【小説】喪

 2020年に書いた掌編小説。


 刻まれる時に合わせて歌えよ踊れよ、俺達は皿に盛られている。ごちそうを眺めるときの目つきで、ジロジロ眺められるのが俺達に与えられた仕事なのだと、俺達の骨身に染み付いた考えは、時が刻まれれば刻まれるほど、真実のように思われる機会を増やしていくのである。俺は逃げようと皿の縁へとにじり寄ったことが何度かある。そのたびに、縁へ縁へと動いていても、いつの間にか目の前に、皿の内側に盛られたごちそうが迫ってきていることに気づいて惨めな気分になるのがオチである。俺はとっくに諦めている。他の美味そうな物たちとともに、まるで涎を垂らされるために盛られたかのようなままで、日々を過ごすことにも慣れ、別の何者かになれるかもしれないと希望を抱くこともやめ、諦めきって、時が刻まれるに任せている。うつろな表情をしていない奴は、皿の上には一人も居ない。
 「さて、見飽きた表情を取り除くための、お決まりの遊びを始めよう」と誰かがおどけた風に声を出した。少しでも、毎日同じことをしているのだという事実から目を背けるため、声の出し方をおどけさせるのが俺達の流儀になっている。はじめにそれをやりだしたのは俺だったと思うのだが、先日、隣のやつが自慢気に、「あれをやりだしたのは俺なんだよ」と話しかけてきて以来、自信を失いかけている。ひょっとするとここに居るやつ全員が、他の奴らが前向きになれそうな事を始めたのは自分なのだと、思いこんでいるのかもしれない。
 ともかく、スピーカーから音が鳴り出した。一定の間隔で高い、短い、同じ音が鳴り、俺達はそれに合わせて何事かをつぶやく自由を得るのである。
 「やあ、やあ、やあ、やあ、お披露目を、した際に、出てきたのが、俺達の、乗っていた、皿だった、その事実を、目の前に、見せられて、失望し、立ち去った、料理人が、握っていた、包丁を、盗み出し、会場に、駆け出して、自分たちが、食べる側の、つもりでいる、客どもを、捕まえて、まな板に、寝かせたときの絶望感を、味わわせてやりたいものだよ、なあ、なあ、なあ」
 俺達はさり気なく、俺達を眺めている「食べる側」の連中を眺め、ほんの一瞬だけでも彼らの気分を味わいたいと、いつもどおりのことを頭に思い浮かべるのだった。俺達は物欲しそうな顔をしていたのだと思う。滑稽なことだ。皿に盛られ、食べられること以外に後はやることのなさそうな者たちが、むしろ自分たちこそ何かを口に入れたいのだとよだれを垂らして「食べる側」を羨ましそうに眺める光景は、彼らにとってきっととてつもなく面白いものに違いない。その証拠に、俺達が歌を歌って上を見る時、必ずどこからともなく笑い声が湧き上がり、俺達に「嘲られる側」としての自覚を促そうとするのである。俺達はまた惨めな気分になった。
 耐えきれず、俺は先陣を切って踊りだした。皿の上に体を叩きつけ、スピーカーから流れる音と仲間の歌う絶望的な歌に合わせて、激しく体を動かした。仲間たちも同じことをやりだした。これをやるせいで、必ず俺達のうちの何人かは死ぬことになる。ある時は仲間に体当りされた衝撃で、ある時は自分から皿の表面にぶつかった衝撃で。俺もむしろ死んでしまいたいと思うのだが、なぜかどれだけ体を激しくぶつけても、死んでいたのが自分だったことは一度もない。
 やがて音が止まった。今日の踊りもこれまでと思うと、寂しい気分を覚えずには居られない。俺達は体を叩きつけた痛みにまかせて眠りについた。いつものことだ。
 しばらくして、俺は、仲間の一人が起きて動いていることに気がついた。珍しいことだ。かつての俺のように、皿の縁へと歩いてみようとする者でも居るのかもしれない。俺はなんとなく目を開けて、音のする方を眺めてみた。
 先ほど死んだ仲間の死体を、誰かが貪り食っていた。
 「誰だ」と俺は叫んだ。
 死体を貪り食っていたのは、仲間の一人だった。
 当然だ。「皿に盛られた物」以外が、皿の上に居るはずがない。恐怖と怒りが俺の全身を貫いた。
 俺は、死体を貪り食っていたその仲間に掴みかかると、顔面を思いっきり殴りつけた。
 柔らかい感触だ。手応えがない。俺の顔面も、こんなに柔らかいのだろうか。俺は情けなくなった。
 仲間は、抵抗しようともせず、俺に殴られるに任せていた。仲間が殴られるに任せていた分だけ、俺は仲間を殴り続けた。少しも殴った気にならないほど、仲間の全身は柔らかかった。
 ふと仲間を見ると、それはとっくに息を引き取っていたらしい。俺の拳が、仲間を殺したのだ。俺は、自分の拳が何かを成し遂げたのだという事実に少し嬉しくなった。
 俺は他の仲間たちを起こすことにした。
 「起きろ、おい、起きろよ」
 仲間たちは眠そうな目をこすりながら体を起こした。
 「こいつは、死んだ仲間の体を食っていたんだ」俺は皆に報告した。
 仲間たちは、呆れたような目で俺を見た。
 仲間たちの呆れたような目を見て、俺は、俺以外の全員がグルになっていたのだと気がついた。
 「汚い! 醜い! 何という奴らだ!」俺は思わず叫んだ。「仲間が仲間の死体を食うだなんて、貴様ら、誇りってものがないのか! 恥を知れ、恥を!」
 仲間たちは無言で俺を見ていた。
 そこへ、スピーカーから音が聞こえてきた。
 誰も、刻まれる音に合わせて踊ろうとも歌おうともしなかった。
 俺達は、ずっと睨み合っていた。
 やがて誰かがポツリとつぶやいた。
 「俺も、こいつくらい馬鹿になりたいよ」
 どこからか、笑い声が聞こえた。




[2020年執筆]



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