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連作短編 メタフィジカ・ワンダー

連作短編 メタフィジカ・ワンダー

『マグマのマ・魔導の魔』

 その灰色の石を覗くと、中で炎が煌めいているのが見えた。炎と言うよりマグマにも似る。薄明るく煌めいて眠るように闇になり、また目覚めるように閃き出す。 

 私がその炎が閉じ込められた石を買ったのは、ある天気のいい昼下がりのことだった。
 表は気持ちのいい陽気だというのに、その店は黴臭く湿っていた。照明が点いていても薄暗い。陰気な店には陰気な物しか無いものだが、その店は陰

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起きている螺旋、或いは眠る螺旋

起きている螺旋、或いは眠る螺旋

起きている螺旋、或いは眠る螺旋

 宇宙の中に、渦巻く螺旋があるでしょう。そこの真ん中からももちろん、生まれおちるものはあるのだけれど、寧ろポイントは螺旋が螺旋なるときに起こる摩擦で、そのエネルギーから生命は発生する。回転が始まり、その回転は周囲に介在するものを手当たり次第に巻き込んで大きくなり、徐々に力を増していく。そうして廻っている間に、ぶつかり合ってこすれて、ぽろぽろと生命を発生させる。って

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追いつかない女

 英美里は足が速い。

 特に陸上競技をやっていたわけでもない。そういった選手と較べれば当然負けるのだが、その無気力な見た目よりもずっと速い。とても追いつけない。気づけば距離を離されている。

 シーツの中に身体が沈んでは浮き上がる。息をついては吸う。終わりが近いようで遠い。このままでいたいような、早く解放されたいような。もういい、と思いながらももう、ずっとこの緩やかな退屈さの中にいたい、ような。

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深夜の(元)吸血鬼

深夜の(元)吸血鬼

 深夜に粛々と皿を洗っていた。
 疲れていたし、皿洗いは好きではない。それでもシンクいっぱいのこの器たちを片付けなくては明日の朝に使える皿がない。頭の中で『ルームシェア 解消』と検索しながら、皿の泡を流し水切りかごを山にしていく。
 同居人である元吸血鬼の彼らは皿の重要性を今ひとつわかってくれない。彼らにとって食事は生命活動に必須な習慣などではない。美味しいから食べる、美味しかったら食べる。趣味あ

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昼間の(元)吸血鬼

昼間の(元)吸血鬼

 [前回の続きですがどこから読んでも大体楽しめるものを目指しています]

 レースカーテンから零れた朝の光がシーツの上に降り注ぐ。こういうのを綺麗だな、と素直に思えるだけでも、有限の生命に転化出来たことが嬉しい。朝がすっかり楽しくなった。こうやって光に手を透かし、陽の光を纏い身体が温められていくのを感じること、それがこんなにも心まで温められることとは、不老長寿だった頃には知り得なかったこと。私たち

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ある日記 1

 いつものことながら空は紫色だった。そしてどこか甘い匂いがする。空から匂いを感じるなんておかしいと我ながら思うけれど、空からは匂いがする。土の匂いがするように、空の匂いがする。胡椒のようにスパイシーに香る日もあればナッツのように香ばしい日もある。そう言うとコーヒーにうるさい人みたいだねと笑われたが、今日はザラメのような甘い匂いだ。綿菓子でも作れそうだ。
 子供のころからこうだった訳じゃない。ある日

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連作短編 メタフィジカ・ワンダー

 『マグマのマ・魔導の魔』

 その灰色の石を覗くと、中で炎が煌めいているのが見えた。炎と言うよりマグマにも似る。薄明るく煌めいて眠るように闇になり、また目覚めるように閃き出す。 
 私がその炎が閉じ込められた石を買ったのは、ある天気のいい昼下がりのことだった。
 表は気持ちのいい陽気だというのに、その店は黴臭く湿っていた。照明が点いていても薄暗い。陰気な店には陰気な物しか無いものだが、その店は陰

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