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特別対談:「食文化」の源とは?(「Le Petit Verdot」 新田勝美シェフ)

改めて、本年もよろしくお願いいたします。

年越しそば、おせち、お雑煮などといった年末年始の行事食。それぞれに、意味や願いが込められており、日本の伝統を知ることにも繋がると信じていますが、皆さまはそんな「食の意味」を味わいながらお過ごしになられたでしょうか?

私自身の今年の正月はというと、おせちとは無縁な時間を過ごしてしまい正直切ない限りでした(笑。しかし、この季節は様々な「食」に向き合える行事もあって、"リアルに食さない代わりに頭で食している"。そんな1月を送っています。

日本における「食文化」

さておきです。自分が行事食に満たされていない故、「食」という切り口をマーケティング視点でまとめてみることで充当してみました。
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1)1950年-:第1次 食マーケットの変遷期

スーパーマーケットの標準化食材と調味料、マスメディアを通した料理研究家によるレシピ開発に注力した時期。それ以前の自分の家"だけ"の伝統的や味を変化させて、相手の好みを取り入れて、新しい味を築き上げを創出。調理家電、計量器具の形式化で、インスタントと冷食食品の簡便マーケットが生まれた時代です。
cf. キューピーマヨネーズカゴメケチャップキッコーマン醤油のマーケティングが確立。他にも1958年チキンラーメン発売、1960年印度カレー発売、1961年山印醸造即席味噌汁発売、1962年ハイミー、1970年ほんだし発売 etc…

2)1960-80年頃:日本の「食文化発信」スタート

奇抜な食材や調味料で目新しく料理を作る料理研究家が登場。江上トミ飯田深雪の存在。江上氏は陸軍造兵技術官の夫と渡仏してパリのコルドン・ブルー (Cordon bleu)に入学しノウハウを学びました。飯田深雪氏は医師の父親に連れられて平壌で過ごし、結婚後はシカゴ、カルカッタ、ロンドンで料理を学んでいます。こうして特権的文化資本に裏打ちされた料理を日本に根付かせたのです。

さらに言えば、ここに土井勝氏が加わり、外交官、医師、商家などの都市の一部の富裕層へのマーケットを作りあげたのかもしれません。こうして江上氏や土井氏は、普遍的な価値と標準的媒体普及により、地域多様性と過去の記憶を再編させる和洋折衷型の動きを起こした。ここに画期的な動きを見ることができます。

3)1980-90年頃:小林かつ代と栗原はるみの登場

小林カツ代氏:家庭で無理なく美味しい手作り料理がコンセプトの彼女。働く女性に手抜きではなく、時間がなくも美味しい料理を作る手順を伝授してくださいました。
cf. キューピー社やカゴメ社の定番は、この時代に大いに力を発揮してきたのでしょうね。逆にいうとそこからの進化は?と言いたいところです。

栗原はるみ氏:まだまだ現役の栗原さんなので、このnoteを読んでくれている方もご存じの方がいるかもしれません。彼女の食マーケットへの貢献は、家庭とレストランの狭間に行き来しゆとりの空間演出している、そんなことだったのではないでしょうか。『ごちそうさまがききたくて』が121万部販売と、料理以外の食器と調理器具やテーブルウェアで市場切り開きました。この動きは今もテレビ番組で活躍している息子の心平氏にも繋がっていると思います。

4)2000年以降、そして現代: 食マーケットの変化

現代から未来での「食マーケット」の変化の捉え方を如何に考えるかです。個人の自由な欲求と新しい共同体の構築、インスタ映えも今は昔の話になってきた感もあります。
自然と人間の在り方の捉え方、資本主義そのものの新しい在り方を考える。過去の流れを知りながら、食文化をどのように捉えることが大切か。私の興味は今ここにあるのです。

【対談】ル・プティ・ヴェルド 料理長: 新田勝美シェフ

今回ご登場いただく新田シェフ(以下、新田)が料理長を勤めるお店は、パリ6区にあるフランス料理店「Le Petit Verdot(ル・プティ・ヴェルド)」です。異国の場で料理に向き合っているシェフに食の本場であるフランスに寄せる想い、日本とフランスの食文化について感じていることについて伺ってみました。
2023年初のスペシャル食対談。ぜひお楽しみください。

黒木:新田シェフ、あけましておめでとうございます、お話しさせていただきますことを楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。

新田:こちらこそよろしくお願いいたします。

黒木:早速ですが、フランスに暮らしていて現地の皆さんと向き合っている新田シェフにとって「食文化」とはどのように捉えていらっしゃいますか。固い質問で申し訳ありません。

新田:日本もフランスも変わらないと思っています。

黒木:そうなのですか!?正直意外な回答でした(笑)。フランスも日本も「食文化」は変わらないということですね?

