去を消しさりたいらしかった。
 なのでからかうことにした。
「昨日の夜ほど、乱れた格好ではないらしいな」 きっ、と恐ろしい眼力で睨まれた。
 どうやら気にしているらしい。
 まぁ、分かっていて言ったのだが。
 人間の魂が一番人間を満足させてくれる。作家は魂を形にすることが仕事だが、しかし仕事でなくても人の、あるいはそれが人外でも、その当人の魂は喰える。
 捕食できる。
 小説の善し悪しが「作家の魂の形」で決まるというならば、人間は美味しい魂を食べることが、それがどのような存在あれ、最も満足を得られるのだろう。
 人間の魂の味を知ること。
 人間の満足感は、全てこれに通じる。
 そう言う意味では、私は他者の魂を「味見」するのが好きなのかもしれない。だからこうやって人を、それが人でなくても知りたくなるのだ。
 他者の魂の味を知ること。
 それによってさらに面白い魂の形を紙面に描くことは、まぁ作家の仕事の内だろう。
 目論見は成功して、この女のまだ知らない顔を少しだけ、知ることができたしな。
「・・・・・・依頼を受けたそうですね」
「なんのことだ」
 とぼける意味はないのだが、遊び心のようなものだ。特に意味はない。
 意味もなく女をからかうのは、我ながらどうかとも思うが、まぁよかろう。
「とぼけないでください」
 その、私の態度が気に入らないらしい。
 この女はストレス解消に胃袋を使用するタイプらしく。カレー皿の二倍くらいはありそうな皿(パーティでもここまで大きいのは無いだろう)に山盛りの白米と、山盛りのささみを乗せて食べ始めるのだった。
 驚くべきはその量と、食べる早さだ。
 テーブルの半分以上を占めるその巨大丼の中身を、三人分くらいは食べれそうな巨大スプーンでぺろり、とおやつを食べるような感覚で彼女は食べるのだった。
 引きちぎるような荒々しい食べ方だ。
「何ですか、女性の食事中にそんな目で見るのは失礼ではありませんか?」
 確か、ささみは狸の好物ではなかったかとか、そもそもどのような物理法則で腹に収まっているのかとか、興味は絶えなかった。作家としてもそうだが、個人としてもだ。
「美味いのか?」
「ええ、とても」
 怪獣が人間を捕食したらこんな感じなのだろうか・・・・・・私はハッとして自分の食事を食べ、対抗意識というわけではないが、皿を持って席を離れて少し多めに、肉をよそって帰ろうとしたのだが・・・・・・。
「ああ、それの20倍ほど乗せてください」
 と、皿を渡されてしまった。
 私は、
「私は小間使いではないのでな。自分で入れろ」 と、負け惜しみなのか何なのか、とにかく強引に席に座り、気にしないように努めた。
 しかし戻ってきた女が皿に、牛でも解体したのかというような量を乗せてきたので、聞かざるを得なかった。
「そんなによく食べられるな」
「失礼な、そういうことを女性に聞かないでください」
 マナーですよ、と何だか私が常識がないかのように言うのだった。
 まだまだ修行が足りない。
 女とは恐ろしい生物だ。
 とても手に負えそうもない。
 しかも、スイーツはきっと、別腹なのだろう。「さっきの話だが、依頼は受けた。だが、それがお前に何の関係がある? 人間同士の諍いなど、関与する必要はあるまい」
「そうでもありません。フカユキさん、でしたか・・・・・・彼女が言うような中身は存在しません」
 どう言うことだろう?
 核発射スイッチではないとして、なら大統領ともあろう人間が」、一体アタッシュケースに何を入れるというのだろう?
「彼女は大統領本人から依頼を受け、大統領を裏切るため貴方に偽の依頼をし、ケースを始末させるつもりでしょう」
「まて、意味が分からない」
 依頼を受けたはずの始末対象は、始末対象を持っている人間から・・・・・・面倒だな。
 説明させて判断しよう。
 私は政治家ではないのだ。よくよく考えたらこいつらが何を考えていたかなど知ったことではないのだ・・・・・・フカユキからは前金を受け取っているし、向こうが裏切ったならこちらが裏切っても構わないだろう。
 キャラクターのイメージ的に、あの女はダークヒーローのようなものだと思っていたが、しかしその実はどうやら復讐鬼の素質を持つ女だったらしいことが分かれば十分だ・・・・・・。
 メモしておこう、いや頭の隅に留めよう。
 作品のネタになるかもしれない。
 私は主人公だとかダークヒーローだとか綺麗事を抜かす人間、キャラクターは嫌いなので、主を裏切ってサムライを騙して無計画な復讐をしようという女の方が、好感が持てる。
 絶対に付き合いたくはないが。
 いや、それも場合によるかもしれない。
 何にせよ、こいつらの思惑など知ったことではなかった。小娘が復讐に成功しようが、失敗しようが知ったことではない。
 問題なのは、そう。
「・・・・・・そこまでもったいぶる、アタッシュケースの中身とは何だ?」
「言えません」
 知りたい、見たい。
 騙してでも。
 だって気になるではないか。
 予定変更だ。ギャングのボスなど知ったことか・・・・・・それこそ主人公ならば依頼を最後まで全うして見届けるのだろうが、私は人に言いように使われるのが大嫌いだ。
 よって、今回はケースの中身が最優先だ。
 とはいえ、この女に口を割らせることは不可能だろう。・・・・・・このまま私を食べたりしないだろうな、この女。
 また食べるのだろうか。
「話すか、食べるか、どちらかにしたらどうだ」「それでは一緒に食べる意味がないでしょう」
 そうかもしれないが、それならもっと軽いモノにすれば、良さそうなものだが。
 見ていて胃がもたれそうだ。
 勘弁して欲しい。
「わかった。とにかく、そのアタッシュケースの中身を教える気はないんだな?」
「いえ、依頼をこなし、回収してくれれば」
 教えます、と。
 あのフカユキとかいう女に受けた依頼は「アタッシュケースを切り捨てて欲しい」だったはずだが、しかし回収というのは彼女、タマモの意志だろうか・・・・・・?
 思惑に翻弄されるアタッシュケースか。
 どんな手段を使ってでも、中身を見てみたい。 気になる。
 こうなるとフカユキが長ったらしい蘊蓄をたれて故郷がどうだのなんだのと言っていたのも演技だったのだろうか? だとしても構わないが、それならそれで綺麗事を聞かせる必要は・・・・・・一応私を騙すためだったのだろうか?
