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SDGs時代のテックデザイン「ポジティブ・コンピューティング」

序文:舞台「2020」を観て…

先日、高橋一生さんの一人芝居「2020」(ニーゼロニーゼロ)を観てきました。2020年の”アレ”と称するパンデミック以降、人類が正しさ(=空気?)を前に沈黙し思考を停止することで均質化し一体化し”肉の海”と化す、ディストピアを思わせる2730年の未来を舞台に、原始時代から転生を繰り返し、その未来に向かう流れを変えるべく「外すための予言」を唱えてきた最後の人間であるGenius Lul Lul(GL)を一生さんが演じる舞台で、小説家の上田岳弘さんの著書の内容をベースに演出家の白井晃さんと高橋さんとダンサーの橋本ロマンスさんが議論し共に創り上げた作品です。
ステージには無数の白いキューブが配置され、GLがそれに登ったりダイブしたり投げ散らかしたりするのですが、ストーリー含め、解釈は見る側一人一人に委ねられていおりそのキューブが何を意味するのかも明かされていません。わたしもまだ十分に咀嚼できていませんが、「情報」、或いは「文明」なのかな?と思いました。

「負」の側面が取り沙汰されがちな技術革新
幸福を中心とした経済と共に発展を遂げるには…

最近では、SNSを中心に近年の情報通信技術(ICT)が人々の生活や人生、社会にもたらす「負」の側面がクローズアップされる傾向があります。ICTに限らず、18世紀の産業革命からの技術革新が、経済成長を目指すグローバルな資本主義と相乗し、効率性や生産性を推し進めることで持続性に乏しい状況を生み出しているのではないかという考えも表れています。昨年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でクラウス・シュワブ会長は、「グレート・リセット」の言葉を掲げ、人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだと主張されました。

「脱成長」という社会思想を耳にする機会も増えました。21世紀初頭に仏経済哲学者セルジュ・ラトゥーシュ氏らが提唱した新しい社会のあり方で、グローバル資本主義の弊害を教訓に、これまでの大量生産/消費の社会から脱却し、ウェルビーイング(幸福)を優先させた持続可能で地域に根ざした経済・政治活動への移行を目指す考えです。”人新世の「資本論」”がベストセラーとなった経済思想家の斎藤幸平さんの影響力もあり、日本の若い世代にもこの思想が広がっているようですね。技術革新も大きく加担した近代の経済発展と引き換えに失われたかつての暮らしの健全な部分を取り戻すような考えではないかと、わたしなりにそう解釈しています。(脱成長の考えにおいても社会をより幸福にするための技術革新は歓迎されると思います。)

一方で、経済活動と環境影響や社会問題との連動を切り離し、幸福な社会の実現を目指す「デカップリング」の考えも浮上しています。貧困に苦しむ開発途上国では経済発展が今後も必要であるとの見解から、技術革新によって世界をより良い方向に導くという発想です。
それを具現化するために必要とされるものの一つが「ポジティブ・コンピューティング」です。

人を幸せにするための
ポジティブ・コンピューティングとは?

ポジティブ・コンピューティングとは、「人を幸せにするための情報通信技術」のことです。これまで効率性や生産性の向上を目的としていた技術革新や既存技術の応用を人々のウェルビーイングに向けることで社会全体の利益に貢献することを目指す、技術の新しい捉え方です。
現時点では、昨今必要性が高まる心身のヘルスケアに向けた「トランステック」(Transformative Techonology)がその代表格とされていて、Calmのような瞑想アプリやOura Ringなどのヘルスモニター、対人関係のストレスを解消するためのオンラインカウンセリングサービスなどがあります。トランステックは、脳科学や生体科学、心理学と情報通信技術を組み合わせたサービスや製品を通して、心身の健康、幸福な状態の実現を目指す技術と定義されています。

https://www.calm.com/ja https://ouraring.com/

ただ、ポジティブ・コンピューティング(人を幸せにするための情報通信技術)って、それだけではないと思います。その言葉で語られていなくても既に存在する製品やサービスで、その考えに則ったものがあります。もうこの流れは始まっているのですね。そこで、わたしなりに体系化してまとめてみました!

