あらすじ 研究員の基一と元舞台女優の妻は、価値観や感性がまるでちがう夫婦。それでも互いに、最も自分らしくいられる相手だと感じ強く惹かれ合っている。周囲には絶対…
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。 第四話 マニキュアの爪に息をかける。 日なたの縁側で太陽に指をかざしてみる。息よりも早く乾くかもし…
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。 第三話 二年前ユリエちゃんと一緒に行った隣町のキャバクラは、たしかにお給料も良くて、来るお客さんもク…
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。 第二話 そして山茶花の垣根に囲われた庭を見る。 名前の知らない木々が日光を浴びて生えている。カラー…
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。 あらすじ 唯一の身寄りの祖母が亡くなって以来、わたしはいつも住むところを探していた。 一緒に暮らし…
最終話(第十二話) あの男は決して雲の群れにはなじまないだろうと思う。 ひとりで立ち、ひとりで進み、あるいはひとりで停滞することのできる芯を持っている。立ち姿…
第十一話 従来の放熱性の一.三倍にはなるだろうと、開発担当者は得意そうに発言した。近い将来には一.七倍程度までは実現可能だという。 「さらなる軽量化、小型化をめ…
第十話 林田夫人との友人関係がこじれたわけではないようで、それから妻は予定通り陶芸教室に通い始めた。木曜の午後二時から四時までだったから基一が仕事に行っている…
第九話 それから、月日は穏やかに過ぎていった。 仕事は大まかな設計が仕上がりあとは実地に落とし込むための最終的なデータ収集と調整作業を繰り返すだけでほぼ毎日定…
第七話 それを見たとき、地表が揺らいだ気がした。 ビデオカメラだった。 ダイニングテーブルに乱雑に散らばったCDケースの間に無造作に置かれていた。その日も基…
第八話 妻はネットで盗撮用カメラを三台購入した。そして、アングルを調整しながらリビングダイニングの片隅にそれぞれ取り付けた。二階にある基一のノートパソコンでモ…
第六話 結婚を決めたとき、どうして彼女なのかと何人もに言われた。 絶対うまくいかない、長続きしない、価値観が合わなすぎる、とときに冗談半分に、ときに警告のよう…
第五話 それからしばらく残業が続き、帰宅が深夜になることが多くなった。帰ると、音楽をかけながらソファで妻が転寝している。またはネットフリックスで映画を見ている…
第四話 妻が帰ってきたのは十時をすぎていた。 疲れているようだった。 「何か食べる? 蕎麦があるけど」 基一はソファに座り込んだ妻に話かける。妻は無言で首を横…
第三話 ひとりになりまずテレビをつける。旅番組の再放送をかけながらコーヒーカップを片づける。余ったマカロンをつまみ五客のカップを洗う。Aは一度も目を合わせな…
第二話 週末、妻の友人が数人、家にやって来た。 彼らは雲のようだと基一はいつも思う。 ふわふわとしてつかみどころがないということのたとえとしてはすこぶる陳腐…
慧
2024年6月9日 23:07
あらすじ 研究員の基一と元舞台女優の妻は、価値観や感性がまるでちがう夫婦。それでも互いに、最も自分らしくいられる相手だと感じ強く惹かれ合っている。周囲には絶対にうまくいくはずないと思われていたが、ふたりの結婚生活は穏やかで幸せに満ちていた。ただひとつ、ふたりの性的関係を除いては。 あるとき妻の友人が基一たちの家に泊まりに来る。妻が先に寝入ってしまった後、基一はその妻の友人と関係を持ってしまう。
2024年6月23日 09:23
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。第四話 マニキュアの爪に息をかける。 日なたの縁側で太陽に指をかざしてみる。息よりも早く乾くかもしれない。伸びた爪にベリーレッドが良く似合う。 マニキュアは洗剤よりも選びやすい。好きな色とビンのかたちで選べばいい。 片足を縁の下にぶら下げ、もう片方の足を縁側の敷居に立て、ペディキュアを塗る。床下からのひんやりした空気が裸のふくらは
2024年6月23日 09:19
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。第三話 二年前ユリエちゃんと一緒に行った隣町のキャバクラは、たしかにお給料も良くて、来るお客さんもクラブ〈花〉よりも上品でお金持ちの人が多かった。その代わり着るドレスやアクセサリーもそれなりのものを身につけるように言われていたので、そしてそれらは同じオーナーが経営するショップで買うように言われていたので、お給料の大半はそれで消えてしまっ
2024年6月23日 09:03
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。第二話 そして山茶花の垣根に囲われた庭を見る。 名前の知らない木々が日光を浴びて生えている。カラー写真の載った最新版の植物図鑑を買おうかな、と考える。縁側に座ったわたしは体をひねり壁に引っ掛けたピンクファーのハーフコートを見る。社長の置いていった何枚かの一万円札はそのまま四つに折ってハーフコートの内ポケットにしまいこんだ。「好きなもの
2024年6月23日 09:00
*イラストはミカスケさんです。いつもありがとうございます。あらすじ 唯一の身寄りの祖母が亡くなって以来、わたしはいつも住むところを探していた。 一緒に暮らしてくれる人なら誰でもよかった。いろんな人と暮らした。 好きな人もいたし、嫌いな人もいた。 大勢で住んだり、知らない人と住んだりもした。ねこばばされないようにお財布は枕に入れて寝た。誰かが男にもらった外国物の美容液をこっそり使って殴られ
