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#散文

4年●組のあの子

太陽の色を瞼の裏に映して見るのが好きだった。
ルーペを使ってわたしの足元のアスファルトを焼き払ってしまおうと思い立った時、集合の合図が横切って、光を遮る手が昇る。瞼で感じるその光の温度よりも、それを遮る手のひらの体温の方が高いことには気付かずに。きみの後ろに並んでいると前ならえの空白も突然こわしてみたくなる。ピンと伸ばした腕をほどいて急に抱きついても笑って赦してくれる子のことが好き。わたしが水色で

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渚に/て//

ひとつひとつ殺意を込めて順に息の根を絶やしていく仕事。海の映像がまたひとつ乱れて砂嵐に変わる。砂の城はきみの指先にいとも簡単に壊されてしまって、そのままわたしはさらに大きな波に呑まれてゆく。こうして身を委ねているとき、わたしはいつもそこに打ち棄てられた遺体になったような気分でいる。毛先の靡く方角にひたすら進んでいるとまるで魂をくり抜かれたような気持ちになるのに、きみに手を引かれるがままに歩いている

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陽炎

クーラーで作った温度なんかに簡単に犯されてしまう体温を測ってわたしはわたしのことを分かった気になっていた。口実を編んで触れるひとの体温のことだけは信じられると思っていたけど、実際はそう信じていないとわたしがほつれてしまいそうだったから必死に縫合しようとしていただけだったのかもしれない。信じるって冒涜だから、わたしは嘘を信じたいし本当のことは信じたくない。わたしの瞼の質量はわたしにしか分からない。切

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くちなしの欠伸

くちなしの欠伸

平日の昼下がりはいつも青写真を無理矢理引き伸ばしたみたいに間延びしている。わたしはくちのない生き物に向かってえんえんと話し続けている。風が吹いてそれは答える。その答に堪えて耐えて耐えて耐えて耐えていつか絶えるところまで目に見えている。それでもわたしはこうしてえんえんと話し続けている。それが届くかどうかではなく放ち続けることがわたしの意味で、だけどそういう掬い方をしているうちは結局わたしはわたしのな

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もう忘れてしまった一等星のこと

もう忘れてしまった一等星のこと

きみと一緒に見た夜景が今まででいちばん綺麗だった。きみが遠くの星を見つめながら話してくれた未来の話はその日の夜空にそっくりで、散りばめられた無数の希望と可能性、そんな光が射したきみの瞳孔は一等星。きみが指を差した星に私はいない。それでも私はその指先に恋してた。希望に反射して煌めくきみの瞳孔に恋してた。そんなことを思い出す。だけどレンズを通して見るその光はただそこに散らばる色でしかなくて、その煌めく

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blurring line

blurring line

春は外と内の境界が滲むからこわい、きみの輪郭がぼやけるからこわい。きっと死もこんな感じなんだろうなと思う。“危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください”。イヤホン越しに微かに聞こえる機械的なアナウンス。プラットホームに引かれたオレンジの線がぐわんと歪む。春だと言ってしまえばそれは春で、好きだと言ってしまえばそれはわたしの「好き」になる。春には、私たちには、そういうやわらかさやたお

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蒼き花束

蒼き花束

何度雨に降られようとも、何度運命に見放されようとも、それでもずっと音楽は続いた、それでもずっと、私たちの生活は続いてきた。

さよならの数だけ出会いがあった。
サヨナラだけが人生だけど、そこにはそれだけの出逢いがあった、サヨナラだけが、出逢いだけが、それでも音楽は続いてゆく、私たちの生活は続いてゆく、もう逢えない人、逢わない人、その数だけ私は年を重ねてきた、その数を数えている時間だけが私の今に意味

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揺らぎの狭間で

揺らぎの狭間で

“きみ”と“彼”とでは解像度が違う、その揺らぎの狭間で恋をしていたい。空気は冷たいのに春の匂いがするし、北風も心なしか少しだけやわらかくなった気がする。2月の冷たい春風、明日までの払込票、どれだけ探しても片方しか見つからないイヤリングと靴下、結局いつもお気に入りのセーターしか着ないからずっとクローゼットの奥に仕舞われたままの冬服たち、折り合い、妥協、いつまでも出しっぱなしの扇風機、30℃の冷房、蠢

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きみの季節、蠢く先で死滅

冬と春の混ざった匂いがする。ああ今年もこうして死んでいくんだなとぼんやり思った。春に虫と書いて蠢くと歌われるような、春はそんな生命の季節のはずなのに、その割には春って全然生きた心地がしない、春だけはいつも私の中に残らない。残ってくれない。掴めないからずっと不穏で、でも掴めないから心地いい。だから気付かないうちに死んじゃいそうになる。春は生命の季節じゃなくて死の季節だろ。蠢く先で死滅。いつも降りずに

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中央線は朝の色

中央線は朝の色

深夜2時半まで売れ残っていたおでんの大根は痩せなきゃ、と思いながら頬張るチョコバナナクレープと同じくらい美味しい。朝焼けと中央線のオレンジのグラデーションがあまりにも綺麗で、ああ中央線のその色は夕焼けじゃなくて朝の色だったんだ、と思った。夜明けを知らせる鳥の声に希望を見たことなんて一度もない。朝焼けと夕焼けはちゃんとピントを合わせないと今自分がどっちに生きているのか見失いそうになる。だから飛び込ん

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この一歩を証明したくて

この一歩を証明したくて

東京なのに磯の匂いがした。空飛ぶモノレールは宙を切って、労働の光を切り裂いてゆく。空から見下ろすイルミネーションはあまりにもちっぽけで安っぽくて泣きたくなった。ずっと私たちが必死に守っていた煌めきもあんなもんだったんだろうね。WHO IS BABY、今ランダム再生で流れているこの曲を聴くたびに、きっと私はこの夜のことを思い出すんだと思う。開演10分前に発券したチケットを握りしめて冬の空気を切り裂い

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冬は答え合わせの季節

冬は答え合わせの季節

早朝の澄んだ青は絶望の匂いがする。冬の雲ひとつない乾いた空気は絶望の匂いがする。だけど冬の朝っていちばん光に近いんじゃないかな。絶望って眩しすぎるから。絶望した時に何も見えなくなるのは光のなかにいるから、そこが爆心地だから。眩しくおどるプリズムたち。鋭く透明なその空気をきみは簡単に白く染め上げてしまう。そこにきみは生きていることを証明する。きみの温度が上がるほど、空気の温度が下がるほど、きみはきみ

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きみの脈拍を感じてわたしは所詮他人なのだと知ったあの日、はじめてきみとひとつになりたいとこころから願いました。願い事は、叶わないからするものなのだということも知っていたから。きみをもっと解りたくて、だけどそうしてきみに触れる度にわたしたちは他人になる。きみの脈拍を感じた瞬間、わたしの身体もおおきくおおきく脈を打つ。ああ、きっとわたしたちはひとりでも生きていけてしまうんだね。それでもこうしてふたりで

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いつか

いつか

冬の次には春がくる。雨はいつか止むし、夜はかならず明ける。そう確信を持てることがどれだけしあわせなことか、わたしたちはひとつも分かっていないよね。眠ればかならず明日がくるって、そう信じて疑わないからわたしは今日もきみに会いたいと伝えなかった。そうしてこれからも地球が回り続けるのだと信じていられるうちは、わたしたちはだれにも殺されないし殺せない。そのまぶしい瞳の奥で光る「いつか」ということば。きみは

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