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Forget Me Not

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#短編小説

Forget Me Not(第16章)

Forget Me Not(第16章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

 アトリエの床はびりびりに破かれ、もしくはぐしゃぐしゃに丸められた油彩紙で埋められていた。ちょうど紙のストックを切らした時、ロクスケが訪ねてきた。この前贈った絵のお礼と言ってLサイズのピザを5枚と瓶ビールを20本ほど持ってきてくれていた。この手土産は今の私の気分にとって最高のものだった。

 私

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Forget Me Not(第14章)

Forget Me Not(第14章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第14章
 「この前は気分を害するような話をして悪かった。すまない。」
こんな一文から始まる手紙を、私はロクスケ宛に書いた。
ロクスケを家に呼んだ日から5日が経過したが、あの日から私は気が変になっているようだった。

胸の内に留めている間は気分的に楽になるために早く打ち明けてしまいたいと感じるも

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Forget Me Not(第13章)

Forget Me Not(第13章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第13章
 20XX年12月15日。この日の全国紙の一面には、連続して起きた行方不明事件とそれに次ぐ水死体発見の記事が大々的に、しかし冷静に掲載されていた。私はこれまでに何度も、一つの砂粒をも落とさぬ機械のような精密さをもって、徹底してこれを読み込んだ。あるいは、事件現場に残された指紋一つ、血液

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Forget Me Not(第12章)

Forget Me Not(第12章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第12章
 私はキッチンに立ち、ここにやってくる前の自分が何をしようとキッチンへ向かったのかを懸命に思い出そうとしていた。私の息で膨らませたはずの考えが、外部からの光を鈍い虹色に反射しているはずのところ、そうかと思えば意図せぬタイミングでパッと消える。子供じゃああるまいし、自分の考えは自分の金庫

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Forget Me Not(第11章)

Forget Me Not(第11章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第11章
 青葉と墓参りに行く日の朝、私は6時に起き上がってシャワーを浴びた。きちんと歯を磨き、きちんと髭を剃った。そしてきちんとアイロンをかけたシャツとデニムを着て、ヘアワックスで髪を整えた。もう何年も行ってなかった墓参りに対して、これで一応の姿勢は作れただろう。8時には朝食が出来上がっていた

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Forget Me Not(第10章)

Forget Me Not(第10章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第10章
 「どうも、こんばんは。青葉です。ちょっと、一緒に飲みませんか。」
雨粒が屋根を叩く音に混じってインターホン越しに聞こえる声もまた、湿気を帯びていた。
何かしらの期待や希望で織られたソフトな手触りの布に包まれていながらも、そこから漏れ落ちる滴。

こういうものは立ち止まって分析するよう

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Forget Me Not(第9章)

Forget Me Not(第9章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第9章
 天は貪欲に空の瑞々しさを飲み干し、地はほんの僅かなおこぼれによって照らされている。ある日の昼間。とぼとぼと重い足取りで、しかし確かに歩み寄ってくる冬の準備をしていた。冬を越すための暖炉用の薪や保存のきく食糧を手の届くところに集めた。そして、ウィスキーやラム酒も。気が付けば、本数と銘柄を

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Forget Me Not(第8章)

Forget Me Not(第8章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第8章
 手紙が届いた。手触りの良い白色の封筒、装飾はなし。宛名は「日向理仁」で、差出人は宝生青葉。久しぶりに目にする名前だった。
それは唐突にやってきた。私にとっては。
しかし、私の生活に亀裂を入れようとする矢尻のついたものではなさそうだということが感じられる手紙。

 テラスに出た。楽しかっ

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Forget Me Not(第7章)

Forget Me Not(第7章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第7章
 過去の記憶というものは、大切なものも目を背けたいものもみなドリップされ、各時代において象徴的な、また印象的な出来事が抽出されていく。
雑味は取り除かれ、人生に潤いをくれる酸味や苦味が滴り落ちる。

かつて交際していた女性との日々もノイズは取り払われ、将来の不安について話をした夜の公園で

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Forget Me Not(第6章)

Forget Me Not(第6章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第6章
 眠りの中で夢を見ていた。
 「おいおい。なんてことだ」
 あまりの不可思議さに笑ってしまう。笑ってしまう?いや、笑えない。真顔で、正面の本棚を見つめる。夢の話だと完全にわかっていながらも深い後悔の海に顔を突っ込んで、抜け出せないような気になっている。息ができないし、吹き出物に塩が染みて

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Forget Me Not(第5章)

Forget Me Not(第5章)

これは何?
 絵を描けなくなった画家である日向理仁を中心に、湖畔で起きた失踪事件の解明を試みるお話。

第5章
「ココアを作ろうか」
「私たちのには牛乳とお砂糖たっぷりでお願い。あと、クリームもね」
「ああ、とっても美味しくするよ。持っていくから、テラスで待ってて」

そう言って私は、冷蔵庫から牛乳とクリームを取り出した。クリームは奥に押し込まれていて気が付かなかったが、消費期限が今日までだった。

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