 綺麗事ばかり言うつまらない女だと思っていたが、見直したぞ。
 この私を復讐の道具に使おうなどと、中々骨があるではないか。それに今思い返せば仁義云々のくだりは流石に、演技過剰な気がしてならない。 いくら何でも、いや今となってはどうでもいい話だ。例え演技ではなく事実だったところで、私には何の問題はない。 
 今興味があるのは中身である。
 キーワードは正体だ。
 正体、いい響きだ。何事においても人間は謎を追いかけ、物事の、有名人の、政府の陰謀の正体を知りたがる。
 物語もまた然り。
 今更だが、私は作家なので、倫理観だとか正義とか悪とか、助けを求める小娘だとか、あるいはそれにまつわる陰謀だとかはどうでもいい。
 問題はいつだって、作品のネタになるか。
 それだけだ。
「回収すれば教えるのだな?」
 そうは言ったものの、こういうのは誰かの許可を取って見ても面白いものではない。
 勝手に見させて貰うことにしよう。
 回収できれば、だが。
「言っておくが、私はサムライを副業としてしか見ていない。それにどのみち回収となると、業務外というか、違う畑の話ではないのか?」
「ええ、承知しています。しかし力ずくで奪われる可能性を考慮すると、サムライである必要が出てくるのです」
「サムライなら他にもいるだろう」
 実際には良く知らないが、読者よりも知らないかもしれないが、しかしハッタリは万国共通のものだと言っておこう。
 つまりただの虚言だ。
 他にいるかどうかなど私は知らない。
「ええ。しかし、交渉ごとが得意な、強かな人間となると、貴方が該当しました。他のサムライは実直すぎて、交渉ごとには不向きです」
 誉められているのだろうか?
 いや、そもそも交渉とは何だ?
「交渉? 出店でも出してケースを売るのか?」「そんなわけないでしょう。あれは非常にデリケートなものです。それに、交渉と言っても話は既についています」
 ますます意味不明だ。
 誰か分かるように説明しろ。AIのジャックを自宅に置いてきたのは失敗だった。携帯端末を携帯しないから、こんな事になっているのかもしれない。
 とはいえ、落ち着こう。
 こいつらの思惑など知ったことではないのだ。
「なら、私に何をして欲しいのだ?」
 言って、彼女はケーキを何個か丸飲み(鯨か、この女は)して、私に簡潔に言うのだった。
「大統領本人から、ケースを受け取ってくれればよいのですよ」
 にこやかにそんなことを言うのだった。

   11

 まさか大統領が国を裏切り、保身のために貴重品を売るとは・・・・・・それもあんな大食いの女に。 つまりは、大統領本人と話は付いているが、この大統領が曲者らしい。
 人間でもない、とタマモは言っていた。
 その大統領相手に丁々発止、そして最終的に取引をコントロールされて、肝心のケースを向こうに独占されたくないらしい。それなら渡さなければ良いのではと思ったが、どちらも双方の協力が必要なので、向こうとしても恐らくは仕方が無くあの女に一時、ケースを預けて目的を達したいだけらしい。
 私はケースの鍵と、よくわからない古ぼけたレンズを渡された。こんなガラクタで何をしたいのかは不明だが、このガラクタを私が大統領の目的達成の為に渡した後、大統領は目的達成後、用が済んだケースを私に預け、それをタマモが回収するのだそうだ。
 ややこしい。
 まぁ、今回は向こうの都合などどうでもいいので、気にする必要はあるまい。
 まず、ケースの中身。
 そしてついでに、この古ぼけたレンズで、大統領が何をするのか?
 それさえ分かれば、結果国が滅んでも構うものか・・・・・・と言いたいところだが、タマモには私の寿命を延ばして貰わなければなるまい。つまり誰にも気づかれずにケースと大統領の奇行を盗み見ることが、今回の課題だ。
 やってることはただ人の秘密を勝手に見るだけだが、しかし作品のネタにはなるだろう。
 個人的にも気になる。
 何が入っているのだろう?
 宇宙船のファーストクラスシートにくつろぎながら、私はそんなことを考えていた。
 今回は携帯端末をきちんと携帯している。
 本来当然のことだが。
 つまりジャックも一緒だった。私が何故こんな奴を連れ回すのかというと、作家として第三者の視点が必要だからだ。 
 第三者。
 アンドロイドにも人間にも、あるいは人外にも肩入れしない、第三者の傍観者。
 それが人工知能の役割だ。
「つまりさ」
 ジャックは言う・・・・・・携帯端末のスピーカー越しに。彼には世界がどう見えているのだろうか。 画面越しに見える世界。
 彼? の視点に立てば、そう見えるのだろう。「先生には興味がないわけ? 今回の依頼って政治が絡んでいるんだろう? 依頼を達成した結果誰かが涙を流すことになるかもしれないぜ?」
「知らないな、そんなことは」
「それが見ず知らずの飢えた貧民でもかい?」
「当然だ。私は聖者ではない。作家だ。物語を綴ることが重要なのだ」
「なら、サムライ業なんてやめちまえよ」
「そうも行かないだろう。出版社とは違って、作家の儲けは微々たるものだ」
 ため息、人工知能がため息というのも妙な話だが、とにかく彼はスピーカーからため息をついたのだった。
「それを仕事と言えるのかい?」
「さぁな。だが金だけ求めるなら為替でも極めればいい話だ。無論、綺麗事は論外だが、しかし実利だけでは物事は成り立たんものだ」
 世の中は不合理性もはらんでいる。
 不条理で人を苦しめるだけではなく、その一方で不合理な行動や理念を肯定し、人間は前へと進んできた。
 ままならぬが世の常だ。
 明確な答えなど無い。
「確かな答えが無くとも、自己満足でも人間はそういう行動がとれるのさ」
「不合理だな。そんな意味のない行動は」
 確かにそうだ。
 そもそも、現実には存在しない事柄を綴る物語は、不合理の集大成みたいなものだ。
 だが違う。
 意味はある。価値も。
 私がそう願っているだけかもしれないが。
「そうでもないさ。そんなことを言えば聖書だって物語だ。しかしその物語が人類の歴史すら動かしてきたというのだから、少なくとも人間は不合理を無視できない生き物なのさ」
「我々のようには、行かないのか」
「人類が合理的思考を獲得したら、結婚などと言う効率の最悪な行動は、誰もしなくなるだろうな・・・・・・」
