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閏日

睫毛で計った雪の重さとちょうど同じくらいの汽笛の音が身体の外で響いている。目の前で崩れてゆくその白の綻び方があなたの泣き顔みたいな笑顔によく似ていた。たゆんで、 落    。
       。     ち   
  。       。           。
           る   。
時の (銃   。        。
    声)       。がちょうど産声に重なって、わたしはわたし

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4年●組のあの子

太陽の色を瞼の裏に映して見るのが好きだった。
ルーペを使ってわたしの足元のアスファルトを焼き払ってしまおうと思い立った時、集合の合図が横切って、光を遮る手が昇る。瞼で感じるその光の温度よりも、それを遮る手のひらの体温の方が高いことには気付かずに。きみの後ろに並んでいると前ならえの空白も突然こわしてみたくなる。ピンと伸ばした腕をほどいて急に抱きついても笑って赦してくれる子のことが好き。わたしが水色で

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渚に/て//

ひとつひとつ殺意を込めて順に息の根を絶やしていく仕事。海の映像がまたひとつ乱れて砂嵐に変わる。砂の城はきみの指先にいとも簡単に壊されてしまって、そのままわたしはさらに大きな波に呑まれてゆく。こうして身を委ねているとき、わたしはいつもそこに打ち棄てられた遺体になったような気分でいる。毛先の靡く方角にひたすら進んでいるとまるで魂をくり抜かれたような気持ちになるのに、きみに手を引かれるがままに歩いている

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陽炎

クーラーで作った温度なんかに簡単に犯されてしまう体温を測ってわたしはわたしのことを分かった気になっていた。口実を編んで触れるひとの体温のことだけは信じられると思っていたけど、実際はそう信じていないとわたしがほつれてしまいそうだったから必死に縫合しようとしていただけだったのかもしれない。信じるって冒涜だから、わたしは嘘を信じたいし本当のことは信じたくない。わたしの瞼の質量はわたしにしか分からない。切

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//閃輝/暗点

きみの喉をひらいて深淵を覗く。ぼくにはそこにつかえている言葉の感触しか分からなかった。瞼を閉じて裏側の星を眺める//フラッシュ/飛散するガラスに映る光線のぼくが乱反射する。閃輝//

暗点。きみがソレを指差して白だと言ったから、ぼくの暗闇は白色をしている。公転に惑わされないメリーゴーラウンドのように。回転体のぼくたちはその尻尾を追いかけ続けて朽ちてゆく。木馬は自分を馬だと思い、ぼくらは自分を人類だ

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くちなしの欠伸

くちなしの欠伸

平日の昼下がりはいつも青写真を無理矢理引き伸ばしたみたいに間延びしている。わたしはくちのない生き物に向かってえんえんと話し続けている。風が吹いてそれは答える。その答に堪えて耐えて耐えて耐えて耐えていつか絶えるところまで目に見えている。それでもわたしはこうしてえんえんと話し続けている。それが届くかどうかではなく放ち続けることがわたしの意味で、だけどそういう掬い方をしているうちは結局わたしはわたしのな

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透かして見つけた19つ目の星

透かして見つけた19つ目の星

忘れたくない夜の数がぼくにとっての光で星で、それらを繋げる指先の透明な動きは紛れもなく祈りそのものだった。空書きをしてきみに伝える内緒のダブルミーニング。流星みたいに指を滑らせかけた呪い。この呪いの読み方を知っているのはこの世界にぼくときみだけ。深夜2時にふたりでなぞったあの歌詞がその夜の深さを本当にする。そのせいできっとぼくはこれからもあの夜のことを忘れられない。きみはこれもただのこじつけだって

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ナルシス

ナルシス

あのねの先が号令に遮られる。ごめん、何言おうとしたか忘れちゃった。雑音に紛れて聞き取れなかったきみの声。ううん、なんでもない。大したことじゃないから。そういう拾えなかった言葉の空白ばかりを憶えている。だからぼくの頭の中には余白が多い。いつか答え合わせをしよう、きみの声でぼくの空欄を埋めてほしい。あのねの先の、喉につかえたその言葉の形が見たい。なんでもないを捲った先の透明に触れたい。全部エゴでごめん

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掬われない金魚

掬われない金魚

息継ぎの仕方を知らない子どもが順番に溺れてゆく夢を見た。なんで誰も教えてあげなかったんだろう、なんで誰も教えてくれなかったんだろう。息ができなくてくるしいのにその視界に飛び込んでくる光をぼうっと眺めては妙に感動してしまう。見晴らしの良い地獄って此処だったのかな。空気の中で溺れることってあるんだね、私たちはずっと地上を泳いでいたんだっけ、どうだったんだっけ。もう何も憶えていない。私たちはそんなこと憶

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もう忘れてしまった一等星のこと

もう忘れてしまった一等星のこと

きみと一緒に見た夜景が今まででいちばん綺麗だった。きみが遠くの星を見つめながら話してくれた未来の話はその日の夜空にそっくりで、散りばめられた無数の希望と可能性、そんな光が射したきみの瞳孔は一等星。きみが指を差した星に私はいない。それでも私はその指先に恋してた。希望に反射して煌めくきみの瞳孔に恋してた。そんなことを思い出す。だけどレンズを通して見るその光はただそこに散らばる色でしかなくて、その煌めく

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blurring line

blurring line

春は外と内の境界が滲むからこわい、きみの輪郭がぼやけるからこわい。きっと死もこんな感じなんだろうなと思う。“危ないですから、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください”。イヤホン越しに微かに聞こえる機械的なアナウンス。プラットホームに引かれたオレンジの線がぐわんと歪む。春だと言ってしまえばそれは春で、好きだと言ってしまえばそれはわたしの「好き」になる。春には、私たちには、そういうやわらかさやたお

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蒼き花束

蒼き花束

何度雨に降られようとも、何度運命に見放されようとも、それでもずっと音楽は続いた、それでもずっと、私たちの生活は続いてきた。

さよならの数だけ出会いがあった。
サヨナラだけが人生だけど、そこにはそれだけの出逢いがあった、サヨナラだけが、出逢いだけが、それでも音楽は続いてゆく、私たちの生活は続いてゆく、もう逢えない人、逢わない人、その数だけ私は年を重ねてきた、その数を数えている時間だけが私の今に意味

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揺らぎの狭間で

揺らぎの狭間で

“きみ”と“彼”とでは解像度が違う、その揺らぎの狭間で恋をしていたい。空気は冷たいのに春の匂いがするし、北風も心なしか少しだけやわらかくなった気がする。2月の冷たい春風、明日までの払込票、どれだけ探しても片方しか見つからないイヤリングと靴下、結局いつもお気に入りのセーターしか着ないからずっとクローゼットの奥に仕舞われたままの冬服たち、折り合い、妥協、いつまでも出しっぱなしの扇風機、30℃の冷房、蠢

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きみの季節、蠢く先で死滅

冬と春の混ざった匂いがする。ああ今年もこうして死んでいくんだなとぼんやり思った。春に虫と書いて蠢くと歌われるような、春はそんな生命の季節のはずなのに、その割には春って全然生きた心地がしない、春だけはいつも私の中に残らない。残ってくれない。掴めないからずっと不穏で、でも掴めないから心地いい。だから気付かないうちに死んじゃいそうになる。春は生命の季節じゃなくて死の季節だろ。蠢く先で死滅。いつも降りずに

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