小説。文芸に関する文章。ほか。 小説は読むのも、書くのも好きです。音楽も好きです。映…

小説。文芸に関する文章。ほか。 小説は読むのも、書くのも好きです。音楽も好きです。映画も好きです。面白いものが読みたい、面白いものが書きたいと切望してやみません。自分の作品の映像化が夢です。丁寧に、ていねいに、豊かな空気のある物語世界をつくろうと心がけてます。

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【恋愛小説】「発火点」第一話

あらすじ 研究員の基一と元舞台女優の妻は、価値観や感性がまるでちがう夫婦。それでも互いに、最も自分らしくいられる相手だと感じ強く惹かれ合っている。周囲には絶対にうまくいくはずないと思われていたが、ふたりの結婚生活は穏やかで幸せに満ちていた。ただひとつ、ふたりの性的関係を除いては。  あるとき妻の友人が基一たちの家に泊まりに来る。妻が先に寝入ってしまった後、基一はその妻の友人と関係を持ってしまう。以来、ずるずると不倫関係を続ける基一。  妻は、基一と友人の関係を知っていた。最

    • 【恋愛小説】「発火点」最終話(第十二話)

      最終話(第十二話) あの男は決して雲の群れにはなじまないだろうと思う。  ひとりで立ち、ひとりで進み、あるいはひとりで停滞することのできる芯を持っている。立ち姿を見ればわかる。背が高く、整った顔立ちは、まるで俳優のようだった。無造作に束ねた長い髪のその乱れ落ちたかたちさえもスタイリストに演出されたかのようにできすぎている。  陶芸家が作業台からひとつの陶器を手にとり、妻に向かって何かを言う。  妻は別の何かを見ていて、振り返りもしない。聞こえないふりをしているのか、聞こえて

      • 【恋愛小説】「発火点」第十一話

        第十一話 従来の放熱性の一.三倍にはなるだろうと、開発担当者は得意そうに発言した。近い将来には一.七倍程度までは実現可能だという。 「さらなる軽量化、小型化をめざし、他社との差別化を図りたいと思っている。これは間違いなくわが社の主力となるだろう」  プロジェクトリーダーとなる部長が言った。計算上一.三倍だとしても実際には現実的なファクターによって一.二倍、一.一倍、下手したらほとんど変わらないということだってあり得る、机上の空論だ、と基一は思う。 「なにか意見が?」  部長

        • 【恋愛小説】「発火点」第十話

          第十話 林田夫人との友人関係がこじれたわけではないようで、それから妻は予定通り陶芸教室に通い始めた。木曜の午後二時から四時までだったから基一が仕事に行っている間だったが、帰ってくると土の成形や色付けの楽しさなどをはしゃいで話して聞かせ、楽しく通っていることを知る。ロックを聴かなくなった。かわりに中世のバロック音楽やピアノ独奏を流す。 「土をいじってると世界を作っているような気がする」  妻は言った。 「大げさだね」 「基一もやってみればわかるよ。神様が七日で世界を作って、最

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        【恋愛小説】「発火点」第一話

          【恋愛小説】「発火点」第九話

          第九話 それから、月日は穏やかに過ぎていった。  仕事は大まかな設計が仕上がりあとは実地に落とし込むための最終的なデータ収集と調整作業を繰り返すだけでほぼ毎日定時に帰宅することができ、季節は、地球の公転と自転による順当な変化を見せていった。梅雨に入ると陰鬱で肌寒い日が続き、いったんしまった石油ストーブを引っ張り出して火を入れた。基一と妻は並んでソファに座り、小さくした炎を見つめた。雨の音を聞く。聞きながら斜面に広がる田植えを終えたばかりの水田に丸い水紋が次々生まれるのを空想

          【恋愛小説】「発火点」第九話

          【恋愛小説】「発火点」第七話

          第七話 それを見たとき、地表が揺らいだ気がした。  ビデオカメラだった。  ダイニングテーブルに乱雑に散らばったCDケースの間に無造作に置かれていた。その日も基一はBと大宮のホテルで会っていた。日付けが変わる前に部屋を出て、Bを駅に送り、高速道路を飛ばして帰ってきたのだ。残業で遅くなるとあらかじめ伝えていた。妻は珍しく二階で眠っていた。  液晶モニターが開きっぱなしになっている。ACアダプターもつないだままだ。  手に取ってみる。  軽い気持ちだった。  映っていたのは、ダ

          【恋愛小説】「発火点」第七話

          【恋愛小説】「発火点」第八話

          第八話 妻はネットで盗撮用カメラを三台購入した。そして、アングルを調整しながらリビングダイニングの片隅にそれぞれ取り付けた。二階にある基一のノートパソコンでモニターし、何度もその画像をチェックする。光量が足りない、と言う。照明やレフ板置くわけにいかないし、と部屋中に真白いカーテンを下げた。  基一はBに来ないようにメールした。  Bも承知した。  しかし、Bは土曜の午後やってきた。 「忙しいって言ってたのに無理矢理来てもらっちゃってごめんね」  妻がそう言い、強引に呼び出さ

          【恋愛小説】「発火点」第八話

          【恋愛小説】「発火点」第六話

          第六話 結婚を決めたとき、どうして彼女なのかと何人もに言われた。  絶対うまくいかない、長続きしない、価値観が合わなすぎる、とときに冗談半分に、ときに警告のように、ときに怒りまぎれに言われた。  妻は基一の会社に契約社員として雇われていた。しかし、従業員として、いや、社会人として彼女は全く無能だった。なぜ雇われたのか不思議だった。人事の手違いなんじゃないかと噂され、実際そうだったという話も聞いた。まず簡単な事務処理に驚くほど時間がかかった。電話応対を怖がっていたし、挨拶もろ