:はい、黒木さんがいう「食文化」の定義を確認しましょうか。 

黒木:わかりました、ちょっと質問の仕方を変えてみますね。新田シェフが感じられている「食文化」って、どのように考えればよいですかね?

新田:”文化の違い”こそあれ、考え方には違いがない、と思っています。

黒木:なるほど。それでは、その”文化の違い”についてもう少し知りたいです。

新田:文化というか、まず環境の違いですが”水”が違いますね。

 黒木:”水”ですか。それはとっても興味深い指摘ですね、具体的に教えていただけますか?

 新田:軟水もフランスにはありますが大半が硬水です。その違いでいくと料理の基本出汁の取り方が違います。日本は、鰹と昆布を用いて短時間で出汁取りますが、ヨーロッパだと長時間煮出さないと味が出ません。

 黒木:それはやはりご指摘いただきました水の種類に起因していますか?

 新田:はい、その通りです。同様に野菜に関しても水と土壌の違いでできるものが違います。その土地、その土地で美味しい物があります。

 黒木:偶然にも関東ローム層で取れる野菜の研究を新聞記事で読んでいました。つまりフランスにおいては、その土地に根差した水と野菜に合致した独自の「食文化」を作ると考えてよいわけですね。

 新田:そう言いながらですが、流通の発達でヨーロッパ食材、日本食材が双方において手に入りますので、ヨーロッパで日本食店、日本で洋食店が出来るのも事実ですよね。

 黒木:はい、いわばグローバル化ということですね。

新田:そうですね。当然ながら、地球ができた時の地殻変動で与えられた土地というものは変えられないと思います。天候要因もあります。

黒木:地殻変動という地球、いや宇宙からのエネルギーを享受して農耕文化が生まれたといわれますが、 料理に関して特にフランスは世界一と長く君臨しているのは、 どんな国民性があるって感じられていますか
主観で申し訳ないのですが、オーガニックの反対概念として、早くかつ大量生産にするという資本主義の概念がいままで強く残っていたのではないのかとも思うのです。フランスにはオーガニックの概念が当たり前で、フードロス対策など日本より進んでいると思いまして。

 新田:そうですね。最近の話だと、スペインの「エル・ブジ」からの料理発信が今の料理の流れと言われていますが、僕が思う料理とはかけ離れている様に思っています。単純にいうと、僕は暖かい料理は温かく、冷たい料理は冷たく出したいと思っているのです。今の料理は”ぬるい料理”が多い様に思います

 黒木:「エル・ブジ」は確かに強烈でしたが、新田シェフとしてはかけ離れていると感じていらっしゃったわけですね。暖かい料理は温かく、冷たい料理は冷たくというのは、自然体ということですかね。素材を最大限活かすということでよろしいのでしょうか。素材との対話といったらおかしいですか?

新田:自然体とか分かりませんが、黒木さんが仮にラーメン店に行って熱々のラーメンとぬるいラーメンどちらが好みですか

黒木:ラーメンはその時の気候や気分、誰と食べているかによって、 暑い時とぬるい時があります。もちろんその味そのものを味わいますが、 夏と冬でも好みが変わるんですよ(笑。

新田:あとオーガニックについてですが、身体に良いかもしれませんが野菜が出来上がるまで時間がかかりますよね。現代の人口供給に追いつかないと思います。

黒木:ということは、未來にはオーガニックよりも大量生産型が望まれるというご意見でしょうか。

新田:いいえ、違います(笑)。オーガニックについての回答として私が言いたいのはそういう事では無いです。今フランスで水耕野菜を作っています、まだまだ供給が追いついていないのが現実ですが、農薬や化学薬品を使わなくても作れる様に努力しなければという意図です。

黒木:クリアな回答をありがとうございます。

新田:僕としてはなるべく、農薬や化学薬品を減らしていかないといけないと思っています

黒木:確かに同感いたします。オーガニックは高いモノであるという先入観が日本にはありますね。これはメーカー、小売業も一体になって努力しなければならない課題です。

新田:フランスでもオーガニックの物は、1.5倍くらい高額ですよ。

黒木:うわ…1.5倍は高いですね。なんといいながら都市型の農耕スタイルなど近隣で物流コストを抑えても、まだまだ日本でも高いのがリアルですが。

新田:食材の流通がおかしい様に思います、胡瓜は真っ直ぐ出ないと売れないとか…。

黒木:ご指摘の胡瓜などは、形悪くてもよいなどの動きはようやく日本でも最近出てきました。同時にフードロスも徐々にですが、主婦には広がりつつあるエリアもあります。本当徐々にという段階ではあります。

