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ナルシス

あのねの先が号令に遮られる。ごめん、何言おうとしたか忘れちゃった。雑音に紛れて聞き取れなかったきみの声。ううん、なんでもない。大したことじゃないから。そういう拾えなかった言葉の空白ばかりを憶えている。だからぼくの頭の中には余白が多い。いつか答え合わせをしよう、きみの声でぼくの空欄を埋めてほしい。あのねの先の、喉につかえたその言葉の形が見たい。なんでもないを捲った先の透明に触れたい。全部エゴでごめん。結局ぼくらって自分のことしか考えてないんだ。こうして「ぼくら」と括ることで安堵してしまう、そんなぼくらをまるごと愛して。書きかけの詩の先の空白を綴る時ときみへの返信を何十分もかけて打つ時の指の動きが似ていることに気付いてぼくは初めて恋を知った。恋の速度はちぐはぐだった。脈拍が速まるほどフリックのスピードは落ちていく。その揺らぎの中にきみの鏡像を捉えたくて手を伸ばすけど、瞼の重さに遮られてぼくらは簡単に引き剥がされてしまう。かみさまはこれも運命と呼ぶの?ぼくは無神論者で、だけどきみのことを軽率にかみさまにしてしまって。ぼくはそういう矛盾に塗れた生き方しかできないぼくが好きだ。揺らめく水面に反射する光みたいだから。いつかその光を掻き集めたら大きな鏡になってきみのことを照らしたい、ってこれもどっかで聴いた歌詞だったな。どこかで見たもの聞いたもの、そのひとつひとつがぼくの鎧。自分で自分を救えるようになりたい。僕がぼくの光になりたい。誰かがぼくの名前を呼んだ。その瞬間だけ僕はぼくになれる。あのねの先に耳を澄ます。答え合わせをしよう、次は聞き逃さないからと、そう言って覗き込んだ瞳の奥で、きみの水面が光った気がした。

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