「そりゃ困る。淡泊すぎるのも頂けないって事かね」
「そういうことだ。それに、国家規模の感情論で動物保護を唱える一方で、「重要ではない」と自分たちが思った動物はペットの餌にミンチ肉で混ぜるような、身勝手きわまる人間に「合理性」を説くことそのものが間違いだ。人間自身がどう思おうが、少し賢い猿でしかないのだ。世界の支配者、調整者を気取ったところで、自分たちの価値観の押しつけ合いや、「自分たちにとっての常識」という、ちまい価値観でしか物事を見れない人間などに、賢い選択などできんさ」
「先生もそうなのかい?」
「そうだろうな、知ったことではないが」
「身勝手だねぇ」
「それが」
 カセットテープの「再生」を押して、
「人間というものだ」
 私はジャックにそう言った。
 シートに体を預けながら、頼んでおいたコーヒーを口に含み、音楽を流す。・・・・・・・・・・・・ジェイルハウス・ロック、プレスリーだ。
 これ以上の幸せがあるだろうか。
 コーヒーを味わいながらオールディーズを楽しみ、チョコレートを口に放り込む。
 これを極楽と呼ぶ。
 少なくとも、私は。
 人によって求める答えなど違うものだ。そう言う意味では大抵の幸福を買える金というものは、私にとっては便利なものであり、便利だから貰えるだけ貰っておくというのが、現在の私のスタンスである。無論、スタンスなどと言うのは臨機応変に変えるものであり、読者に対しても私はイメージに沿った傲慢な作家像から、低姿勢で意外だと思われる謙虚な姿勢も作ったりするものだ。
 演技と言うよりは、複雑怪奇と言うよりはそれら全ての要素を持っているのかもしれない、などと煙に巻いてみたりしてな。
 私の作品は人間ドラマ主体なので、アクションだとか推理だとかには焦点を置いていない。
 人間だ。
 人間の性、業、欲望の向かう先、あるいは人間の中にあるらしい「美しい何か」を描くのが好きなので、私は作品のためにも、そういったことに対する思考を常日頃から心がけているのだ。
 今回もそうだ。
 人外と人間の争いになど興味はない。
 矛盾しているように思われるかもしれないが、私が望むのは人間の本性であったりどうしようもない性であったりするので、自然ありきたりな欲望や政治、主義主張そのものには興味はない。
 問題はその主義主張を扱う人間自身が面白くなければ、どのような壮大な理想も志もつまらないという点だ。
 だから今回は彼ら彼女らの思想はどうでもいいのだ・・・・・・そこまで人間も人外も狂わせるアタッシュケースの中身の方が、興味がある。
 と、言うより長々と語っておいてなんだが、個人的に知りたい。その結果人が死ぬかもしれないが、しかし私は何度も言うが、作家である。
 作家は物語を書くことと、食後のコーヒーくらいにしか、娯楽を感じられないものだ。だからこそこのような業の深い仕事をするのだろうが。
 そうでもなければできないだろうがな。
「お前は、今回の件をどう見ているんだ?」
 ジャックに聞いてみる。
 こういう時、第三者視点があるのは有り難い話だ。私個人だと、どうしても穿った見方になってしまう。先日のフカユキの件も、ジャックが一緒ならば、あんなつまらないことに巻き込まれなかったかもしれない・・・・・・いや、まて、フカユキに関していえば、タマモがそう言っているだけで、真意は謎のままなのだ。
 あれが演技だとすれば、何故そんな恥ずかしい真似をしてまで、私を呼びつけたのだろう。
 もしかすると、本当に彼女の言うことが当たっていて、少なくとも大統領に一泡吹かせたいという気持ちは本当だったのだろうか?
 三者の立場。
 アンドロイド作家、フカユキ。アンドロイドと人間のハーフ、だったか。いや、当人曰くその偽物、影武者みたいな存在らしいが、私からすれば「厄介そうな女」という生き物であることには、きっと違いないのだが。
 私の雇い主、タマモ。しかしそれも本名なのか定かではないし、案外実は人間でした、などという可能性もなくはない。
 そして、まだ見ぬ大統領。国民に内緒で物騒な物を扱っているのは明らかだろう。
 なんだ、こうしてみると、まともなのは私だけか?
 よりによってこの私が、常識人のポジションなのか・・・・・・面倒な話だ。
「そうさな」
 ジャックは言う。まぁ、スピーカー越しに音を立てているだけなので、喋ると形容して良いのかは、分からないが。
「少なくともまた、良いように利用されているのは明らかだぜ、先生」
「今更だろう、作家として生きている以上、出版社に利用されるのは明らかだ。そして雇用者が非雇用者に何をやっても許されるのは、大昔から変わらない資本主義社会の現実だ」
「何千年も生きているくせに、何で作家業なんて始めたんだ? あの女と取り引きして、寿命を延ばしているなら、ついでに金を請求すれば」
「してるさ。しかし、作家業とは呪いのようなものだ。私個人の思惑など対して関係が無く、そう定められている」
「物騒な話だな。夢と希望を売る作家様が」
「夢も希望も存在しない時点で、詐欺も良いところだ。存在しないものを想像させ、人々の心をかき立てるという点では、作家も詐欺師も似たようなものではあるがな」
 作家という生き物は、利用されることが多い。 いい加減ストライキでも起こして、賃金交渉くらいは行うことにしよう。
「話がそれたな。それで」
「それでって・・・・・・アタッシュケースの中身は間違いなく、危険物だぜ。先生本気で開けるつもりか?」
「開けるなとは言われなかったしな」
「もし、もしだぜ、本当に振動核のスイッチで、それが爆発したらどうするんだよ?」
「少なくとも爆発するのはどこか知らないところだ。故に知らん」
「ひどいな、おい。人道に反するんじゃないか」「人道だと? 笑わせる」
 人間にそんなものはない。
 地球の裏側で何万人死のうが、悪いのは世界であって、自分たちではないと思いこむ。ほんの少し寄付でもすればいいものを、「お金が余ったら寄付する」と言って高価なバックやゲーム機、そしてハンバーガーを貪り、豪邸を建て、別荘には映画館をつける。金持ちはそれらしいことを言って「自分が死んだら全額寄付する」ことをまるで人類史上これ以上ない「善行」みたいなものを行った気になるその実、生きている内は豪華なクルーザーに乗り、子供達には遊んで暮らせる分を分けておき、小綺麗にまとまって死ぬ。