6つの方向性に見られる
ポジティブ・コンピューティング

作図:筆者

① インクルーシブ ~「バリア」をなくす

戦争による傷病者の増加を背景に米国を起点に世界に広がった、身体的な障がいを持つ人たちの日常生活における困難を取り除くユニバーサルデザインは、昨今のダイバーシティーを受容する社会意識の変化に伴い、「インクルーシブデザイン」(社会的包摂)という言葉に置き換えられています。利益を最優先したマーケティングからこぼれ落ちる所謂マイノリティと称される様々なタイプの人々の都合を考慮したデザインで、SDGsの影響もあり近年は企業の経済活動と両立させる名案も生み出されています。
その中でもわたしが個人的にこれは優れたデザインだ!と感じるのが、マイクロソフトが2018年に発売した「Xbox Adaptive Controller」です。

https://www.xbox.com/ja-JP/accessories/controllers/xbox-adaptive-controller

プログラム可能な2つの円形ボタンや大きめの十字キーで構成されるコントローラーで、各自の身体ニーズに応じて様々な入力機器を接続できるように側面には拡張用の端子が多数設けられています。ゲームの仮想空間上ではプレイヤーの障がいの有無はわからないので、公平、且つ先入観や偏見なく楽しめそうですね。マイクロソフトは今年、PC作業用の「Adaptive Mouse」なども発表していてこの領域に力を入れています。同社のゲーム機やPCの新規ユーザー獲得にも繋がりますし、社会貢献型のビジネスとして良い取り組みだと思います。

情報通信技術を応用したインクルーシブデザインは、一般の方が行うケースもあるようです。ボランティア活動を行うLA在住のヨガインストラクターAshley Sundquistさんは、ホームレスの人たちが寒さを凌ぐためのシェルターの場所を検索できるようにした支援スポットマップを「Googleマップのリスト機能」を活用して作成しています。

https://www.instagram.com/unabashedly/
https://www.localguidesconnect.com/t5/General-Discussion/You-Can-Help-the-Homeless-with-Google-Maps/td-p/2164714

「既存のアプリ」もアイデア次第で人助けに活かせるのですね。新たに技術開発しなくてもできることが残されていることを示す好例です。(^^)

② ストレス解消

先述のトランステックがこのカテゴリーに属します。瞑想アプリの他に心拍数などの生体情報を計測できるウェアラブルデバイスもありますね。ストレスを自覚することって健康を維持していくためにとても大切だと思います。Fitbitが2020年に発売したスマートウォッチ「Sense」は、手のひらを画面に当てるとストレス度を計測する機能を搭載しています。皮膚電気反応を検知するEDAセンサーが発汗による電気的変化を計測するようです。それを他の生体情報と合算してストレスの度合いを数値化する仕組みです。数値で示されると、休まなきゃって思いますよね。

https://www.fitbit.com/global/jp/products/smartwatches/sense

Apple WATCHの転倒検出機能などは、万が一の備えになるので不安を軽減する点でストレス緩和に貢献しそうです。最近では、入浴中の溺水事故を防ぐための自動排水センサーを搭載した見守りシステム(Lifecare Vision)も開発されています。「レジリエンス」(復元力)に向けたポジティブ・コンピューティングも開発の余地が大いにありそうですね。

③ コミュニティ

社会で生きていくには人との関わりが不可避で、幸福であるためには人との良好な関係を築くことが必要です(不幸をもたらすこともありますが…)。政府が今年行った調査によると、孤独感を感じている人が20~30代に最も多かったようです。最近では、パラレルなどのボイスチャットアプリが若い人たちの間で人気だそうですね。SNS疲れが指摘される中、デジタルコミュニケーションツールも次々と新しいものに代わっていくので付いて行くのが大変です!(´・ω・`;)

