記事一覧

村上春樹が記録したレストランの風景

1999年に発表された「スプートニクの恋人」は超絶技巧の比喩を散りばめた文体と、「こちら側」と「あちら側」を行き来する幻想性で知られるが、同時に世紀末の東京の日常を…

akizukit
7か月前
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村上春樹風パスタの風景

村上春樹の小説の主人公は、一貫してパスタを食べ続けている。自分が作ったり、レストランで食べたり、食べている間に電話がかかってきて、物語が動き出すことも多い。 作…

akizukit
9か月前
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村上春樹×白石加代子×雨月物語

2023年9月28日(木)早稲田大学の大隈記念講堂で開催された『村上春樹 presents 白石加代子の怖いお話「雨月物語」』に参加させて頂きました。 昨年の同日、早稲田大学国…

akizukit
9か月前
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「街とその不確かな壁」で流れる音楽

従来の村上春樹作品では、音楽や映画や小説の固有名詞を散りばめ、借景とすることによって、それらとテキストを共振させ、物語世界を広げていくという手法がとられてきた。…

akizukit
1年前
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「街とその不確かな壁」と一角獣の封印

一角獣というコンセプト 1985年発表の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」において、偶数章の「世界の終り」では、夢読みの「僕」が一角獣のいる街で暮らし、…

akizukit
1年前
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「街とその不確かな壁」の視点

谷崎潤一郎は75歳の時に瘋癲老人日記を書いた。2023年3月に発売された村上龍(71)の「ユーチューバー」は現代の老いのどうしようもない露悪性を描写するという点で、その系…

akizukit
1年前
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「街とその不確かな壁」と壁の記憶

村上春樹の新作「街とその不確かな壁」は、純粋なフィクションだが、同時にコロナ禍の出来事を思い起こさせてくれる記念碑的な作品である。その一つが、東京にあった壁の記…

akizukit
1年前
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「街とその不確かな壁」とイエローサブマリンの奇跡

2020年4月25日の奇跡 世界が新型コロナウイルスに襲われ、ロックダウンに陥っていた2020年4月23日、リンゴ・スターからのメッセージが届いた。皆でステイホームしているの…

akizukit
1年前
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村上春樹が記録したレストランの風景

村上春樹が記録したレストランの風景

1999年に発表された「スプートニクの恋人」は超絶技巧の比喩を散りばめた文体と、「こちら側」と「あちら側」を行き来する幻想性で知られるが、同時に世紀末の東京の日常を凍結保存した描写が、作品を際立たせている。

例えば、ミュウとすみれは、食事の際にこんな会話をする。39歳のミュウが22歳のすみれをレストランに連れていくシーンである。

1990年代中期、メドックの格付ワインが三千円前後、ムートン・ロ

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村上春樹風パスタの風景

村上春樹風パスタの風景

村上春樹の小説の主人公は、一貫してパスタを食べ続けている。自分が作ったり、レストランで食べたり、食べている間に電話がかかってきて、物語が動き出すことも多い。

作品中のパスタ

「風の歌を聴け」では、缶ビールを飲んでいると電話がかかってくる。

「1973年のピンボール」では、事務所で女の子が作ってくれたスパゲティーを食べていると、電話のベルが鳴った。

「羊をめぐる冒険」では、十二滝町の鼠の別荘

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村上春樹×白石加代子×雨月物語

村上春樹×白石加代子×雨月物語

2023年9月28日(木)早稲田大学の大隈記念講堂で開催された『村上春樹 presents 白石加代子の怖いお話「雨月物語」』に参加させて頂きました。

昨年の同日、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)開館一周年を記念して演劇博物館前ステージで開催されたイベントの拡大版です。

開会前の期待感を共有する空気が、19時の開演とともに一気に高まり、そして夢のような1時間半が過ぎました。

司会

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「街とその不確かな壁」で流れる音楽

「街とその不確かな壁」で流れる音楽

従来の村上春樹作品では、音楽や映画や小説の固有名詞を散りばめ、借景とすることによって、それらとテキストを共振させ、物語世界を広げていくという手法がとられてきた。

「街とその不確かな壁」では、音楽や映画に対する明示的な言及が過去の作品と比較して少なくなっている。時に文章の流れを寸断してしまう場合がある固有名詞の量が少なくなったことは、テキストを滑らかに読みやすくしたが、音楽へのオマージュが行間から

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「街とその不確かな壁」と一角獣の封印

「街とその不確かな壁」と一角獣の封印

一角獣というコンセプト

1985年発表の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」において、偶数章の「世界の終り」では、夢読みの「僕」が一角獣のいる街で暮らし、奇数章の「ハードボイルド・ワンダーランド」では、計算士の「私」が一角獣の頭骨を手にして、説明を聞くシーンがあった。

一角獣は1980年発表の「街と、その不確かな壁」で登場し、その従兄弟作品ともいえる1985年発表の「世界の終りとハー

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「街とその不確かな壁」の視点

「街とその不確かな壁」の視点

谷崎潤一郎は75歳の時に瘋癲老人日記を書いた。2023年3月に発売された村上龍(71)の「ユーチューバー」は現代の老いのどうしようもない露悪性を描写するという点で、その系譜を継いでいる。

しかしながら2023年4月発表の村上春樹(74)の新作「街とその不確かな壁」の主人公は、リリカルな少年時代の恋愛に未だ囚われている45歳の男である。主人公が回顧する第一部は1980年の「街と、その不確かな壁」の

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「街とその不確かな壁」と壁の記憶

「街とその不確かな壁」と壁の記憶

村上春樹の新作「街とその不確かな壁」は、純粋なフィクションだが、同時にコロナ禍の出来事を思い起こさせてくれる記念碑的な作品である。その一つが、東京にあった壁の記憶である。

やみくろの巣の上に壁が現れ、消えた

国立競技場のある一帯は、村上春樹が作家になる前から経営していたジャズバー、ピーターキャットのすぐ近くであり、「街とその不確かな壁」の従兄弟作品ともいえるハードボイルド・ワンダーランドの計算

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「街とその不確かな壁」とイエローサブマリンの奇跡

「街とその不確かな壁」とイエローサブマリンの奇跡

2020年4月25日の奇跡

世界が新型コロナウイルスに襲われ、ロックダウンに陥っていた2020年4月23日、リンゴ・スターからのメッセージが届いた。皆でステイホームしているのだから、イエローサブマリンを見ようよと。

そして2020年4月25日土曜日に、映画イエローサブマリンがYouTubeで全世界一斉に無料ライブ配信された。開始時間の米西海岸9時 (米東海岸12時/英国17時)は日本時間で翌2

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