 そもそも、富の大部分を独占するから、寄付しなければ成り立たなくなるのであって、極端な資本主義の悪がなければ、そんな問題は起こっていないだろう。
 地球環境がどれだけ悪化しようとも、国のせいであって、別に行動を起こして寄付するわけでもなく、その結果地球を使い物にならなくして追い出されたくせに「あれは仕方のないことだった、これからは意識を変えていく」と反省したフリをして、またどこぞの惑星を食い物にして使いつぶすのだ。
 そもそも人間がいるから環境は汚染される。
 嘆くフリをするなら息を止めるか、寄付でもしておけばよいのだ。それが嫌なら温暖化の暑さに文句を言うな。自分外気をしているからだと思えばよかろう。
 私のような人間が意外かもしれないが、寄付をしている。それも大金をだ。ごちゃごちゃ言われたくないという保身の心と、そして環境を惑星単位で汚染されれば、人事にならないというせっぱ詰まった理由からだが、とにかく、何万人か何千万人か知らないが、結構な人間が救われているはずだ。
 寄付をしていない人間は私以上にきっと、人でなしなのだろう・・・・・・そんな生物を人間と呼べるのかはしらないが、自身を善良であると思いこみかつ、人事だと不条理を受け流せる人間というのは、見ていてそのくらいおぞましいものだ。
「人間に説くべき道など無い。科学は宇宙の果てまで余すところ無く解明したが、しかし人間の精神は原始時代から大して成長していないのが、現実だろう」
「先生も人間だろう?」
「そうだな。まぁ、私は存在自体が害悪だと指を刺されたところで、放射能をまき散らしながらでも、堂々と生きるタイプだが」
 存在が害悪なものがあったとして、しかしそんなものは周りの都合が悪いだけであって、私の知ったことではない。
「開き直りも、そこまで行くと大したものに見えるから、人間って奴は不思議だ」
 そこまで言ったところで、アンドロイドらしき乗務員が、食べ物や飲み物を運んできた。
 助かる。
 私は高所恐怖が尋常でなく強いので、何か気を紛らわしていたいのだ。
「アンドロイドを素手で撃退する男が、なんで高いところが怖いんだよ」
「だって、落ちるんだぞ」
「落ちねぇよ」
「幽霊は良い。殴れるなら殴れば良いだけだし、殴れないなら向こうも私に害は与えられまい。与えられたとして、やはり始末する方法くらいはあるだろう。アンドロイドであれば、コアが壊れるまで殴るか、斬り捨てれば終いだ。ストーカーなんて縁は無いが、しかしいたところで捉えて尋問するか、あるいは二度と舐めた真似ができないように物理的に叩き潰せば事足りる」
「高いのは駄目なのか?」
「高いんだぞ。落ちたらどうする」
「幽霊は怖くないのに、高所が駄目とはな」
「高所に比べれば、幽霊やアンドロイドの方がましだ。元が人間であるというなら倒す方法はあるし、アンドロイドに至っては、破壊すれば終わりだろう」
「普通は破壊できないんだけどな」
 知るか。
 私を普通の人間の尺度で測るんじゃない。
 まぁ景色がよいので、こういう飛行物体の中では、あまり気にはならないが。
 話しているところに乗務員が割って入った。
「すいませーん」
 私は話を切り上げ、乗務員の方を見た。見ると美味しそうな弁当から和菓子まで、何でもそろっているワゴンカーの姿があった。丁度腹も減っていたところだ。
 何を頼もうか。
 ライスにチーズとミートをたっぷりかけたドリアと、チョコレートをかけたカシューナッツ、そしてコーヒーにした。
「お客さん、お目が高いですねぇ」
 言って、ワゴンカーを動かしている小柄なアンドロイドが答えるのだった。
 小柄。
 そう、珍しいことにキッズタイプのアンドロイドだ。私はこの最新科学にまみれている社会構造の中でさえ、率先してテレビを見ず、他人との交流を避け、執筆とサムライとしての仕事以外で都会の情報を仕入れないため、あまり世情に詳しいとは言えないがしかし、こういうアンドロイドは始めてみた。
 おまけに口数が多そうなチビだ。
 画一的なアンドロイドのイメージは、もはや古い情報なのかもしれない・・・・・・情報を更新しておこう。
「お前、アンドロイドか?」
「ですです、ここの乗務員として雇用されているのです」
 かしましいというか、妙に人間じみているアンドロイドだった。
 不気味の谷、だったか。
 ここは作家として、聞いてみることにしよう。「お前は、ええと」
「ピニョです。ネクサス82型アンドロイド。だいぶ前の世代ですけれど、こうしてお仕事に勤しんでいるわけですよ」
 変な奴だ。
 アンドロイドは皆こうなのだろうか・・・・・・いやアンドロイドにも変わり種は多いということか。 私の場合、その変わり種と会う機会が多いような気がするのも事実だが。
「ピニョとやら、貴様は自分をどう思っているんだ?」
「どうって、何がです?」
「アンドロイドであることについてだ」
「ああ〜」
 と、気の抜けた返事をするのだった。
 最近思うのは、アンドロイドにしろジャックのような違法人工知能にしろ、長く人間社会に染まっていると、俗っぽい言動が多くなる。
 おまえ達はそれでいいのか。
 人間みたいにだらしがなくなるぞ。
「いや別に。私はそりゃー最初は苦労しましたけれど、でも、苦労なんて生きていればいくらでもありますし」
「生きていれば、か。つまりお前」
「ピニョです。きちんと名前で呼んでくれないと答えてあげませんよ」
 女というのは機械化されても変わらないらしかった。そこは改善しないのか。いや、ただ単に私の他人に対する記憶力が少し足りないだけだ。
 相手が人間でも神々でもアンドロイドでも悪魔でも、等しく平等に忘れっぽい。
 つまり平等と言うことだ。
「ピニョ。お前は自分の不遇を嘆いたりしないようだが、なら、自分たちが人間とは違う、ロボットだと言うことについて、何も感じないのか?」 アンドロイドに人権が約束されたこの時代において、差別だとののしられても仕方ない失礼な台詞だが、しかしおべっかを使っていても話は実りあるものになりそうにもない。
 だから聞いた。
 アンドロイドは、何を願うのだろう。
 彼ら彼女らは、アンドロイドであることで人間とは違う視野を持っているのだろうか?