生身の人間とのやり取りで幸福になるのがベストですが、パンデミック以降の生活様式の変化でそれが困難になってきている感もありますね。本音で話すことも憚れる傾向にあるので、気軽にチャットできるボットサービスがあると良いのではないかと思っています。
先日、会社の仕事でお世話になっているインターネット関連のサービス開発を行うGizinの小泉彌和さんにお会いし、これまでに手掛けられたユニークな作品をご紹介いただきました。過去にAIチャットボット同士を会話を成立させるシステム開発をされたそうです。そのアイデアを発展させて開発された、画面上で動物の姿をした3体のボットがユーザーと対話するアプリが特に面白いと思いました。それぞれ異なる個性を持つ複数のボットと同時に対話できるシステムがあったら良さそうです。孤独感が軽減されるのではないかと感じました。

https://youtu.be/dEMyRMODu7A

また、学校や職場などの自分の居場所を窮屈に感じている人が、それ以外のコミュニティを持つことで救われたという話も聞きます。
脚本家、CMディレクター、映画監督などの様々な顔を持つ大宮エリー氏が昨年開校したオンライン子供塾「こどもエリー学園」も、ご自身が学生時代にいじめを受けた際に塾の存在が救いになった経験を活かし、子供たちのもう一つの居場所になることを目指して始動されたようです。
クリエイティブな力でレジリエンス(回復力)を養うことを目的に、各界の専門家を招いた特別授業などを開催されているそうです。お子さんが授業を受けている時間を親御さんたちが自分の時間として有効活用してもらうことも推奨しています。学校では出会えない遠方の子供たちとの出会いも視野を広げてくれそうですね。わたしが子供の頃には不可能でしたのでちょっと羨ましいです。

④ 労働負担軽減

AIが人間の仕事を奪うと懸念されていますが、AIには長時間労働の問題を解決するポテンシャルもあるようですね。ひと月の平均労働時間が230時間(法定労働時間は週40時間で月に換算すると160時間)に及ぶとされるアニメ制作者の作業負担を重くしている「アニメのセル画の着色作業をAIが代行するシステム」が開発されたことをニュースで知りました。

https://robotstart.info/2021/01/19/anime-automatic-coloring-ai.html

人工知能の活用によって、人間が創造的な仕事に集中できる社会の実現を目指し、機械学習やディープラーニングで作業効率を向上させるシステムを提供するベンチャー企業のシナモンが今年、アニメ制作会社ギークトイズと共同開発したそうです。このシステムによって、作業時間をこれまでの1/10に短縮させることが可能になったとのこと。現段階では人の手作業を完全再現できないようですが、この取り組みは素晴らしいですね。まさしく社会のためになるポジティブ・コンピューティングです。まぁ、着色技術を磨くために新人さんのうちはAIに頼らない方が良さそうですが…( ˊᵕˋ ;)

そう言えば、「ロボット掃除機」に共稼ぎ夫婦の家事分担の揉め事を解消する効果が見出されていましたね。AIによる作業代行も使い方次第で職場や家庭に平和をもたらすということですね。

⑤ やりたいことを可能にする

今まで出来なかったやりたいことが出来るようになったら嬉しいですよね。それもウェルビーイング(幸福)の実現に大切な視点です。そんな願いを兼ねるのもポジティブ・コンピューティングの役割だと思います。
コロナ禍で対面接客が困難になり、店員さんがオンラインで接客するケースが増えましたが、化粧品メーカーのコーセーは、パンデミック前から美容部員が同社の公式クリエーターとして美容のノウハウを伝授する動画 DECORTÉ Concierge Channel を配信しています。美容部員の○○さんとして「自分らしさ」をアピールできるそうした機会は、普段一括りにされがちな店員さんたちのモチベーションを高めますね。2020年からは、オンライン接客をDXに有効化するSTAFF STARTのサービスを活用した美容部員による投稿も行っているようです。最近はそのように社内インフルエンサーとして販売スタッフ一人一人の個性を活かした情報発信を行う企業も増えているみたいです。

AI同時翻訳機というのがありますが、あれも出来なかったことを可能にしてくれますね。中国深センの新興企業 Timekettleが2020年に発売した「ZERO」はスマホに挿して使う充電不要なAI翻訳機なのですが、こんなに小さいんです。40言語に対応可能だそう。これだったら旅行時の荷物にならないですし、言葉がわからない国に行った時に便利に使えそうです。

https://tabihack.jp/timekettle-zero/

言葉の壁さえなければ友達になれる人もいるでしょうから翻訳機の性能向上は人との交流の可能性を広げそうですね。日本のポケトークもオンライン会議の同時翻訳が可能なポケトーク字幕を展開していますし、本当に便利になりました。

