下郷 七生実(しもさと なおみ)

京都在住、フリーライター・編集者。大阪文学学校小説クラス修了生。 第二回京都キタ短編文…

下郷 七生実(しもさと なおみ)

京都在住、フリーライター・編集者。大阪文学学校小説クラス修了生。 第二回京都キタ短編文学賞最終候補ノミネート、第七回公募ガイドW選考委員版「小説でもどうぞ」佳作の経歴あり。 Guns N' Roses、Superfly、LOVE PSYCHEDELICOのファン。

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  • 【小説】空蝉のふたり

    わたしが書いた小説です。源氏物語の「帚木」「空蝉」のオマージュ作品です。 元校閲者の綴里が夫と別居し、雑誌編集者である双子の妹、日々記と一緒に生活することになります。そこに大学生作家の水原璃人が現れ、ふたりは彼に翻弄されてゆきます。

記事一覧

【日記】京都と花と小説と ④霊鑑寺の椿の庭を見てきた!

別れの春、霊鑑寺の椿の庭へ  久しぶりのブログ更新、仕事が忙しかった。  いや、実は悲しい出来事がいろいろあった。春は別れの季節だからしょうがない、よくあること…

【小説】桜に酔うて、見る夢は ~京都キタ短編文学賞最終選考ノミネート作品~

 軒にぶら下がる風鈴が、ちりんと春風に鳴った。昼下がり、私は居間に寝そべりぼんやりと窓の外を見ていた。  軒下の台には、ビオラやマーガレットの鉢植えが並べられて…

【日記】京都と花と小説と ③保津川下りに行ってきた!

保津川下りを小説に  昨年は長編・短編含め、七作の小説を文学賞に応募した。そのうち、一作は京都文学賞の一次選考を通過、もう一作は京都キタ短編文学賞の最終候補作に…

【日記】京都と花と小説と ②天神さんの花手水

天神さんの花手水  わたしは毎月、天神さんにお参りにゆく。京都の人たちは親しみを込めて、北野天満宮のことを天神さんと言う。正確には御祭神である菅原道真のことをそ…

【日記】京都と花と小説と ①QUEENのライヴに行ってきた!

京都暮らしも五年  京都にきて五年が過ぎた。  わたしが京都にきた理由は、病気の治療のため。ふたつの病気の合併症に十年以上苦しんでいた。どの医師にも治らないと…

【小説】空蝉のふたり〈八〉最終話

八、款冬華 ―ふきのはなさく― 「障害者差別解消法のパンフ、突き合わせ終わりました」 「じゃあ次、これお願いできる? 『わかるWordPress』」  今日もゲラと向かい合…

【小説】空蝉のふたり〈七〉

七、禾乃登 ―こくものすなわちみのる―  離婚調停の期日が九月下旬に決まった。家庭裁判所から通知書が届いたのだ。  つい先日、夫と義理の両親が大宮の両親のところへ…

【小説】空蝉のふたり〈六〉

六、天地始粛 ―てんちはじめてさむし―  手に持ち窓辺の光に翳すと、産衣のような蝉の抜け殻は、宙に浮いてきらきらした。蝉の子の置いて行ったものを、手作りで樹脂は…

【小説】空蝉のふたり〈五〉

五、寒蝉鳴 ―ひぐらしなく―  裏庭に水を撒いていたらエゴノキがつむじ風にゆれた。爽籟に空をあおぐと、澄んだ空には刷毛でひと塗りしたような雲が、うすく広がってい…

【小説】空蝉のふたり〈四〉

四、涼風至 ―すずかぜいたる―  あれから日々記は三日間帰って来なかった。わたしはその間に大宮の家にゆき、父に夫の浮気とDVについて話した。離婚する意志をつたえ…

【小説】空蝉のふたり〈三〉

三、大雨時行 ―たいうときどきふる―  倒れてから三週間ほど経つが、あれから時々胃が痛む。病院の先生にまた診てもらったら、さらに多い項目の食事制限を言い渡された…

【小説】空蝉のふたり〈二〉

二、桐始結花 ―きりはじめてはなをむすぶ―  梅雨が明けたとある日、日々記がこの家に引越して来た。  誰かから借りたトラックに荷物を積んでやって来たのだ。健吾と知…

【小説】空蝉のふたり〈一〉

*** *** *** 一、半夏生 −はんげしょうず−  キャラメルひと粒ぶんくらいの感傷は残るものの、わたしは蟻地獄のような夫と別居することになり、束の間だが…

【日記】京都と花と小説と ④霊鑑寺の椿の庭を見てきた!