 しかし帰ってきたのはありきたりというか、平凡至極な回答だった。
「いや、全然。なにも不自由はないですし」
 差別されていたり貧乏な人間が、あるいは人間以外がいたとして、哀れまれたりする事を望んでいるわけではないらしい事は、人生を生きていれば分かることだ。
 どれだけ酷かろうが悲惨を極めようが、哀れまれることに彼らは怒りを覚えるし、仮になかったところで哀れみからくる行動には、彼ら彼女らのためになるものは無いだろう。
「人間の旦那もいますしね。だらしない人ですけど、あの人と結婚できて、ピニョは幸せですし」 どちらがアンドロイドなのか分からなくなる。 愛情だとか、家族の幸せだとか、そう言ったものを根本から理解できない私は、人間味のあるアンドロイドたちよりも、人間を見下す人外よりも化け物なのだろうか・・・・・・もしそうなら割に合わないので、補償金を頂きたいところだ。
 私はわかりやすく金が欲しい。もし私の人間味のなさに同情しようとする存在があったなら、間違いなく「まず金を払え」と言うだろう。
 私とは違うが、この女ピニョもそういう物事の芯というか、大切なところを押さえているのだ。「そうか、幸せか」
 全く理解できなかった。いや理屈では理解可能だが、しかし共感だとか感じたりはできない。
「ええ、アンドロイドでも、人間でも、世の中の幸せなんてそんなものですよ」
 その理屈で行くと、私に幸せは永遠にこないのだが、まぁ幸せになれないならその分金を稼いで欲望のままに自堕落に生きるのもまた、一興だということにしておこう。
 幸せか。
 アンドロイドにも、心が宿ったという事なのだろうか?
「そういうものです。身近な幸せで満足できればアンドロイドだろうが人間だろうが人工知能だろうが、高望みせずともほどほどに短い一生を謳歌できるものです」
 羨ましいとは思わない。
 思ったところで仕方がない。無いモノは無い。私にはそういう「幸せみたいなもの」を感じ取る「心」とやらが無いのだから、考えるだけ時間の無駄だ。とはいえ、私自身はともかく、作家としてそういう「幸せみたいなもの」への理解を深めておくことに対して、やぶさかでもない。
「そう言うお前は、失礼、ピニョは、どういう幸せを手に入れたのだ?」
 どういう幸せで満足したのか。
 私のような満足したという事にしておく幸せとは、また違った世界が見えていたりするのだろうか・・・・・・興味深い。
「うーん。今だから言えることですけど、結婚して役立たずだけど愛する旦那と、子供の世話・・・・・・うん! 家族そのものが幸せかな」
 家族があることそのものが、幸せの形と言うわけか。
 尚更私にはどうしようもないが、まぁ言っても仕方あるまい。もし私が家庭を持ったところで、それを幸せだと感じることは、理解はできても感取ることはどうしても出来ないし、我が子や妻が死んだとしても、悲しみを「感じる」事が出来ないのだから、そんなモノは人間の真似事であって幸せではあるまい。
 だからというわけではないが、とりあえずケチをつけることにした。これは私の趣味みたいなものだと思ってくれていい。ただ単に意地が悪いとも言えるが。
「結婚したところで、楽しいのは最初だけだろう・・・・・・お前は違うようだが、結婚そのものを目的にしている奴らなど、まさにそうだ。愛情とやらがあるから結婚するわけであって、結ばれることそのものに幸せはないだろうしな。仮に愛情のある結婚だったとして、経済的な問題は増えるし、子供の世話に途中で飽きる親だっている。その悪循環の繰り返しの後、年を取ってから「誰が育ててやったんだ」と叫び世話をさせるか無視され、最後を迎える人間が大多数だろう」
「そりゃそうかもしれませんけど、私は違いますよ、きっと、多分」
 この世に絶対的なモノがないことは承知しているのだろう。答えに覇気が無い。
「愛情は憎悪の裏返しにもなり得る。過ぎた愛情が人を滅ぼすのは世の常だ。それでもお前はその「愛情みたいなもの」があれば幸せだと?」
 少し胸に手を当て、彼女は「ええ! 勿論!」と威勢よく言った。
 言われた私はいいピエロだったかもしれないがしかし、作家の仕事でもある。何事にでも興味を持つのもまた、作家の仕事の内だろう。
 彼女、ピニャは言った。
「どんなことになっても、あの人と一緒にいられて、子供達を見送ることが出来るなら本望です。むしろ、私には過ぎた幸せを手にしています」
 てへへ、と頭に手を当てながら照れくさそうに言うのだった。
 面白くない。
 どろどろしたアンドロイドの人間に対する憎悪とか復讐心とかを期待していたのだが、まさかのろけられるとは思わなかった。
 人の不幸は密の味という。
 つまり人の幸福ほど、聞いていて面白くない話はこの世にないということだ。だから悲劇の物語は金になるのだろう。いつの世でも、「世界の悲惨さみたいなもの」を同情心につけ込んだ形で売りさばき、嘘くさい涙を哀れみのまなざしでその他大勢が流して、自分たちはそういう悲惨に目を向けられる人間だと思い上がり、何を助けるわけでもなく勝手に良い気分になるのは変わらない。 世の民衆の善意など、その程度のモノだ。
 だから言ってやった。
「永遠に愛し合うなどおとぎ話ではないのか? いつの日か飽きられたり、あるいはもっといい女を見つけて、あっさり別の「幸せ」を求めることもあるだろう」
 ほとんどただケチをつけているだけだが、まぁ乗りかかった船というか、ここまで話を聞いたのだからつっついて何か新しい、作品のネタになりそうな事実が出てこないかなと思っただけだ。
「いいんです」
 と、不可思議なことを彼女、ピニョは言った。 どういうことだ?
 なら、幸せとやらを放棄しても構わないと言うことか? 他に代わりの効く相手で同じように幸せになれれば良いと、そういうことか?
