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『春日台センターセンター』は、福祉・介護と地域住民に密接に関わりを持つー。

こんにちは、翼祈(たすき)です。
皆さんのお住まいの地域には、介護施設や、障害者施設はありますか?

私が小さい頃はそういうものはなく、恐らくですが、ひっそりやっている様な、知る人しか知らない様な環境だったと思います。

それから10年以上が経過し、障害児の世話をする放課後デイサービスや、就労継続支援A型事業所、B型事業所も、普段見る景色の中に当たり前の様に、溶け込んで、開所されている位、世の中が変わりました。

この記事でも神奈川県にある高齢者と障害を抱えている人たちに寄り添った、複合施設となります。

2022年3月、神奈川県愛川町にある『春日台センターセンター』は、住宅地の中心的存在だったスーパー(旧春日台センター)の跡地が、認知症の人や介護を必要な人のグループホーム、障害者支援などの複合施設として生まれ変わりました。『春日台センターセンター』の名前には「春日台センターを再び街の中心地に」という想いが託されています。

2024年4月の平日の14時半過ぎ、ランドセルを背負った小学生の子ども達たちが、ガラス張りの部屋に走ってきました。介護スタッフの「おかえり」の声を聞きながら、レクリエーションを続ける高齢者の間に立って、「ただいま」と子ども達は元気に挨拶をしました。一人の女の子は、高齢者と一緒に風船を「ポン」と飛ばすレクリエーションを始めました。

今回は、地域密着型の『春日台センターセンター』について紹介致します。

地域に寄り添う、『春日台センターセンター』

子ども達と要介護の高齢者が混在する光景は、『春日台センターセンター』のセンター長の平本裕子さんには日常の一コマで、「16時頃になると、もっと子ども達が沢山集まってきますよ。『春日台センターセンター』は、放課後の待ち合わせ場所になっているんです」と述べ、

「子ども達はよく喧嘩もしていますし、悪いことをしていれば私たちも叱ります。普段からの光景ですよ」と説明しました。

『春日台センターセンター』を立ち上げたのは、神奈川県愛川町にある社会福祉法人「愛川舜寿会」です。「愛川舜寿会」が携わるショートスティや特別養護老人ホームなどを行う「ミノワホーム」も、『春日台センターセンター』のそばにあります。

居宅介護施設の隣にはコロッケが人気の店舗「春日台コロッケ」があります。雇用契約を結ばず、障害を抱えている人が自分のペースで利用できる就労継続支援B型事業所の店舗です。旧春日台センターにあった店のレシピを受け継いで、接客や180円のコロッケ作りを順番に担当します。

「忙しい?」と質問すると、男性の店員さんは、笑顔を見せながら、「うん」と頷きました。

「春日台コロッケ」の奥にはコインランドリー「洗濯文化研究所」もあります。セルフのコインランドリーとは別に、就労継続支援A型事業所の洗濯代行サービスも併設されています。

就労継続支援A型事業所は、一般企業では仕事をすることが難しい人に仕事をしながら技能や知識を身に付けながら、事業所と雇用契約を結んだ上で仕事をすることができます。

参考:店員はデイサービスの利用者 駄菓子屋で子どもは「人生」に触れる 朝日新聞デジタル(2023年)

壁はほとんどがガラス張りで、介護やスタッフ、障害者施設の利用者に隠す方針は全くありません。「洗濯文化研究所」で働く男性は、「地元の人たちに見守られています。自分たちも、周りの人を見守っています。人との関わりを大事だと思うのがこの職場」なのだと語ります。

張り紙もほとんどなく、『春日台センターセンター』内の駄菓子売り場の周りの人にあるのは告知で、禁止事項や注意書きはありません。

『春日台センターセンター』のセンター長の平本さんは。「気付いたことに全員で声かけをするのが、『春日台センターセンター』のセキュリティー対策になっています」と笑顔を見せました。

スタッフと利用する人全員が自分にできることを自発的に行うことが、この『春日台センターセンター』の理念となっています。

世の中が変わった証拠

世の中の変化に関しては、冒頭に書きましたので、この記事では身近な家族の話をしたいと思います。

私の祖母は入院してから、特養ホームに入るまで、デイケアに行っていました。

デイケアでは絵を描いたり、俳句やカゴバッグなどを作ったりと色んなことをしていました。

特に絵に関しては凄いもので、このデイケアから絵を描き始めたのですが、高齢者の作品を展示する展示会に出せるほどの腕前で、コイや鳥、山、季節の風景など、様々なものを描き、自分だけの絵を描く時にだけ押すオンリーワンなハンコも持っていました。

「デイケアでシールを集めると、コーヒーが一杯飲めるから、集めているんだ」と、嬉しそうに言っていました。

今は肺炎の疑いから喘息の診断を受け、退院後ショートステイを経て、特養ホームに入寮しています。

特養ホームの入寮に関しては、母の弟、私の叔父さんなどが動いていたらしいのですが、最近叔父さんが忙しいのか、この1ヵ月余り、あんなに入寮前まで頻繁に母に電話してきていたのに、今は全く電話がかかりません。

そのことで、母は現在、祖母がどんな風に特養ホームで過ごしているか分かりません。祖母という電話をする相手も居なくなったことで、いつも寂しそうな表情をしています。

参考サイト


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