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起きている螺旋、或いは眠る螺旋

起きている螺旋、或いは眠る螺旋

 宇宙の中に、渦巻く螺旋があるでしょう。そこの真ん中からももちろん、生まれおちるものはあるのだけれど、寧ろポイントは螺旋が螺旋なるときに起こる摩擦で、そのエネルギーから生命は発生する。回転が始まり、その回転は周囲に介在するものを手当たり次第に巻き込んで大きくなり、徐々に力を増していく。そうして廻っている間に、ぶつかり合ってこすれて、ぽろぽろと生命を発生させる。っていうと、まるで垢みたいだけど。

 移動中の螺旋は私の頭上にあった。窓から夜空を覗く。真っ暗闇の空に星の瞬きが夢のような光景だった。『アルプス一万尺』の三番を思い出した。『一万尺にテントを張れば星のランプに手が届く』。夜空は広く遠いのに、灯る星々は手に取れそうな程近くに感じられた。

 螺旋はシロナガスクジラのようにのっそりとゆっくりと移動する。音もない。でも、もしかしたら生命が生まれ出る瞬間は音がしているのではないかと、察する。産声は、上げるのではないかと。

 私は螺旋である。と。螺旋という名はさておき、我は我である。と。

 螺旋は大きな大きな生命だと思うのだ。生命を生み出せるのは生命であるからだ。

 

 本当の意味では何一つ消えない。傷というものは、綺麗に治るものばかりではない。この程度の傷が痕に残るのがまた恨めしい、それでも一瞬、傷よりも過去が全て無になる、そんな心持ちになる。その一瞬を拡げていって、人は正しくなるのだろうか。過ちを消していくのだろうか。なかったことになっていくのだろうか。


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