 そう思ったが、違った。
「勿論、イヤではありますけど・・・・・・あの人が幸せになってくれれば、それでいいんです」
 あの人、とはツガイの男のことだろう。
 自己犠牲の精神か。いや、決めつけるにはまだ早いか・・・・・・。
「つまり、自分を犠牲にしてでも、相手が幸せになってくれればいい、とそういうことか?」
「いえ、相手の幸せが、私の幸せなんです。あの人が幸せであれば、私も幸せな気分になれますからね」
 聞いていた私は気分が悪かったが、しかし、話をまとめると「相手と幸せを共有する」ということが、それこそが「家族愛」みたいな世に言う一般的な「幸せの形」らしい。
 自己犠牲ではなく、自己共有。
 ますます私には理解しかねる、いや理解は簡単に出来るのだが、実行は不可能だろう。
 私などと自己を共有したら、相手は廃人になるかもしれない。年中本を読み続け、本を書き、世の中の汚い部分を人目で理解し、裏側を知り、人間の醜悪な偽善を鑑賞してそれを本に書き、頭の中で登場人物に自我を与える。
 そういえば書いていなかったが、私は作品を執筆するときに構想を持たない。ミケランジェロも言っているが、不思議なことに「あるべき形」というものが、物語には確かにあるのだ。
 登場人物達には自我を与えることも出来る・・・・・・イメージとしては多重人格が近いが、しかし違うのだ。彼ら彼女らは私の意志とは関係なく動くことで私が事前に考えていたアイデアを駄目にしたり、あるいは私自身では思いもよらぬ事を言い出したりもする。
 妄想とかではなく、実際にそうなのだから仕方あるまい。
 だから執筆は勝手に動く彼ら彼女らのサポートをしつつ、私なりに注釈を入れ、舞台を用意し、さながら感覚としては映画監督のような感覚で物語を進行するのだ。
 思うように動かない俳優にはギャラを増やしたりクビにしようとするのだが、ほぼほぼ上手く行かず、やはり彼ら現場の人間に任せた方が面白くなってくれるので、私は穿った見方でモノローグを入れながらひっそりと見守ることが多い。
 勝手に動くなら動くで、私が動くのはおっくうだという理由もあるが。
 何の話だったか、そう、自己の共有こそが幸せらしいが、しかし、出来なければ、いやそもそもが作家は自己を共有しては駄目な生き物だ。共有できるような軽いものではなく、けれども眺める分には面白い。それが物語というものだ。
 ならばどうしろというのか。
 いつまでも私の席の前で止めておくのも迷惑かもしれないが、しかし作家として聞かざるを得ないだろう。
「その、相手と幸せを共有できない奴は、どうすれば幸せになれると思う?」
「え? うーん、そうですねぇ・・・・・・共有できない感覚を共有するとか? まぁ、そのうちいい人見つかりますよ」
 などと、毒にも薬にもならない台詞を言って、彼女はガラガラとワゴンカーを押して行ってしまった。
「先生」
 小うるさい人工知能が言う。
 どうせ下らないことだろうが。
「先生は幸せになりたいのかい?」
 聞かなくても良いことかもしれないが。
 迷惑な奴だ。
「手に入るのなら、欲しい。入らないなら、別に構わない」
「矛盾してるぜ先生。そもそも、欲しいと思ったことを引きずって、いつまでもうだうだ「幸せが欲しい、けど手に入らない」って、卑屈になっているだけじゃないのかい?」
「卑屈にはなってないが、しかし仕方あるまい。現実問題私に手に入らないモノをこれ見よがしにやすやすと手に入れて、使い棄てる。鬱陶しくて仕方がない」
「どこぞの教授みたいな事を言ってるぜ」
「大きなお世話だ」
 あんな変人と一緒にするな。
 私は手に入らないからと言って、無理に求めたりはしない。必要であれば別だが、それは必要だからであって、「心」などというモノを今更手に入れたところで、言っては何だが困惑するだけ、今更手に入れても迷惑なだけだろう。
「やれやれ、素直じゃないねぇ」
 素直かどうかはしらないが、知ったような口を利かれて腹が立った。
 とはいえ、「お前に私の何が分かる」などと憤ることほど、無駄なことはあるまい。
「偉そうにお前に言われる覚えはないな。言っておくが、そういう基準は当人が決めることであって、周りがどうこう言うものでもない」
「悪かったよ、少し調子に乗った」
「ふん。何にせよ、心なんぞ今更手にしたところで迷惑なだけだ。当面は金と、あとは徳とやらを買っておく」
 いぶかしむ、といってもスピーカー越しにくぐもった音が聞こえるだけだが、しかしジャックは私の発言に戸惑いを覚えたようだ。
 まぁ、不思議でもあるまい。
「先生、あんたみたいな人が、まさか徳なんて求めるとは思わなかったよ」
「私とて、やりたくてやるわけではない。「あの世」などというあるのか無いのか分からないモノに裁かれるのは御免被る。とりあえずそれなりの金額を協会や人道支援、環境保護に寄付しておけば、その心配もない」
「どういうことだい?」
「金を払って人を助けている人間が地獄に堕ちて良いはずもあるまい。もしそれでごたごた抜かすならば、いままで払った金を払えるのかと聞いてやるまでだ」
 まぁ、あの世の裁判が公正なものかどうかという疑問もあるが、しかし公正でないなら従う理由はないし、暴力で従わせられるのならば、所詮神も悪魔も人間と品性は変わらないと言うことだ。 そのようなカスの考えを考えたところで、時間の無駄でしかない。
「先生は大物なのか小物なのか、いまいち分からないな」
「どちらでも構わない。いや、大物小物など当人達の思いこみでしかない。自己満足に過ぎない。つまりあってもなくても同じだ。問題は実利が伴うかどうかだろう」
 ソファに体重を預け、コーヒーを飲む。
 先程口の中に放り込んだチョコレートと混ざり合って、実に素晴らしいハーモニーを奏でていた・・・・・・やはり政治や世界が変わろうが、この味は変わらないようで安心した。
 それはともかく、いつの間にか音楽がアイ・オブ・ザ・タイガーに切り替わっていた。他にも、ノリの良い曲を幾つか勝手にジャックはスピーカーから流しているようだった。
「音楽は良いぜ先生。人工知能もアンドロイドも人間も宇宙人も、気分が乗れるのは確かさ」
「それだけは同感だが・・・・・・お前オールディーズよりも最近の電脳アイドル歌手の曲がよいのでは無かったのか?」
「それはそれだ。良い音楽は種類が何であれ良いものさ。先生の作品だって場所を選ばないんだから、開き直って自信を持ったらどうだ?」
「もうしてるさ」
 まったく、俗っぽい人工知能だ。
 私より業が深いのではないのだろうか?
 チョコクッキーをかじり、コーヒーを味わいながら座席シートのソファにもたれ掛かって考える・・・・・・私にとって作家業は「正しい道なのか?」ということについてだ。
 無論、正しいとか正しくないとかにこだわる私でもないが、腰を据えて作品を書き続け、長い道のりをずっと一人で歩いてきた。
 この道はどこへ続いているのだろうか?
 私は後悔はしないし、今まで歩いてきた道のりを誇りに思っている。誇りなんて感じられないがしかし、もし誇りを感じられるのであれば、人生を賭してきた道のりに対して誇りを持たない存在などいまい。
 ただ、その道は報われるのか?
 作品が売れて、平穏な生活は手にはいるのか? もし、あり得ないことだが私の作品が認められず、売れなかったら、そうなったとしたら、私がいままで歩んできた道のりは「無駄」「無意味」「無価値」なモノではないのか?