【日記】京都と花と小説と ④霊鑑寺の椿の庭を見てきた!

別れの春、霊鑑寺の椿の庭へ

 久しぶりのブログ更新、仕事が忙しかった。
 いや、実は悲しい出来事がいろいろあった。春は別れの季節だからしょうがない、よくあることだよ。そう言い聞かせてSuperflyのライヴに行ったけど、志帆ちゃんがバラードでしんみりしたMCをするから、ひとり暗いスタンド席で声を殺して泣く羽目に。隣の人、気づいてなかったかなぁ。恥ずかしい…。

 そこで、わたしは考えた!新しい友

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【小説】桜に酔うて、見る夢は ~京都キタ短編文学賞最終選考ノミネート作品~

【小説】桜に酔うて、見る夢は ~京都キタ短編文学賞最終選考ノミネート作品~

 軒にぶら下がる風鈴が、ちりんと春風に鳴った。昼下がり、私は居間に寝そべりぼんやりと窓の外を見ていた。
 軒下の台には、ビオラやマーガレットの鉢植えが並べられている。そのかたわらから、タツがひょこりと顔を出した。
 タツはぶち猫で、八年前に祖父が亡くなったあとすぐ、よく庭先に現れるようになった。鼻のところに八の字の髭みたいな模様があり、貫禄がある。母と祖母は祖父が猫に乗り移り帰って来たのだと言い、

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【日記】京都と花と小説と ③保津川下りに行ってきた!

【日記】京都と花と小説と ③保津川下りに行ってきた!

保津川下りを小説に

 昨年は長編・短編含め、七作の小説を文学賞に応募した。そのうち、一作は京都文学賞の一次選考を通過、もう一作は京都キタ短編文学賞の最終候補作にノミネートされた。だけど、どちらも入選しなかった。

 小説を書き始めて二年なので、その割にはいい成績だと思う。でも、入選を逃したのはやっぱり悔しい。
 芥川賞受賞の故・田辺聖子さん、玄月さん、直木賞受賞の朝井まかてさんを輩出した大阪文学

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【日記】京都と花と小説と ②天神さんの花手水

【日記】京都と花と小説と ②天神さんの花手水

天神さんの花手水

 わたしは毎月、天神さんにお参りにゆく。京都の人たちは親しみを込めて、北野天満宮のことを天神さんと言う。正確には御祭神である菅原道真のことをそう呼ぶ。

 菅原道真は平安時代の貴族で、醍醐天皇のときに右大臣まで上り詰めたけど、昌泰の変で太宰府へ左遷された。京へ戻りたいと切に願いながらも、現地で亡くなったのである。死後、京では道真を陥れた貴族が相次いで亡くなり、道真の怨霊の祟りで

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 【日記】京都と花と小説と ①QUEENのライヴに行ってきた!

【日記】京都と花と小説と ①QUEENのライヴに行ってきた!

京都暮らしも五年

 京都にきて五年が過ぎた。
 わたしが京都にきた理由は、病気の治療のため。ふたつの病気の合併症に十年以上苦しんでいた。どの医師にも治らないと言われ、うちひとつは大学病院も診察すら拒否する。田舎の大学病院はクソだ。

 薬はどんどん増える。オピオイド系(麻薬由来)の強い薬まで飲んでいた。オピオイド系の薬は眠気が強いので起きていられない。がんばって起きていたとしても、意識障害

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【小説】空蝉のふたり〈八〉最終話

【小説】空蝉のふたり〈八〉最終話

八、款冬華 ―ふきのはなさく―

「障害者差別解消法のパンフ、突き合わせ終わりました」
「じゃあ次、これお願いできる? 『わかるWordPress』」
 今日もゲラと向かい合い赤ペンを走らせる。今朝は雪が降り肌を刺すような寒さだった。健吾の成人式の日も雪が積もり、会場へたどり着くまでに相当時間がかかって凍えたらしく、式中も震えっぱなしだったと言っていた。
 夫との離婚は先月の中ごろ成立した。元夫と