新田:田舎で野菜作っている方とこちらで話した時、昔は畑に人糞撒いて育てていたけど、現代人のを撒くと野菜ができないって言っていました。

黒木:!!そうなのですか、それは興味深いというか恐ろしい話ですね。現代人は、既に身体の中から侵されているわけですね。排泄物がそうだっていうことは…ちょっとショックです。

新田:フランスでは、法律でフードロスをしたら罰金が課せられるようになりました。だから期限切れになる前に対処するようになっています。そうかと言って出ないわけでは無いですが、一人一人が気をつけて生活している印象です。

黒木:それは素晴らしい。先ほど近所のスーパーに行った時に、惣菜を大量に買っているお客様のカゴを見ながら「料理しなくなったのかな」と思っていたところです。日本の法律では、期限切れの全体の3分の1を切ると店舗に置けないのですが、フランスだと確か2分の1ですよね。法制度そのものも、変える時期なのかもしれません。

新田:こちらだと、期限切れのパスタとか缶詰とか商品を購入して、それを寄付することもありますよ。

黒木:日本ではそれを安く買うビジネスがスカイツリーの下にあります。 少しずつでも意識がかわるのは素晴らしいですね。

話変わりますが、昨年から今年にかけてオートミールの参入が増えました。簡便性や時短こそが、食メーカーの生き残り戦略と言わんばかりです。

 新田:悲しいことに実際に人参一本買っても余って腐らせてしまう事もあると聞きますし、そのままだと料理しなくなるのではないでしょう。

黒木: そうですね。とはいえ便利になっているが故ですかね、とにかく料理時間が減っている。それだけでなく、会話をしない家族が増えているのが私は問題になるのではと危惧しています。

新田:こちらの食の見本市でもビーガン向けに色々な加工品が増えてきましたそれなりに美味しくなってきていますよ。

黒木: 先ほど話していた「食文化」というのは、実は家族の在り方も大事に考えることではないかと、私見では考えているんですよね、それで聞いていたわけです。

新田:その通りだと思います、こちらでいえば有名シェフのお母さんの料理からの教えが多大な影響あると思います。 昔のリヨンの料理店は、女性シェフ方が多いと聞きます。

黒木:へぇ、そうなのですか!

新田:外食して、誰と食べて楽しい会話して、暖かい料理を味わう事が味の記憶に繋がると思います。”ぬるい”料理ばかりだと記憶に残らない

黒木:なるほど”ぬるい”はそこに来るわけですね、今更で申し訳ない。腹落ちしました。多くの料理の味をはっきりと簡単に想像することができる人は、幸福感が高いそうです。

新田: フランスに限らないと思いますが、最近は外食が多い様に思います。

黒木:日本は随分とコロナ禍で外出は減りましたが、外食や惣菜環境は他国より高いかもしれません。

新田:コロナが流行っていた時、店舗内の飲食がNGで持ち帰り料理はOKにしていたのですが、うちの常連さんは「持ち帰ってまでお前のとこの料理を食べたく無い、ここで食べるから美味いんだ」って言って貰えて、とても嬉しかったし、だから今の繋がりがあるんです。

黒木:さすがですね。やはりその「場」が作るのが、食の醍醐味ですね。

新田:今、ロシア-ウクライナ紛争で普段何気なくあったマスタード、油、ラップなどなどがスーパーなどから消えていますが、ここの方(フランス)は”ない物は仕方ない”っていう考え方をしてます。

黒木:本当に大変な時期ですが、潔いですね。 経験、体験を一緒に味わうのが、幸福感の象徴です。

新田:でも、フランスの企業はそういう時にデモしたりするんですよ。クリスマス前に学校がバカンスに入りましたが、ここではよくバカンスになると孫を地方に親なしで行かせます。だけど、国鉄がストをして行けなくなったり、ゴミ回収の方のストで町中ゴミだらけとかザラです。

黒木:個人としての主張の形の一つですかね。そうそう、フランスと日本には明治時代にも様々研究があったようです。そうそう、「イキだね」という”イキ”という言葉は、フランスと日本にしかないそうです。イキに1番近いフランス語は”チック(chic)”と九鬼周造が言っていました。微妙なニュアンスの違いをフランス人と日本人は分かるそうですが、そんな感じしますか?

