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反出生主義

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これまでに投稿した作品のなかで、反出生主義がテーマのものをまとめました。
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#短編小説

子どもを産んではいけない


一 出産というものに初めて違和感を覚えたのは、私が中学生の頃でした。あなたが産まれたときです。

 風が吹けば田んぼに緑の波が立ち、昼間は蝉の声が、夜はクビキリギスの声がする、そんな夏のことです。当時二十代後半だった叔母が、元気な赤ちゃんを、あなたを産み、私の家にやってきたんです。

 あなたを抱く叔母と、その隣に立つ旦那さん、叔母より一回り年上の私の父、そして母。大人たちはみんな破顔していまし

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生まれてきたくなかったあなたへ

 ずっと、押し殺してきたのではありませんか。長いあいだ、必死になって隠してきたのではありませんか。ごまかしてきたのでしょう。たとえば、笑顔を作ったりなんかして。

 けれどもう、よいのです。

 生まれてきたくなかったと、そう叫んでもよいのです。

 それは真実の叫びです。あなたの悲鳴です。悲鳴を呑み込んではなりません。悲鳴とは、上げてよいものなのです。上げるべきものなのです。

 あなたは親とは

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命という名の病をうつされて

 命という名の病を意図的にうつされて、いったいどれほどの時間が流れたでしょう。老いという症状は悪化する一方です。水面が鏡が、それを気まずそうに教えてくれます。ほかの命を貪りどうにかそれを遅らせようと、抑え込もうとしても、私はその病状から逃れられない。

 よく熱を出します。皮膚が荒れたり赤くなったり、できものに間借りされたり。咳が止まらなくなったり目がかすんだり。お腹が暴れたり関節が喚いたり。息が

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生まれてきてよかったのか

 生まれてきてよかったという神を自らの中に拵えようとしてみても、それは偽神に過ぎなくて、私はその前に跪くことができません。私はそれが神様のふりした詐欺師であるという意識を捨てることができないんです。今、無の子どもがつけている生誕という仮面は誰にとってよかったか。何にとって美しいのか。気付けばつけさせられていたそれが息苦しいことを、どうして端的に認めてはいけないんでしょう。今まさに窒息しながら、窒息

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誰の誕生日であろうと、私は決して祝わない

 相手が誕生日だと知っても、おめでとうとは言わないようにしています。プレゼントも贈らない。誕生会なんて絶対に参加しないし、自分のときはケーキすら買いません。なにもしない。だって人間が、自らの意志で生まれてきたとは、自ら産道を歩いてきたとは、とても思えないから。

 私はなぜ生まれてきたのか。親の理由は、いろいろとあるんでしょう。子どもがほしかったか、親になりたかったか、世間の圧力に屈したか、気持ち

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「なんで産んだの」と従妹が言った話

「なんで産んだの」

 従妹が家でそう呟きながら泣いてしまったと、叔母が私の母に相談していたのをこの前見かけた。正確には、仕事から帰ってきたときにリビングで電話しているのを盗み聞いてしまった。

 叔母とうちの母はとても仲が良くて、家も近いほうだった。そういうこともあって、従妹が幼い頃からよく遊んでいた。従妹とは結構年齢が離れていて、私は就職してそれなり、従妹のほうは高校一年生。どちらかといえば昔

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生まれてきてしまったと感じるあなたへ

 生まれてきてしまった。この「しまった」という隣人から決して逃れられないあなたへ、僕はこの文章を書くつもりです。
 
 命というのは押しつけられたものです。くれと頼んだ覚えも、くださいと懇願した記憶もなければ、自らの意志でここまで歩いてきたわけでもありません。気付けばここにいた。そうして、様々な形で生の肯定を強制されている。僕たちは生きることを賛美しなければならないという現実に突き落とされてしまっ

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生まれてきたことに意味などない

 人間は幸せになるために生まれてきたんだって、人は私に微笑みました。

 でも、理解できませんでした。受け入れられませんでした。無理して、呑み込むことも。

 生まれてきたことに、意味なんてないんですから。人は、気づいたらそこにいたに過ぎません。たまたま、私というものが産み落とされただけに過ぎないんです。誰も、自らの意志で卵子を目指し泳いだわけじゃない。精子をそっと抱き締めたわけじゃない。産道を下

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人の気持ちを考えろ

 誰もが教え、諭し、叱り続けてきました。人の気持ちを考えろと。相手の立場に立って物事を考えろと。

 ですから、私は考えたんです。仮に私が出産を望んだとして、子どもを産んだとして、その子がいったい、どんな気持ちになるか。その子が、どういった人生を送ることになるのかを。

 その子はきっと、病気になるでしょう。人間ですから。常に健康なんてことは、およそありえない。そのとき、きっと苦しい思いをするはず

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鉄扉

 ようこそいらっしゃいました。遠路はるばるご苦労様です。ご自身の意志ではないのでしょうが、歓迎致します。

 さっそくですが、正面をご覧ください。大きな大きな観音開きの、鉄の扉があるでしょう。この扉の先は、非常に広々としたお部屋になっていて、なかへ入ると、そこには人間がいます。あなたのような存在が、たぁくさん。立っている人、しゃがんでいる人、叫んでいる人、暴れている人、泣いている人、笑っている人、

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生まれてこなくておめでとう

「生まれてこなくておめでとう」

 叔母が流産したという話を母がしたとき、僕にだけ聞こえる声で、姉がぽつりとつぶやきました。ソファに腰かけてうつむいたまま。長い後ろ髪を縛っているその青白い横顔を僕が凝視しても、姉はそれ以上、なにもいわなくて。台所に立っていた母は、また今度遊びにいってあげて、と僕らに微笑んで。姉はうなずいただけで、返事をしませんでした。母に声を返せば、姉がちらりと僕を見て。重なった

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僕は君を抱けない

 僕は君を抱けません。不安が、恐怖が、違和感が、どうしても拭えないんです。

 もし君をこの腕で包み込んで、そうして万が一、君が妊娠したとしたら。知っているでしょう? 出産で亡くなる人の数を。怖いんです。君を失うことが。もし君が子を宿して、そうして産むと決断したら。君は死んでしまうかもしれない。

 くだらない、と鼻で笑う人もいるでしょう。事実、僕はある友人にばかにされました。だけど僕は思うんです

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