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雪柳 あうこ
2024年9月6日 12:30
レモンから、酸っぱいのがなくなればいいのに。口をとがらせて言うと、崖の上のレモンの樹の横に立つ、年の離れた姉は笑った。姉とレモンの樹は背の高さはほとんど同じで、わたしは時々、どちらがどちらかわからなくなる。どちらからも柑橘の良い香りがしていたし、どちらもいつだって瑞々しかった。レモンの樹は、育ち切ると手入れが要らなくなるんだって。秋の初め、祖母から収穫を頼まれた姉は、樹の高いところからぷつん、
2024年5月12日 12:11
風薫る季節になると、ふと思い出す人がいる。薫さんという。色の白い、大きな両目が少し離れた造作で、愛くるしい笑顔の朗らかな人だった。五月の生まれだと言っていた。真面目で、高校ではいつも教室の前方の席を希望して座っていた。歯並びがよく、いつもはきはきと喋った。爽やかで好感の持てる人だと、誰もが言う。けれど毎年五月だけ、彼女の印象は豹変する。連休明けに、大人っぽくも初々しい教育実習生たちが高校へと授
2023年11月26日 11:27
詩と暮らすことにしたのは、数年前の春からです。その春、わたしは陽気に当てられぐったりとしていました。そんな時、窓からふと、ひとひらの詩が飛び込んできたのでした。ひらひら、ひら、り。窓の内側に吹き込んできた詩を、手のひらに収めました。薄桃色の詩は、見た目の美しさとは裏腹に、少し乾いていました。わたしは硝子の容器に水を張り、詩を浮かべてみたのでした。すると、詩は楽しそうにくるくると硝子の中で回りま
2023年4月2日 16:21
赤青鉛筆で日記を書く。赤で下書きし、青でなぞれば、少し黒っぽい紫色の一日が仕上がる。「今日は楽しかった」、そういうことにしておきたい、あかいことば。「今日は楽しかった」、辿りながら少しはみ出してしまう、あおいことば。赤いわたしは青い私に塗り込められて、陽炎になる。不器用さのせいで重なり合えないはらいの先は、二つの色に分たれたまま、互いの影を見つめて震えている。赤青鉛筆を擱けば、少し黒っ
2021年9月20日 07:00
貴方がわたしの指に結んでくれたのは、蝶の形をした願いだった。小さな宝石のような模様を抱いて、蝶はわたしの指に棲みついた。流れる甘い血は吸い上げられ、指は鱗粉に塗れてかさついた。蝶はそれでも肥えない。痩せた願いだけが、貴方がいなくなった後も残り続けた。いつまでここにいるつもりなの。わたしは蝶の薄い翅を摘んで訊いてみる。さぁねぇ、と応えが返る。指は歳をとる。皺の間深くまで鱗粉が入り込んで、皮膚と同
2020年9月15日 22:48
去年の人は鮮やかで、去り際にも強く印象を残したけれど。今年の人は雨と共にじわりと現れて、短い蜜月のあと、すぅっと溶けるようにいなくなってしまった。来年はどんな人と出会うだろう。夏、世界を美しく見せてくれる、わたしの恋人。いつも、その後姿を追いかけてばかり。 #掌編 #小説 #花テロ #詩 #創作 #向日葵
2019年9月29日 18:31
暑さの名残の中、久しぶりに訪れた川は、きらきらと日を弾いていた。清い流れは緩く甘く、さらさらとした優しさに満ちているように見えた。足を差し入れれば、拒絶のような凛とした冷たさ。慌てて踏み込んだ先の小石の尖り。思わぬ深みと速さに弄され、脱ぎ捨てたサンダルは遥か下方へ。川は夏の終わりの全てをそそぎ、押し流されてわたしは秋になる。 #創作 #物語 #小説 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #詩
2019年9月7日 13:08
陽射しが辛くて、空を睨むように見上げたら。百日紅の花と葉の隙間から、青空が太陽を支えているのが見えた。もう少し、おたがいがんばりましょうか。声を掛け合う花と、樹と、空と、雲と、私。嵐のような夏の太陽の癇癪が終わるまで、きっとあと少し。 #小説 #詩 #写真 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #百日紅 #夏
2019年9月2日 12:06
そろそろお別れだ、と貴方は言った。なるべく気づかないようにいなくなるからさ。朝と夕とが冷えていく。風が通り抜けるたび、貴方が薄まる。夏、夏、熱に抱かれた私に生きている実感を与え、くっきりと強い光を焼き付け、気がつけばどこかへ。ざわめきのような恋しさだけを残して。 #小説 #詩 #写真 #掌編 #掌編小説 #短編小説 #夏 #夏の終わり
2019年8月30日 20:57
夏の終わりの鮮やかな夕暮れ。サーモンピンクの空に手を伸ばすと、指先に綺麗な色がついた。恐る恐る唇に塗り込んで出かけてみる。貴方に綺麗だと褒めれらた。帰り道、爪先をギリギリまで伸ばして夜空に口づけした。キスマークは小さな星になる。夜空への浮気は秘密にしておこう。 #小説 #詩 #掌編 #短編小説 #写真