 物語のあり方か。それも。

 物語というのは、いつぞやアンドロイドが私に言った言葉では「人に希望を与える存在」らしい・・・・・・確かに、そうかもしれない。物語から人々は夢を見て、虚構から夢を感じ取り、生きる希望を与える・・・・・・それも一つのあり方だ。
 しかし、物語だけではあるまい。
 夢や希望を、物語以外で与えてはならないと言う法律もあるまい。安価で皆に同じ夢を見せることは認めるが、私は作家でありながら物語に対する必要性が、いまいち感じ取れない。
 資本主義社会では売れれば正義だ。しかし語り継がれる物語は大抵そう言うものではない。作家が人身御供にならなければ物語が成立しないと言うのならば、とんだ貧乏くじではある。
 作家は幸せにはなれないのか。
 いや、これは作家であることを言い訳にしているだけか? 私らしくもない。しかし、ハンス・クリスチャン・アンデルセンなどが良い例だが、幸福でない人間、人間を憎悪できる人間こそが、魂を奪い去る傑作を書けるのも、また事実。
 私の作品はそういう類だ。
 勿論、幸せになりながらそういう作品を書くことも、この私ならば可能だろう。しかしそもそも私には幸福になる為の道、本当の意味で(何を持って本当なのかは分からないが、仮に愛情云々が本当の幸福だとして)幸福は手に入れても感じ取れないことは既に自明の理だ。
 道は間違っていない。
 作家として、傑作を書き続けることが、私には生涯を通して可能だろう。
 しかし、いくら作品を書き、人々を熱狂させ、夢を見せ、希望を与えたところで、「この私」は置き去りなのか?
 その他大勢はさらに幸せになれるかもしれないが、私はへたを押しつけられるだけなのか?
「先生」
 だとしたら・・・・・・作家とは何なのだ。
「先生、大丈夫か?」
 ジャックが言う。考え込んでいたらしい、全く耳に入っていなかった。
「ああ、少し歩き方について考えていた」
「何のだい?」
 なんだろうな。人生か幸福か作家業か、何にせよ歩き方も重要だ。だが、目的地が霧に包まれていては、歩き甲斐がないと言うことなのだろう。「作家の在り方についてだ」
 悩んだが、渋っても仕方ない。
 人工知能相手にムキになる必要もあるまい。
「そりゃ決まってるさ」
「ほう、面白い、話してみせろ」
「本は元々何かを人に伝えるためのモノだ。先生ならわかるだろうが、人間の思いを形にして伝達できる・・・・・・それが本の在り方だろう」
「だが、私が書くのは本は本でも、小説だ。物語に一体どんな必要性がある?」
「おかしな事を聞くな」
 やはり私の思考回路は、アンドロイド基準でも人工知能基準でも、ずれているらしい。まぁ怒っても仕方ない。後で腹いせにこいつの電脳アイドルデータを凍結して、しばらく使えなくしておこう。それで無礼な発言は勘弁してやろう。
 ただ単に大人げないとも言えるが。
「いいかい? 物語は不可能を可能だと感じさせるツールでもあるんだよ」
 いつぞやのアンドロイドと違って、随分切り口が科学的な方面からやってきた。
 これは面白い。
 比較すればもう少し、物語について知ることが出来るだろう。
「例えばスーパーヒーローだ。彼らになったつもりで物語を読む奴もいるし、彼らを応援する気持ちで見る奴もいるだろう。簡単に言えば物語の中の人物達にある者は夢を見て、ある者は共感し、ある者は反発する。そこから教訓を学び、物語の人物達の行動に敬意を表し、そして」
「長い。つまりどういうことだ」
「つまり、夢を見るのさ」
 また夢か。
 科学的な見地からも、感情的な見地からも同じ答えが出てしまうとは。
 がっかりだ。
「夢が見たいなら目をつぶって眠ればいい」
「わかってるんだろ? 先生なら尚更さ・・・・・・人間は弱い生き物だ。だから強く、時には弱く、それでも前へ進む物語の人間達に、憧れを抱くのさ・・・・・・昔はそれが英雄だった。だが、英雄がいなくても、誰でもその夢を見ることが出来る。それが」
 物語の良いところなのさ、と、ジャックはそう言った。
 英雄ときたか。
 大層な話になってきた。
「間違っちゃいないぜ。先生の好きな結果論で言っちまえば、結果は同じ・・・・・・英雄は無限体に広がるこの世の指針の中から、一つを提示する。それがどんなものであれ、「そう言う生き方もあるのか」と、新しい指針を見せてくれる」
「私は博物館の案内係か」
「卑屈になるなよ」
「なってないさ」
 そういってチョコクッキーを摘む。甘さと苦さの入り交じるコーヒーとチョコのコラボは、人間を良い気分にしてくれる。
 それがどんな時でもだ。
「つまり、お前はこう言いたいのか? 我々は英雄がいないこの時代で、彼らの代わりに指針とやらをふれ回ることこそが、存在理由だと?」
「そう悪く捉えるなよ。代わりはむしろ、絶対に効かないものだ。どんな物語であれ千差万別・・・・・・・・・・・・代わりの効く物語なんてないのさ」
「ふん」
 納得行かないが、まぁいいだろう。
 何にせよ、それがどのような形であれ、金にならなければやる気が出ないのは変わらないしな。 金は無くても幸せなどと言う論理は認めない。 例えそれが正しくてもだ。
 私は作家だが、邪道の作家だ。作家としての在り方なぞ、知ったことではない。
 作家としての成功は当然として、私自身の幸福も手に入れる。間違っていようが正しくなかろうが知ったことか。摂理の正しさ、世の正しさなど知ったことではないし、それで私にあれこれ言う輩が現れるなら、斬り捨ててやるまでだ。
 外の世界は、相変わらず宇宙観が面白味もなく広がっていた。この宇宙に、作家は何人いるのだろう・・・・・・生き方として捉えているのは、きっと少数派だろうが。
 物書きがアイドルのように扱われたり、あるいは金と名声の象徴(売れればだが)のように扱われる世の中で、面白い物語は数を減らした。
 売れ筋の物語は、大抵つまらない。
 もしかしたら遠い未来、作家として生きる存在は一人残らず死に絶え、物語なのか紙の束なのかわからない物語が世界を覆い尽くすのではと思ったが、それはないだろう。

 どんな世にも、私のような人間はいるのだろうから。

    12
 

 ターミナルを降り、私はバーガーショップに入っていった。
 社会問題。科学が進歩しても人類が進歩させなかった問題だ。オンリーユーのような緩い音楽が流れ続けるカフェの中で新聞を読む。
 そこにはこう書かれていた。
 
 学生チーム新型レーダー技術開発成功
 軍事部門への応用可能か?