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【小説】空蝉のふたり〈七〉

【小説】空蝉のふたり〈七〉

七、禾乃登 ―こくものすなわちみのる―

 離婚調停の期日が九月下旬に決まった。家庭裁判所から通知書が届いたのだ。
 つい先日、夫と義理の両親が大宮の両親のところへ押しかけたらしい。離婚したくないと居座られずいぶん揉めたらしいが、父が警察に通報すると怒鳴ったら帰ったそうだ。わたしの住んでいる家の場所はまだ知られていない。
 ゆうべ、健吾から読んでほしいと妙なLINEが来た。
――綴里さんのことがま

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【小説】空蝉のふたり〈六〉

【小説】空蝉のふたり〈六〉

六、天地始粛 ―てんちはじめてさむし―

 手に持ち窓辺の光に翳すと、産衣のような蝉の抜け殻は、宙に浮いてきらきらした。蝉の子の置いて行ったものを、手作りで樹脂はくせいにしたのだ。手のひらくらいの透明な樹脂の塊の中央に、琥珀色の抜け殻があのときのまま閉じこめてある。殻は光に透けて儚げだけど、あの子は木蔭で力いっぱい生きているだろうか。
 わたしのバッグのすきまに落ち奇跡的に命びろいし、あの子が家で

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【小説】空蝉のふたり〈五〉

【小説】空蝉のふたり〈五〉

五、寒蝉鳴 ―ひぐらしなく―

 裏庭に水を撒いていたらエゴノキがつむじ風にゆれた。爽籟に空をあおぐと、澄んだ空には刷毛でひと塗りしたような雲が、うすく広がっている。太陽はじりじりと照りつけ、蝉の声がジージーと遠くから聞こえていた。
 今日一日、仕事にゆけば盆休みだ。洗面所で顔を洗い、鏡に映った自分を見る。少し頬がこけた気がして体重計に乗った。引越してくる前より1・5キロ近く減っている。朝ごはんの

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【小説】空蝉のふたり〈四〉

【小説】空蝉のふたり〈四〉

四、涼風至 ―すずかぜいたる―

 あれから日々記は三日間帰って来なかった。わたしはその間に大宮の家にゆき、父に夫の浮気とDVについて話した。離婚する意志をつたえたら、家庭裁判所に調停を申し立てることになり、そのための金銭的援助も受けることになった。日々記が来ているかと思ったが、ここにもいなかった。
 帰りがけに玄関でサンダルを履こうとしていたら、背後から健吾の声がした。
「綴里姉ちゃん、璃人さん

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【小説】空蝉のふたり〈三〉

【小説】空蝉のふたり〈三〉

三、大雨時行 ―たいうときどきふる―

 倒れてから三週間ほど経つが、あれから時々胃が痛む。病院の先生にまた診てもらったら、さらに多い項目の食事制限を言い渡された。わたしはなるべく胃腸に優しい弁当を作り、毎日職場でランチを取った。
 その日、職場の冷蔵庫で冷やしていた弁当を取り出し、レンジで温め直しているとき、スマートフォンがふるえた。珍しく健吾からのLINEだった。
――お疲れさま。今度、そっち

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【小説】空蝉のふたり〈二〉

【小説】空蝉のふたり〈二〉

二、桐始結花 ―きりはじめてはなをむすぶ―

 梅雨が明けたとある日、日々記がこの家に引越して来た。
 誰かから借りたトラックに荷物を積んでやって来たのだ。健吾と知らない男性に運転や荷物の積み下ろしを手伝わせていた。
 昔の日々記はこれほどタフではなかった。それに業者には頼らず、手近な人間に作業をまかせ、なかなかの倹約家だ。引越して早々、わたしは寝室のクーラー代の分割払いも請求された。
 数週間前

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【小説】空蝉のふたり〈一〉

【小説】空蝉のふたり〈一〉

*** *** ***

一、半夏生 −はんげしょうず−

 キャラメルひと粒ぶんくらいの感傷は残るものの、わたしは蟻地獄のような夫と別居することになり、束の間だがほっとしていた。
 夫のオサムはわたしより十三歳年上だ。大学時代に仲の良かった友人、彩菜の兄である。彩菜の結婚式に招かれたときに出会い、連絡先を交換したのがはじまりだった。それから一年つき合って二十三歳で結婚した。
 結婚してからは、自

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