2024年6月16日 18:07
最終話(第十二話) あの男は決して雲の群れにはなじまないだろうと思う。 ひとりで立ち、ひとりで進み、あるいはひとりで停滞することのできる芯を持っている。立ち姿を見ればわかる。背が高く、整った顔立ちは、まるで俳優のようだった。無造作に束ねた長い髪のその乱れ落ちたかたちさえもスタイリストに演出されたかのようにできすぎている。 陶芸家が作業台からひとつの陶器を手にとり、妻に向かって何かを言う。
2024年6月16日 18:03
第十一話 従来の放熱性の一.三倍にはなるだろうと、開発担当者は得意そうに発言した。近い将来には一.七倍程度までは実現可能だという。「さらなる軽量化、小型化をめざし、他社との差別化を図りたいと思っている。これは間違いなくわが社の主力となるだろう」 プロジェクトリーダーとなる部長が言った。計算上一.三倍だとしても実際には現実的なファクターによって一.二倍、一.一倍、下手したらほとんど変わらないと
2024年6月16日 18:00
第十話 林田夫人との友人関係がこじれたわけではないようで、それから妻は予定通り陶芸教室に通い始めた。木曜の午後二時から四時までだったから基一が仕事に行っている間だったが、帰ってくると土の成形や色付けの楽しさなどをはしゃいで話して聞かせ、楽しく通っていることを知る。ロックを聴かなくなった。かわりに中世のバロック音楽やピアノ独奏を流す。「土をいじってると世界を作っているような気がする」 妻は言っ
2024年6月12日 21:42
第九話 それから、月日は穏やかに過ぎていった。 仕事は大まかな設計が仕上がりあとは実地に落とし込むための最終的なデータ収集と調整作業を繰り返すだけでほぼ毎日定時に帰宅することができ、季節は、地球の公転と自転による順当な変化を見せていった。梅雨に入ると陰鬱で肌寒い日が続き、いったんしまった石油ストーブを引っ張り出して火を入れた。基一と妻は並んでソファに座り、小さくした炎を見つめた。雨の音を聞く。
2024年6月12日 21:36
第七話 それを見たとき、地表が揺らいだ気がした。 ビデオカメラだった。 ダイニングテーブルに乱雑に散らばったCDケースの間に無造作に置かれていた。その日も基一はBと大宮のホテルで会っていた。日付けが変わる前に部屋を出て、Bを駅に送り、高速道路を飛ばして帰ってきたのだ。残業で遅くなるとあらかじめ伝えていた。妻は珍しく二階で眠っていた。 液晶モニターが開きっぱなしになっている。ACアダプターも
2024年6月12日 21:30
第八話 妻はネットで盗撮用カメラを三台購入した。そして、アングルを調整しながらリビングダイニングの片隅にそれぞれ取り付けた。二階にある基一のノートパソコンでモニターし、何度もその画像をチェックする。光量が足りない、と言う。照明やレフ板置くわけにいかないし、と部屋中に真白いカーテンを下げた。 基一はBに来ないようにメールした。 Bも承知した。 しかし、Bは土曜の午後やってきた。「忙しいって
2024年6月10日 20:23
第六話 結婚を決めたとき、どうして彼女なのかと何人もに言われた。 絶対うまくいかない、長続きしない、価値観が合わなすぎる、とときに冗談半分に、ときに警告のように、ときに怒りまぎれに言われた。 妻は基一の会社に契約社員として雇われていた。しかし、従業員として、いや、社会人として彼女は全く無能だった。なぜ雇われたのか不思議だった。人事の手違いなんじゃないかと噂され、実際そうだったという話も聞いた
2024年6月10日 20:20
第五話 それからしばらく残業が続き、帰宅が深夜になることが多くなった。帰ると、音楽をかけながらソファで妻が転寝している。またはネットフリックスで映画を見ている、または映画をかけながら眠っている。基一は妻に毛布を掛け、音量を下げ地上波テレビに切り替える。作り置きの夕食を一人で食べ、風呂に入って、妻を連れて二階へ行き、並んで眠った。朝は妻がまだ寝ているうちに出かける。帰ってくるとまた妻は眠っているか
2024年6月10日 20:15
第四話 妻が帰ってきたのは十時をすぎていた。 疲れているようだった。「何か食べる? 蕎麦があるけど」 基一はソファに座り込んだ妻に話かける。妻は無言で首を横に振った。「じゃあ何か飲む?」「いらない。ねぇキイチ」 妻は基一に向かって両手を差し出した。基一はその両腕の間にはいりこむように妻の隣に座った。妻は基一の首に両腕を絡ませ首筋に自分の頬を押し付けた。ひんやりと冷たく、一瞬身震いする
2024年6月9日 23:30
第三話 ひとりになりまずテレビをつける。旅番組の再放送をかけながらコーヒーカップを片づける。余ったマカロンをつまみ五客のカップを洗う。Aは一度も目を合わせなかったな、と基一はふと思う。話しかけられることもなかった。嫌われているのかもしれない。いや、それは自意識過剰と言うものだろう。興味がないのだ。わかる気がする。基一もまた彼に、彼らに興味はない。 ブザーが鳴る。 林田です、回覧板です、と玄
2024年6月9日 23:17
第二話 週末、妻の友人が数人、家にやって来た。 彼らは雲のようだと基一はいつも思う。 ふわふわとしてつかみどころがないということのたとえとしてはすこぶる陳腐ではあるが、やはり基一には雲のようだと思えた。たとえば学生時代の女子学生たち本社にいたときの女子社員たちなどかつて身近に存在していた群などは、たしかにあるかたまりのように感じられはしたが、もっと色も質感も確からしさがあった気がする。 彼