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もう忘れてしまった一等星のこと

きみと一緒に見た夜景が今まででいちばん綺麗だった。きみが遠くの星を見つめながら話してくれた未来の話はその日の夜空にそっくりで、散りばめられた無数の希望と可能性、そんな光が射したきみの瞳孔は一等星。きみが指を差した星に私はいない。それでも私はその指先に恋してた。希望に反射して煌めくきみの瞳孔に恋してた。そんなことを思い出す。だけどレンズを通して見るその光はただそこに散らばる色でしかなくて、その煌めくきみの瞳孔もまるでプラスチックみたいだった。それで気付いたんだ、今が光でそれを捉えることができるのはわたし自身の瞳孔だけなんだって。忘れようと思って忘れられるのならわたしはこんなこと書いてないよ。でも違った、本当はもう何も憶えていない。憶えていないからこんな虚像の光を紡ぐことしかできない。あの人のことが忘れられないですと嘆くひとびと。もうそれは虚像なのに。本当に嘆くべきなのは忘れられないと思っているその人がいつの間にかもうその人ではなくなっていることで、気付いた時にはその光芒の裾が霞んで見えなくなっていることだ。ひとびとはそれを希望と呼ぶ。救いだと言う。だからわたしも結局どこかでそれを救いなのだと思っている。そう思い込むことが救いになるから。
早く忘れられるといいね(もう何も憶えていないくせに)。忘れないでねと言われた。きみが小さく吐いたその祈りだけは憶えてる。一旦ぼくのことは忘れてほしいと言われた。その切実なきみの祈りだけは憶えてる。忘れないでほしいとわたしが縋った。どんなことも完全に忘れるなんてことはないと思うよときみは答えた。もう何も憶えてないくせに。その見当違いな答えはきみなりのやさしさだったのかもしれない。わたしの“忘れないで”は“過去にしないで”だった。今が光でそれを捉えることができるのはきみ自身の瞳孔だけなんだってことを知ってたから。17歳のくだらない祈りに付き合ってくれてありがとうね。
光に近づくとピントが上手く合わなくて、その分虚像も大きくなる。もう何も憶えていない。だけどここに虚像があるのなら、きっとどこかに実像があったんだよね、もう憶えていないけど、ちゃんとそこにはあったんだよね。忘れてもそれを嘘なんかにはしない。嘘にはできない。それが今のわたしたちにとっての唯一の救いであり、呪い。

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