新田:フランス人って、自国一番だと思っていますよ。

黒木:そうでしょうねぇ(苦笑。

新田:日本の”わびさび”をわかる方は多い様に思います。こんなこと言うのは烏滸がましいかもしれませんが、日本人は信用されています。日本料理店、寿司屋がミシュランの星を取っているのが証だと思います

黒木:信頼感があるという実感があります。興味深いですよね、同じアジアではあるのに。

新田:この度、料理部門のMOFと言うフランス最高勲章に初めて日本人が授かりました

黒木:すごいですね感性と理性が研ぎ澄まされているのでしょうか。文化人類学者のレビィストロースも日本人の美意識には驚いていました。

新田:日本人で初の3つ星シェフも誕生しましたし日本人の味覚の旨みがわかる方もいます。

黒木:誇らしいです、私には全く何も貢献できないエリアではありますが(苦笑。 特に食文化の高さに、先ほど名前を出したレビィストロースは感嘆しています。自然を生かすこと、美意識のある器と伝統に感激して来日三度ありました。新田は日々それをフランスで体感されているわけですね。

新田:はい、こちらでも四季折々の料理、旬の食材にはこだわって料理を作っていますよ。日本と同じように季節によって旬の食材が明確に違います。四季を大切にしながらも、表現の仕方が全然違うので、興味がつきません。

黒木:ああ、シェフのお料理を食べたくなってきました。コロナ禍でしばらく訪れていませんが、早くまたパリに行きたいです!その時はぜひ訪問させてください。楽しみがまた増えました。今日はお時間ありがとうございました。またいろいろ聞かせてください。

新田:パリでお待ちしています。今度はリアルでお話しましょう。

黒木:はい、是非とも。

新田勝美: Le Petit Verdot 料理長
1967年7月8日生 鳥取県米子市生まれ。大阪辻調理師専門学校、同フランス校卒。帰国後、広尾ひらまつ入社、同店フランス店立ち上げ3年間滞在後、同社退社。 2013年再度渡仏「ル・プティ・ヴェルド」料理長に就任。現在至る。
https://www.le-petit-verdot.com/

(対談日:2023年1 月7日)

対談を終えて

新田シェフは、パリ6区の老舗百貨店ボンマルシェから徒歩5分くらいのところにあるレストランの料理長として「記憶に残る料理」を提供に力を注いでいる方。対談の冒頭に「ラーメン店に行って熱々のラーメンとぬるいラーメンのどちらが好きですか?」と問われた時には困惑しましたが、話をしていく中で、シェフの料理のファンは作り手の味覚、美しさ、香りなどのよい"記憶"を愛してくれている方であると言いたかったのかもしれないと思いました。

そして思い出したのが日本でもとても名が通っているアラン・デュカスの言葉。その弟子たちも"記憶に残る料理こそが食文化に繋がっていく共通語がある”と語っています。

・土地に根差した料理を早くから唱える
・12歳時の物語の進行形
・日本人のルーツを失うことなく,フランスの食文化を完全に理解する。

これらの言葉は、プルースト『失われた時を求めて』の主人公が経験するような"無意識的記憶"を思いださずに要られません。それは努力によって蘇る記憶(意志的記憶)ではなく、熱い紅茶とマドレーヌを口に含んだ時にやってくる"貴重な本質で満たされた気持ち"と同じではないかと思います。

私の専門領域であるマーケティングにそろそろ触れてみましょうか。
彼との対談をしながら考えていた、マーケティングのコンセプトとは何であるかです。そしてどのようにそれがどのように生み出されるのか。
コンセプトを単に概念とかと類型とか範疇以上に、新しい思考方法と考えることが大切ではないでしょうか
。これは、モノゴトの"本質"を掴み取ることのできる観点のことです。

では本質とは何か?目に見えている事象や現象の背後の意味を探索することなのでしょうか。

前述した料理人たちは、自分の料理を顧客の記憶に残して顧客として来店して楽しんでくれることが必須条件と思っていました。しかしながら現代の日本における家庭料理はどうでしょうか。
新田シェフが対談で触れていた"有名シェフのお母さんの料理からの教えが多大な影響ある"という言葉が私の心に響きます。料理人が発する頻度とは異なる意味、つまり毎日という日常をどのように作るかでブランドとしての愛着度が変わっていくと私は思うのです。

改めて貴方に問うてみたい。

時短で簡便性を重視する食時間を作りたいのですか?
食しながら対話をゆっくりする時間を作りたいですか?

新田シェフが教えてくれたこと。彼は食を通じて人間のあり方そのものを問うてくれました。イメージは身体を通して神経細胞を通して、脳に焼き付けることで、食は長い時間の認識になる。食を通して自分を知ることは、幸福な時間の瞬間を作ることだと、私は思っています

(完)

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