マガジンのカバー画像

カナダ生活

27
運営しているクリエイター

#海外生活

助けあうことの難しさ

助けあうことの難しさ

彼からのメッセージは突然きた。
自分はあるクラスのクラスメイトで、課題のWordファイルが開けないので送ってくれないか、と。おそらくクラスのWhatsApp(欧米ではポピュラーなLINEのようなアプリ)から辿ってきたのだろうと思われた。

課題のWord以外にも色々と文献などがその講義では同じポータルサイトを通して配られていた。親切心から、他のファイルが開けるかと訊くと、他のファイルがあるなんて知

もっとみる
2022年は2022キロ歩くことにした

2022年は2022キロ歩くことにした

2022年が始まって1ヶ月が過ぎた。私は相変わらず課題に追われている。
このセメスターに入って、プログラミングについて考える課題がぐっと増えた。

プログラミングするなかでつまづくのは、多くは論理的なミス、言い換えれば抜け穴に気づけないことが多い。そんなときはずっと画面に向き合っているより、少し画面から離れて、コードに向き合い直すとふっと論理的な矛盾を見つけることができる。そんなことに気づき始めた

もっとみる
2021年上半期、留学準備の話

2021年上半期、留学準備の話

2021年もあと1週間を切った。2021年はカナダ移住に向けて大きく舵を切った一年だった。長くなりそうなので上半期と下半期で二つの記事にわけて振り返りをしたい。

今から一年前、クリスマスに大好きだった祖母が亡くなった。翌日に受けた留学のためのIELTSは、年末の業務で毎日遅くまで残業していて準備不足だったのも手伝い、必要なスコアには今一歩及ばなかった。

永住権との兼ね合いで、年齢的に半年たりと

もっとみる
30代半ばで突然カナダに来てしまった

30代半ばで突然カナダに来てしまった

今日は30代半ばになぜ突然海外に、そしてカナダにきたのかという話をしたい。

私は、そんなに国際経験の多い方ではない。
海外に学生時代に長期留学に行ったこともないし、仕事でも英語を使ったこともない。
海外旅行だって全くではないものの、あまり多い方とは言えない。

そんな私がなぜ海外に来たのか。

簡単に言えば、日本に住み続けることに少し疲れてしまったのだが、海外に行きたいと思ったのは、30歳を過ぎ

もっとみる
相手不在のパートナー問題の終焉

相手不在のパートナー問題の終焉

タイトルはもちろん(?)、パートナーができたという話ではない。

私には二年ほど前までパートナーがいた。紆余曲折あったけれど、二十代の全てを一緒に過ごしたその人は、確実に私のパートナーだった。訳あって一緒に残りの人生を過ごすという結論には至らず、私たちは十数年に及ぶ交際に終止符を打つことになった。

それから二年。私はその間、決まった恋人ができることもなく、30代も半ばになった。周りの友人たちの結

もっとみる
人生の課題に応用したいプログラミング的思考

人生の課題に応用したいプログラミング的思考

いったん片付けた問題は関数にしてしまっておくんだ、
バグが見つかるまでは。

プログラミングの授業を受けていたら、先生がそう言った。
この一言で、プログラミングを学んでいることを本当に嬉しく思った。学ぶことはよりよく生きることを助けると信じているので、私はいつまで経っても学ぶことをやめないのだが、おそらくプログラミングの論理的な思考がとても性に合っているのだろう、プログラミングを学んでいるようでど

もっとみる
根性なしの生活改善の意外な効用

根性なしの生活改善の意外な効用

まずい、太った。

4週間前、鏡に映った自分をみて思った。
20代は人に心配されるほど華奢で、背は平均よりも高いのに、服は全て一番小さいサイズが体に合った。
30代に入ると、これまで胃腸の不調で痩せていたことが判明し、胃腸の治療とともにぷくぷくと太った。
痩せていたことを特にコンプレックスには思っていなかったので、途中、どこまで太るのかと気を揉んだのだが、あるところで止まり、それとともに長年の慢性

もっとみる
カナダでのはじめての銀行口座開設

カナダでのはじめての銀行口座開設

カナダに来てもうすぐ2ヶ月。重い腰を上げて銀行口座を作ってきた。

なぜこんなに長い期間、銀行口座なしで過ごせていたかというと大抵の買い物はクレジットカードと少しの現金で賄えたからだ。
日本では現金のみしか受け付けないお店も多いが、こちらではデビットカードかクレジットカードがあれば十分事足りる。
現金が必要だった理由も、近くのコンビニがデビットカードと現金のみで、私がデビットカードを持っていなかっ

もっとみる
不安定を受け入れ、安定を手に入れる

不安定を受け入れ、安定を手に入れる

ここのところどうも不調が続いていた。

こなしてもこなしても次々に現れる課題の山、初めて家族以外の人とする共同生活、身体的不調、眠れば悪夢、起きていてもあまりの眠気に起きていることすらままならない。なんとも負のスパイラルである。

先週少し体調を崩してしまい、オンライン授業の出席を諦めたのだが、これがかなり負担になっていた。というのも、授業は一コマ2時間以上あることもあり、その録画を見る時間を取る

もっとみる
ひとと暮らすこと、ひとりで暮らすこと

ひとと暮らすこと、ひとりで暮らすこと

カナダに来てからひと月ほど友人カップルと暮らしている。
その友人カップルが旅行に出かけるとのことで、久しぶりの一人暮らしが彼らの猫とともに始まった。

・ ・ ・

一人暮らしというのは気楽だし、楽しい。
東京で一人暮らしをしていた時は、好きな家財道具や小物を買い揃えては、好きな空間を作った。様々なお店をまわっては、お気に入りを見つけ、自分の空間をより快適なものにした。
誰の意見を尊重する必要もな

もっとみる
靴選びからサステイナブルな生き方を考える

靴選びからサステイナブルな生き方を考える

スニーカーがダメになった。

というのも、しばらく裸足でスニーカーを履かなければならない羽目になり、クッション部分に穴が開き、中のプラスチックが顔を出してしまったのだ。
その事の顛末は思い出せたらひとつ記事が書けそうな気がするが、どうしても思い出せない。ただただ疲れていたという記憶しかない。
好きなスニーカーだったから、穴が開いてしまってもしばらく履いていたのだけれど、先日ダウンタウンまで4、50

もっとみる
学ぶを学ぶ

学ぶを学ぶ

私は高校卒業後、3つの学校に通っている。
最初は卒業後すぐ入った大学、経営を学んだ。次は20代の終わりのデザイン学校。そして、今はカナダのカレッジでプログラミングを学んでいる。

それぞれの学校でさまざまな人たちに出会い、さまざまなことを学んだけれど、私は何のために学ぶのかということを今はきちんとわかっている。もちろんそれは私の将来のためだ。
恥ずかしいことだけれど、これまでの学校生活ではあまり意

もっとみる
はるか向こう側だったカナダのこと

はるか向こう側だったカナダのこと

向こう側へ行きたい。思えばそんな思いが私を突き動かしてきた。

最初の向こう側は東京。約15年前、育った東北の町から上京した。10代だった。
新幹線は止まるけれど、ほかに特出すべきこともない、そんな地方都市だった。今は肯定的に捉えている故郷だけれど、幼い頃から東京に出たいという思いが人一倍強かった。
年に二回、親の帰郷に合わせて東京に出ては、当時好きだった文房具を買い揃えるのが当時の私の楽しみだっ

もっとみる