⑥ 環境保全や社会に貢献

マズローの欲求5段階説で著名な米心理学者アブラハム・マズロー氏は、晩年の1960年代に「超越的な自己実現の欲求」を加えました。生存や生活の欲求、個人の生きがいに加え、他人や社会のためになりたいという「利他的な欲求」があることを示しています。近年は、社会的な存在意義を意味する「パーパス」が企業経営においても追求されていますが、マズロー氏の提唱が実感されるまで半世紀掛かりました。SDGsの考えが一般の人々にも浸透するようになって、環境や社会のためになる消費活動を行いたいニーズも増してきました。

ここにもテクノロジーが貢献しています。
認定NPO法人・夢職人は、デジタル通貨を活用し、町の飲食店を子ども食堂として機能させることで、一人親世帯などの経済的な困難を抱える家庭の食を支援する取り組み「Table for Kids」を展開しています。現金給付ではなくポイント付与の形を採っているため他の目的に乱用されることはなく、寄付者も安心して協力できるようです。
また、コロナ禍で経済的な打撃を受けた町の飲食店にとってもメリットがありますね。売り手、買い手、社会に利益のある「三方良し」の取り組みです。

https://tfk.yumeshokunin.org/

「ダイナミックプライシング」(動的価格設定)を導入し、「食品ロス」を削減するスーパーの取り組みも見られます。ダイナミックプライシングは、日本語では動的価格設定と言われ、最近ではサッカーJリーグのチケット料金の設定に採用され始めています。席の良し悪しに応じて価格を変動させ、公平性を保つ試みです。
オランダの大手スーパーAlbert Heijnは、イスラエルのWasteless社が開発した「ダイナミックプライシング棚札」を2019年に試験導入しています。

https://nieuws.ah.nl/albert-heijn-zet-kunstmatige-intelligentie-in-tegen-voedselverspilling/

AIを活用し、消費期限や在庫量、売上履歴、気象などの要素に応じて商品価格を自動変動させる仕組みで、リアルタイムで適切な価格が電子棚札に表示されるようです。通常価格と割引価格が並列表示されるので、消費者はどちらを選ぶかそれを見て判断できます。ついつい後ろに隠してある消費期限が新しいものを引っ張り出して買いがちですが、価格がインセンティブになると新しいものから売り切れることも少なくなりそうですね。お得なら多少古くても良いと考える消費者心理を見事についた発想です。消費者が無意識に食品ロス削減に貢献しているという点も良いですね。

情報通信技術以外のテクノロジーにも
ポジティブな使い道を期待

ポジティブ・コンピューティングは、情報通信技術によって幸福を実現させるものですが、情報通信技術に限らず、機械工学や化学技術など様々なテクノロジーが同様のポテンシャルを持っていると思います。産業革命以降の技術革新は人々の暮らしを「物量的に豊か」にしてきましたが、これからはここに挙げた事例のように社会全体の幸福を視野に「一人一人の暮らしの質を高めるもの」に変わっていくのでしょう。
冒頭で触れた舞台「2020」の最後の人類Genius Lul Lulは、未来を憂い「外すための予言」を唱えてきましたが、もしかしたら「そうなるための予言」としてポジティブな技術の使い道も示唆していたのかもしれません。
SDGsを肯定的に、一つの大きなチャンスとして捉え、こうした取り組みが盛んになると良いです。今後も新たな動きを追っていきたいと思います。

篠崎美絵
トリニティ株式会社 執行役員                    デザインコンサルタント・クリエイティブ・ディレクター
インテリアデザイン事務所でファッションブランドのブティックをはじめとする商業空間の内装設計に従事。ミラノ工科大学にてデザイン戦略のマスターコースを取得後、2003年にトリニティに入社。
デザイン、カルチャー、ライフスタイルの観点から消費者価値観や市場の潜在ニーズを洞察し、具体的な商品/デザイン開発のアイデア創出のためのコンセプトシナリオ策定、及びトレンド分析を行うデザインコンサルティング業務を担当。


https://trinitydesign.jp/

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