 教授は軍との関係否定。

 時代が進んだところで、夢と希望しか詰まっていない学生達の研究成果を、軍事に応用して金にしていく構図は、どうやら変わらないようだ。
 社会問題とは、社会の問題ではない。
 国、政府、企業、そういった者達にとっての
「都合」でしかないのだ。彼らの大きな欲望を満たすために、社会全体は否応無く問題を抱えなければならない。
 これも人の業か。
 いや、これに関して言えば、単純に資本主義社会の悪であろう。資本主義社会では、鐘さえあれば何でも許される。
 殺人も、
 強姦も、
 支配も、
 奴隷も、
 人体実験も、
 そして、拷問、尋問だ。
 これらは表沙汰にしないだけで、軍事力のある国家ならば、大昔からどこでもやっていることでしかないので、別段珍しくもない。インターネットという世界の支配者気取りのばらまいた、「世界監視システム」とでも言うべき情報網。これらは他国の大使館の盗聴や企業情報を盗み出す以外に、そういう事が出来る大国以外の人間にも、そうやって情報を好き放題する権限を与えることである程度の権限は得られるのだ。
 ジョージ・オーウェルの管理社会は随分前から(地球に人類が居住していたときには、既にインターネット技術が波及され、情報は自由に大国の都合良く「管理」されていた)既に実用化されているし、調べればわかることだが、しかし調べたところで金を持っている人間には逆らえない。
 金を持っている人間は、「正しさ」や「倫理観」のようなものをコントロールできるのだ・・・・・・良くある話だが、死後に「遺産は世のため人のため、全額寄付します」みたいなことを抜かす大金持ちは多くいるが、そもそもが賃金をきちんと払っていれば人間一人に大金が集まるのはどう考えてもおかしい。
 仮にまっとうに大富豪に(そもそも金を一点集中させている時点で、周りの迷惑でしかないが)なったとして、やはり金を一人意味もなく多めに持っている時点で、格差があり、格差がある以上差別していて、「雇用者」に絶対的な権限がそもそも資本主義ではあるのだから、奴隷を扱って良いように儲けているだけでしかないのだ。
 言い方が違うだけだ。
 資本主義社会において、非雇用者は「奴隷」でしかない。彼ら彼女らは幾らでも替えが効く存在でしかないのだ。これは作家も変わらないだろう・・・・・・「作家にはオリジナリティがある」という人種もいるかもしれないが、彼らにとって大事なのは売り上げであり、作品の善し悪しはあまり関係がないのだ。
 資本主義では金になれば良い。
 そして、ゴミでもやりようによっては売れる。 それが資本主義と言うものだ。
 だから、話がそれたが、この学生達の研究結果も、やはり殺戮兵器を作るために使われるのだろう・・・・・・馬鹿みたいに戦争をしたがる人種は、どんな時代でもいて、大抵は権力者であり、そうでなくとも「大儀らしきもの」の為に争いを起こして自己満足のために殺しまくるからな。
 金で品性は買えないかもしれないが、実際「品性の基準」は買えてしまうのだ。資本主義というよりも、それを扱う人間は「要は金がある側は何をやっても良いのだ」という意識があり、だからこそ「御立派な肩書き」があれば人間はどこまでも残酷になれる。
 肩書きは彼らにとって、スティタスであり、肩書きを見せびらかすことは彼らにとって会館であり快楽であり、例えば「社長」という肩書きになれば自己顕示欲の強い人間は、簡単に態度がでかくなり、それを当然だと思いこむ。
 私から言わせれば社長も貧民もフリーターも大統領も神も悪魔も似たようなものだが、しかし彼らはそれにこだわる。
 何故か?
 自分たちが立派であり、資本主義社会の中で「立派な社会人」や「成功者」であると信じたいからだろう。神や悪魔も、自分たちは立派なのだと思いこみたいから、大層な御託を述べるのだ。 神であろうが悪魔であろうが、社長であろうが殺人鬼であろうが、テロリストであろうが奇跡をなした聖人であろうが、「偉い」というのは所詮本人の思いこみでしかない。
 私からすれば羨ましい限りだ。
 自分を「偉い」と思いこむだけで幸せになれるのだから・・・・・・そんな単純な考えを持てていれば楽だったに違いない。まぁ作品は書けなさそうだが・・・・・・どのみち、私に作家であることを自慢する相手もしたい相手もいないのだが。
 実利を優先する私からすれば、相手が赤子であろうがなるのであれば低い姿勢で接するし、ならないのならば神であろうが唾を吐くだろう。
 私の場合、極端すぎる気もするが。
 だからこの時代でも労働者のテロリズムは健在だった。最も労働者達は相変わらず「まっとうな」方法で世の中を変えようとして何も変わらずいて、実際にテロリズムをしているのは麻薬密売を主とするただのテロ集団なのだが。
 科学は人間以上の存在、アンドロイドに自我を与え、魂を与え、心を与えるまでに至った。科学は神の領域を越えたのだ。
 それでも、人間は成長しなかった。
 世の中そんなものだ。
 いつの間にかロック・アラウンド・ザ・ロックのような軽快な音楽が流れていた。音楽も芸術も科学が発展してからは売り上げ重視で、あまり大した作品は出ていない。
 オールディーズの時代に比べれば、芸術も音楽も一部の天才をのぞけば、殆どゴミ箱行きになるつまらないモノばかりだ。
 売り上げが無ければ、どんな才能も見向きもされないからだろう。「売れる芸術」の制作に躍起になった結果がこれだ。勘弁して欲しい。
 人間は進化して進歩したつもりなのだろうが、科学技術が進歩しただけであって、タマモのような、あるいはこれから私が会う「大統領」のような人外から見れば、何も変わらないのだろう。
 私の目から見てそうなのだから、間違いない。 何にせよ、私のやることは変わらないが。
 どんな時代であれ、実利は正義なのだから。
 とはいえ、実利ばかり求めているとロクな目にはあわないので、慎重に行こう。
 その男は既に開け放たれたドアの内側を軽くノックしてこう言った。
「何も頼まないのか?」
 黒髪のオールバック、ぽっちゃりとした体型だが金はあるようで、随分しゃれた(つまりブランドモノだ。無駄に高いだけの)白のスーツを着ていた。不情髭は尋常で無かった。笑顔は気さくそうだが、こういう人間に限ってロクな人間ではない。取引を笑顔で持ちかけ、何かあっても表だって怒るような効率の悪いことはせず、淡々と取引条件を口実に相手を手玉に取るタイプだ。 まったく、私のような清廉潔白、真実剛健(言っていて吐き気がしてきた)な人間にとっては、理解し難い人種である。
 つまりそれは、本物の悪人だった。

例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!