マガジンのカバー画像

読書感想

30
本の感想や書評を書いた記事です。主に小説について書いています。一部のノウハウや個人的な話は有料にさせていただいています
運営しているクリエイター

2022年8月の記事一覧

絲山秋子さん『ベル・エポック』読書感想

絲山秋子さん『ベル・エポック』読書感想

この話は、荷造りの間で交わされる友達どうしのやり取りの中で、心理の微妙な揺れ動きを描いた作品です。

ネタバレ含みつつこの『ベル・エポック』について考えてみます。

絲山さんは、微妙な友情の心理を描くのがうまい作家さんのひとりで、この本もセリフから細かな心情がうかがえる作品です。

主人公の女性とみちかは、東京の英会話スクールで出会い仲良くなった友達どうしで、この小説では、みちかが引っ越すため主人

もっとみる
森博嗣さん「少し変わった子あります」読書感想

森博嗣さん「少し変わった子あります」読書感想

この本は、大学教師の主人公が、後輩から勧められた変わった料理店に通いながら、物事について深く思考していく小説です。

その料理屋はだいぶ変わった店で、場所は行くたびに変わるのと、客はたった一人で訪れる決まりがあり、毎回違う若い女性が食事に相伴します。困惑しつつも女性たちと会話を続ける主人公の小山は、その料理屋をだんだんと気に入っていきます。

著者の森さんはミステリー作家として活躍されていた方で、

もっとみる
小林キユウさん『箱庭センチメンタル』読書感想

小林キユウさん『箱庭センチメンタル』読書感想

この本は、7年半の新聞記者生活を経て写真家となった小林さんが、事件があった場所に再度訪れ、写真を撮りながら感じたことを文章に起こした本です。

今回は小説ではなく、ノンフィクションの本について、ネタバレ含みつつ感想を書いてみたいと思います。

この本では、佐賀市少年バスジャック事件や、JR新大久保駅転落死亡事故など、10件ほどの事件を取り扱っています。事件現場にあとから足を運び撮った写真が、この本

もっとみる
田中慎弥さん『実験』読書感想

田中慎弥さん『実験』読書感想

この本は、小説家の主人公が幼なじみの男性を不快に思いつつも憎めずにつきあいを続け、小説の題材にしていく話です。

この作家さんは、的確な例えと重く質感のある生々しい描き方が特徴的で、今回は『実験』という本について考えてみたいと思います。

あらすじを書いていくと、三十代半ばの売れない小説家の満が、小学校からの幼なじみである春男に対し、友情と憎しみの入り混じった感情を抱きながら交流を続けつつ、春男を

もっとみる
西川美和さん『きのうの神様』読書感想

西川美和さん『きのうの神様』読書感想

この本は、うっすら毒のあるユーモアを入れながら、医療をテーマに家族の感情を描いた小説の短編集です。

この短編の中の『ディア・ドクター』について、あらすじを書きながら考えてみます。

この話は、長く外科医を務めていた父親に対する、息子の感情の揺れ動きを書いた作品です。主人公はカメラメーカーの開発研究室に勤めており、主人公の父親と兄の微妙な距離感のある関係性を、主人公の目線から書いていっています。

もっとみる
中村文則さん『掏摸(スリ)』読書感想

中村文則さん『掏摸(スリ)』読書感想

この本は、軽い気持ちでスリをやっていた青年が、スリの腕を見込まれ大きな仕事を手伝うようになり、悪に飲み込まれていく話です。

スリというのは、街中で人にぶつかったりした隙をつき財布をとる、盗みの一種ですね。

中村文則さんは人間の「悪の部分」を描くのが上手い作家のひとりであり、この話も読む側が暗い世界に入り込めるよう、多くの工夫がなされた小説だと思います。

あらすじを書いていくと、スリの腕が抜群

もっとみる
太宰治『富嶽百景』読書感想

太宰治『富嶽百景』読書感想

この本は、富士山の近くで過ごした日々の一部を切り取った小説です。

太宰治は『人間失格』など、自意識を前面に出した暗い思考を書いた作品が多いですが、どちらかというと明るい雰囲気の小説です。

浮世絵に描かれる富士や、他の山から見た鈍い富士の印象を書きながら、茶屋の娘さんや青年たちとの交流を描きつつ、話は進んでいきます。この小説は、太宰治がじっさいに山梨県に滞在していたときのことを元にして書いたと言

もっとみる