#教育
自分が抱くバイアスに気付くのは辛いし苦しいけどなかったことにはしたくない
「マイノリティであるが故にどうしようもならなかった経験」を持っていないと得られない感覚はおそらくあるんだろうと思う。
ここのポイントは、社会の物差しがどうであろうと、「自分が自分をマイノリティと自覚し、それが理由でどうしようもない、頑張ってもダメだった」という経験を持っていると自分が思うかどうか。世の中や他者がどう思うかはあんまり関係ない。
「マイノリティだけどどうにかなった人」「自分がマイノ
「たまたま残念な支援者にあたりました」を無くすための仕組み
まだちゃんと言葉になっていないしまとまってないけれど書いてみる。
最近思っているのは、やはり対人支援職として必要な「資質」はあるということ。支援技術は身に付けることができるけれど、資質はなかなか難しい。例えば、目の前のその人に関心を持ち続けることができること。自分の正解を押し付けるのではなく、その人にとっての正解を模索し続けることそのものを楽しいと思えること。支配的になる自分に気がついた時に絶望
当事者の声を置き去りにした「社会課題の解決」のもったいなさ
書くかどうか躊躇する。書くことで、余計にハードルが高くなるかもしれない。「まずは興味を持てるようにすること」が大切なのもよくわかる。でも、置き去りにしたまま進めて欲しくないから書くことにする。私はそういう役割を担っていきたいと思う。
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いろんな方から相談を受けることが増えた。
「発達障害のある人の支援をしたい」
「学校教育を変えたい」
「触法障害者の支援をしたい」
多くの方が関心
自分の専門分野以外の言語を知る
「野口さん、なにやってる人なの?」とよく聞かれる。インクルーシブな社会をつくる、そのための教育を実現する、という目的に対して、この瞬間自分が一番役に立つことをやっているつもりなのだけど、わかりづらいのかもしれない。
目的に対し、自分の強みを活用して向かうことを大切にしている。
自分の一番の「専門」は何か?と言われると、もともとの専門はインクルーシブ教育のためのカリキュラム。特に知的障害のある子
「海外から学ぶ」ためには日本のことを知っておかなきゃ学びが深まらないという話
ここ5年で
・アメリカ(NY、ボストン、LA、SF)
・メキシコ
・イングランド
・スコットランド
・オランダ(×2回)
・スウェーデン
・フィンランド
に視察に行った。
以前「日本人は視察しすぎ、相手の時間を無駄にしている」みたいな記事をチラッと見た記憶があるのだけど、良いのでは?と思っている。持ちつ持たれつ。
最近は海外からの視察者が増えて、自分が視察に行った時によくしてもらったことを、P