「街とその不確かな壁」の視点
谷崎潤一郎は75歳の時に瘋癲老人日記を書いた。2023年3月に発売された村上龍(71)の「ユーチューバー」は現代の老いのどうしようもない露悪性を描写するという点で、その系譜を継いでいる。
しかしながら2023年4月発表の村上春樹(74)の新作「街とその不確かな壁」の主人公は、リリカルな少年時代の恋愛に未だ囚われている45歳の男である。主人公が回顧する第一部は1980年の「街と、その不確かな壁」のリマスターでもあるため、読者は無意識の内に、村上春樹自身を主人公に仮託してしまう