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掌編小説

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【無料マガジン】 私の書いた掌編小説を収録していきます。
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記事一覧

未来文字

未来文字

 今日は比較的気温も安定し、昨日までの猛暑が嘘のように過ごし易い。それでも、まだまだ夏の暑さは健在なのだが、気だるい不快さよりも内在する生命の力強さを実感させる後味の良い暑さだった。
 散歩がてらに足を運んだ自然公園は、移り行く時代にふさわしい景観を意識して昨年末にリニューアルしたばかりだった。しかし、私は押していた自己研究の進展に取り憑かれて今まで自宅に籠もりきりだったので、改装後は初めて訪れた

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シリウスの彼方より

シリウスの彼方より

 イコ少年の最近の楽しみは、買ったばかりの最新機種である〈パルサー計測型素粒子望遠鏡〉で、無限の星空を仮想冒険する事だった。

 およそ021600秒の教育カリキュラムを終了すると、脇目も振らずテレポートジャンパーへと駆け込み、早々に自宅へと転送帰宅する。昼食に用意してあった化合クロレラカプセルの山を無造作に掴んで口へと頬張ると、すぐさま自室の望遠鏡へと取り憑かれた。
 神経接続用のニューロナイト

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墓場から揺りかごへ作戦

墓場から揺りかごへ作戦

「さぁ、いよいよ世紀の瞬間だよ、キミ」 

意気揚々と熱気付く老博士の背後で、若き科学雑誌記者は「はあ……」と覇気の無い返事を返すしかなかった。

 科学の奇才が演説ステージとした場所は、見渡す限り機能美に彩られた味気ない鋼鉄の部屋──彼自身が造り上げた私製宇宙船の操縦官制ブリッジである。その室内は思いの外に簡素で広い。最低限のコンソール器機以外に過剰設備などは据え付けられておらず、彼等二人だけの

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籠宮胡蝶は何故死んだのか?

籠宮胡蝶は何故死んだのか?

 籠宮婦人から胡蝶嬢が死亡したと連絡を受けたのは、診療所の開業時間直前の出来事である。

 電話口で狂乱気味だった婦人を宥めつつ、私は可能な限り事の詳細を聞き出した。大まかな状況を把握すると、必要な検死道具類をくたびれた革製の鞄に手早く詰め込む。
 そして、早番の看護士達へ今日の開業時間を少しばかり──つまり私が帰るまでだが──遅らせるように指示し、愛車へと飛び乗ったのだ。
 籠宮邸までは車で片道

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赤ワイン

赤ワイン

 山の手の人間が下々の生活に疎いとは言っても、こんな路地裏に在るようなうらびれた酒場の卓上へ大金袋を無造作に出すなんていうのは、あまりに軽率過ぎる行為だ。そうでなくても、この安酒提供場には臑に傷をもつような輩が平然と出入りしているのだから。人目に留まらぬ奥隅の席へ陣取っているとはいえ、気が気ではない。

 私は目の前に差し出された報酬を、そそくさと隠すように懐へと仕舞い込んだ。
「それで、御話を聞

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徳禅和尚が殴られるわけ

徳禅和尚が殴られるわけ

 えぇ、神様仏様に誓って言いますがね?

 あっしぁ、暴力沙汰が嫌いな性分なんでさぁ。そんなもんだから、生まれてこのかた、人様と殴りあいの喧嘩なんざぁした事もねぇんですよ。
 腕っ節に自信がないわけじゃありやせんぜ?
 こう見えても、大工仕事なんぞをしておりやすから、そりゃもう、腕力にはそんじょそこらの野郎共にも負けない自信はありやすとも。
 けどね、喧嘩はいけねぇ!
 近所の寺に〝徳禅和尚〟って

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終わりの夜伽

終わりの夜伽

「ねぇ? おかあさん?」
 つぶらな瞳が、添い寝する母親を正視して尋ねた。
 母親は我が子が安らかな眠りに就けるように、ポン……ポン……と緩やかなリズムに体を叩いてあげていたが、どうやら子供特有の強い好奇心というものは睡魔の誘惑すら跳ね退ける強力な結界らしい。
 だから、柔和な微笑みで聞いてあげる事とする。
「なあに? ぼうや?」
「いちばん強い動物って、なあに?」
 他愛のない質問である。
 実

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大義の聖剣

大義の聖剣

 地上では戦乱が激化の一途を辿っていた!

 その戦禍は歯止めに至る兆しも無く、東西南北の国々は今日も猛々しく意気を吠える!
 神に授けられし〈聖剣〉を掲げて……。

「〈正義〉は我々にあり! この〈聖剣〉こそが証だ! 刃向かう者には容赦するな!」

「大義名分たる〈正義〉は我が方にある! 反抗意思を示す者在らば〈悪〉と裁け!」

「敵国の泣き所は押さえてある! 遠慮は要らん! 〈正義〉の名の下に

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卵

 とある高名な老錬金術師が三人の弟子を呼び寄せた。

 弟子とはいえ、まだまだ一人立ちに値しない若輩者達ばかりではある。
 そんな頼りない弟子達を厳格な視線で見渡すと、錬金術師はこう言った。
「さて、ワシもそろそろ高齢じゃ。口惜しいかな、寄る年波には勝てぬ──歳月を費やした研究が実っていれば別だったがのう。そこで、隠遁でもしようかと考えておる。ついては、この中から後継者を決めようと思ってな……」

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レゾンアカウント

レゾンアカウント

「今日のアカウントはコイツでいこう」
 モニター内に羅列される候補から〝一人〟を選ぶと〝俺〟はネットにログインした。
 フラフラと漂うサーフィンダイブに、今日も〝吊るすスケープゴート〟を探す。
 ゴロゴロいる。
 クソ下らねえ連中。
 何か「充実してますよ」ってツラで投稿してるヤツ。
 それとかグダグダでクドイ趣味知識を披露して「私は達観に極めてます」とかアピってるバカ。
 それに対してチヤホヤと

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侵略者

侵略者

 その惑星は、実に稀有な存在であった。

 生命の源たる水は潤沢に律を奏で、大自然の緑を謳歌と染めていた。
 この銀河に於いて貴重な資源の宝庫であり、或いは物質的価値を差し置いても唯一無二の恵まれた環境は〝青き宝石〟と形容されるべき美しさを暗闇に燦然と誇示した。
 だからこそ、他惑星は嫉妬を抱き、羨望を向け、常に強い関心を注ぐのである。
 
 とりわけ〝赤き荒涼の惑星〟に棲まう者達は、遥か昔から侵

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魚眼ノ箱庭

魚眼ノ箱庭

 満足な環境であった。

 水質は澄み、酸素は潤沢に湧いた。

 適度な水草がそよぎ、戯れる岩礁も据えられている。

 空腹を覚え始めた頃には水面から餌は降ってくるのだから、此処へと移り棲んでからは飢えた覚えも無い。

 日々の糞尿で少しばかり水質が濁りを生じたとしても、不思議と朝には新たな快適と再生するのだから気にする事でもなかった。些か警戒を覚えるとすれば、その予兆には大きな地震が起こる点だが

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愚かな女の独り言

愚かな女の独り言

 あなたを信じていた。

 ううん、信じていたかった……。

 自尊を翳して嘯くヤンチャなところが好きだった。

 自信に満ちているあなたが眩しかった。

 まるで希望しか見えていない少年のように……。

 あの言葉──「俺に任せておけ」──そう聞こえた。

 あの言葉──「俺について来いよ」──そう聞こえた。

 だから信じた。

 信じ続けていたかった。

 だけど、嘘だったのね。

 信じて

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