          【恋愛小説】「発火点」第六話

          【恋愛小説】「発火点」第五話

          第五話 それからしばらく残業が続き、帰宅が深夜になることが多くなった。帰ると、音楽をかけながらソファで妻が転寝している。またはネットフリックスで映画を見ている、または映画をかけながら眠っている。基一は妻に毛布を掛け、音量を下げ地上波テレビに切り替える。作り置きの夕食を一人で食べ、風呂に入って、妻を連れて二階へ行き、並んで眠った。朝は妻がまだ寝ているうちに出かける。帰ってくるとまた妻は眠っているか寝ぼけていて、ほとんど会話らしい会話をかわさずにいた。  ある日、帰ると、リビン

          【恋愛小説】「発火点」第五話

          【恋愛小説】「発火点」第四話

          第四話 妻が帰ってきたのは十時をすぎていた。  疲れているようだった。 「何か食べる? 蕎麦があるけど」  基一はソファに座り込んだ妻に話かける。妻は無言で首を横に振った。 「じゃあ何か飲む?」 「いらない。ねぇキイチ」  妻は基一に向かって両手を差し出した。基一はその両腕の間にはいりこむように妻の隣に座った。妻は基一の首に両腕を絡ませ首筋に自分の頬を押し付けた。ひんやりと冷たく、一瞬身震いする。雨に濡れた髪が基一の顎先をくすぐった。 「風呂に入ったら。風邪ひくよ」  そう

          【恋愛小説】「発火点」第四話

          【恋愛小説】「発火点」第三話

          第三話  ひとりになりまずテレビをつける。旅番組の再放送をかけながらコーヒーカップを片づける。余ったマカロンをつまみ五客のカップを洗う。Aは一度も目を合わせなかったな、と基一はふと思う。話しかけられることもなかった。嫌われているのかもしれない。いや、それは自意識過剰と言うものだろう。興味がないのだ。わかる気がする。基一もまた彼に、彼らに興味はない。  ブザーが鳴る。  林田です、回覧板です、と玄関扉の向こうからこもった声が聞こえた。「どうも」と答えたが、立ち去る気配がなくし

          【恋愛小説】「発火点」第三話

          【恋愛小説】「発火点」第二話

          第二話 週末、妻の友人が数人、家にやって来た。  彼らは雲のようだと基一はいつも思う。  ふわふわとしてつかみどころがないということのたとえとしてはすこぶる陳腐ではあるが、やはり基一には雲のようだと思えた。たとえば学生時代の女子学生たち本社にいたときの女子社員たちなどかつて身近に存在していた群などは、たしかにあるかたまりのように感じられはしたが、もっと色も質感も確からしさがあった気がする。  彼らは基一たちの家に入るなり、この青ペンキかわいいよね、黒板やっぱりシュール、ヤン

          【恋愛小説】「発火点」第二話

          【恋愛小説】「傾いでます」最終話(11)

          最終話(11) 結局人はかたちのないものなど愛せない、そう思い、だから多佳子は出向いた。  火葬場の中へは入らず、駐車場の隅に停めた自分の車の傍らに立ち、近代的な建物のその上空の青い晴れ渡った空を見つめていた。建物の向こうの深緑の森からけたたましく鳴く蝉の声が聞こえてくる。駐車場に塗り込められたやけに黒々としたアスファルトが直射日光に炙られている。風のない景色が熱で揺らぐ。あまりの暑さに現実感を失う。  煙になって空に溶けていくところを見届けようと思ってきたのだが、想像して

          【恋愛小説】「傾いでます」最終話(11)

          【恋愛小説】「傾いでます」第十話

          第十話 ゴウの携帯から着信が入ったのは、翌日のことだった。  声も、ゴウにそっくりだった。  意識が回復したのかと思うよりむしろ時間が遡ったような錯覚に陥いり、地平がゆがんだ。 ――かたぎりごうの弟です。  電話の声は言った。  病院で見かけたゴウに似たスーツ姿の若い男、二十代後半に見えたそのひとが、しかしすでに三十歳になっているゴウの弟であっても不思議ではないと気づく。そうか、ゴウはいま、三十歳なのか、と思う。 ――先日はお見舞いありがとうございました。警察から兄の携帯を

          【恋愛小説】「傾いでます」第十話

          【恋愛小説】「傾いでます」第九話

          第九話「先にシャワー浴びる?」  ことの後、夫が言った。多佳子は首を振る。もう少しこのままでいたい、と言ったらなんて言うだろう。 「じゃあ、先に入るよ」  ベッドから出て行く夫を、しかし多佳子は引き止めない。夫は「おやすみ」と多佳子の額にキスをして離れていく。シャワーを浴びた後はそのまま自分の部屋へ戻るのだ。夫の後にシャワーを済ませる多佳子もまたそのまま自分の部屋に戻る。いつものことだ。 「ねえ」  ドアを開けようとする夫の背に多佳子は問いかける。夫がふりむく。 「子ども欲

          【恋愛小説】「傾いでます」第九話

          【恋愛小説】「傾いでます」第八話

          第八話「寝込んでたんだって?」  鴨せいろをつつきながら藤木が言った。 「夏風邪?」  ふふんと笑いながら多佳子を覗き見る。 「違うよ、ちょっと疲れが出ただけ」  遅れて運ばれてきたひやしたぬきの膳を前に、手を合わせながら多佳子は言った。 「それで?」 「何が」 「昔の男はどうだったの」 「……うん」  ごめん訊くべきことじゃなかったね、と藤木は黙り込んだ多佳子に真面目な顔で言った。 「ううん、いいよ」  多佳子は小さく微笑んだ。 「なんかね、全然変わってなかった。八年前と

          【恋愛小説】「傾いでます」第八話