小説。文芸に関する文章。ほか。 小説は読むのも、書くのも好きです。音楽も好きです。映…

小説。文芸に関する文章。ほか。 小説は読むのも、書くのも好きです。音楽も好きです。映画も好きです。面白いものが読みたい、面白いものが書きたいと切望してやみません。自分の作品の映像化が夢です。丁寧に、ていねいに、豊かな空気のある物語世界をつくろうと心がけてます。

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【恋愛小説】「発火点」第一話

あらすじ 研究員の基一と元舞台女優の妻は、価値観や感性がまるで違う夫婦。それでも互いに最も自分らしくいられる相手だと強く惹かれ合っている。二人の結婚生活は穏やかで幸せに満ちていた。ただ、二人の性的関係を除いては。  あるとき、基一は妻の友人と関係を持ってしまう。以来、ずるずると不倫関係を続ける基一。  妻は、基一と友人の関係を知っていた。最初に関係を持った時、妻は寝たふりをして二人の行為を盗撮していたのだ。妻は、友人を抱いたときの基一の表情にのみ欲情できるという。もういちど

    • 【恋愛小説】「住む女」第十一話・終章

      第十一話 傷は浅かったらしい。血もすぐに止まったし、病院には行かず消毒してガーゼあてて包帯しておいたとニッポリは言った。翌日には社長が自分で引き剥がして捨てたと言った。傷跡もたいして残っていない、と。  あれから社長はこの家には来ない。  日本にいないのだと言う。上海に行って投資ファンドというのを始めて、にんにく倉庫やら宅配会社やらを買い占めて売り飛ばしているのだという。この土地でやっていた仕事のすべてをニッポリに任せ(ニッポリはそれを不動産業だけに整理するらしい)、おそ

      • 【恋愛小説】「住む女」第十話

        第十話 女は昆布茶をすする。 「ああおいし」  女は茶碗を座卓に下ろし、わたしの顔を見つめ、肩をすくめて微笑んだ。 「そんな顔しないでよ。大丈夫よ」 「どんな顔しているか分からないし、何が大丈夫なのかも分かりません」  わたしはむっとして横を向く。 「あなたも飲んだら。昆布茶」  女はわたしがいれた昆布茶の茶碗をまるで自分がもてなしているみたいに差し出す。わたしはますます苛立って、乱暴にその茶碗を取り上げ、ずずずずと音を立てて飲んでみた。 「誰も私をこの家から引き離したり

        • 【恋愛小説】「住む女」第九話

          第九話「上海に行く」  社長が言った。ああそうですか、と思ったので、 「ああそうですか」 と言う。 「十日間くらいになるだろう」 「ええ」 「オマエもういいよ」 「ええ」  うなずいてから何が良いのかと、社長の顔を見た。社長はわたしから目をそらす。 「いいって?」 「もう好きにしていいから」  何かまだよく分からず、首をかしげる。考えるけど、何をどう考えていいのかよく分からない。 「帰ってくるまでに、ここから出ていけ」  社長はそう言って、立ち上がり、どすどすと廊下を歩き

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        【恋愛小説】「発火点」第一話

          【恋愛小説】「住む女」第八話

          第八話 その女は言った。この家に住む女だと言った。座卓の前に膝を崩し、上半身を斜めにして、つっぱった片手でその細いからだを支えて、余った片手で煙草を吸いながらそこにいた。わたしは女の後ろでつっ立ったまま女のつむじを見つめていた。 「ねぇ、昆布茶が飲みたいわ」  女が言った。からだをよじり、斜めにわたしを見上げる。 「茶だんすにあるでしょう。昆布茶」  茶だんすか、と思い、わたしは茶だんすを開けてみる。茶碗や急須と一緒に茶筒が三つある。ひとつずつふたを開けて確かめてみたけれ

          【恋愛小説】「住む女」第八話

          【恋愛小説】「住む女」第七話

          第七話 その夜、社長はめずらしくお酒を飲んでいた。 「遠慮するなよ」  玄関の引き戸を勢いよく開けた社長は、ニッポリの肩につかまりながらそう言う。玄関の土間から廊下の床はニッポリの膝の高さくらいあって、だから廊下に立つわたしと土間に立つニッポリの目の高さは同じくらいにあった。ニッポリはちらとわたしを見て、そのなれない視線の高さに苛立つように横を向く。社長はニッポリを突き飛ばしながら框に上がり、今度はわたしの肩を抱いた。お酒の匂いのする熱い息が頬に掛かる。 「どうぞ」とわた

          【恋愛小説】「住む女」第七話

          【恋愛小説】「住む女」第六話

          第六話 あさみさんというお友達ができた。  あさみさんの美容室で着物を着付けてもらっているとき、「どこのお店に出てるの?」と声を掛けられたのだ。 「いえ。どこのお店にも出てないです」 「えー。そうなの? てっきりホステスさんかと思ってたよ」  あさみさんの美容室はドラッグストアの向いにある。そのガラス窓に〈着付け〉と書かれているのを見つけたのだった。自分がどんなに工夫してもかたちにならなかった訳がここにきて分かった。着物を着るには着物と帯と帯止めのほかに、紐や、クリップや

          【恋愛小説】「住む女」第六話

          【恋愛小説】「住む女」第五話

          第五話 階段下にわたしの背丈よりも小さな扉があって、開けるとそこには掃除道具が入っていた。コブタ色のごつごつした掃除機と、竹の柄のハタキ、手ぬぐいで作った雑巾、箒。  コンセントを差し込んでごつい四角のボタンスイッチを押すと、コブタ掃除機はボォっと音を立てて小刻みに震えだす。使える。洋室のカーペットに掃除機をかける。畳と廊下は箒で掃く。縁側から集めた塵を落とす。金属製のバケツに水を汲んで灰色の雑巾を浸す。板のように固まっていた平織りの布は黒くなりながら柔らかさを取り戻して

          【恋愛小説】「住む女」第五話

          【恋愛小説】「住む女」第四話

          第四話 マニキュアの爪に息をかける。  日なたの縁側で太陽に指をかざしてみる。息よりも早く乾くかもしれない。伸びた爪にベリーレッドが良く似合う。  マニキュアは洗剤よりも選びやすい。好きな色とビンのかたちで選べばいい。  片足を縁の下にぶら下げ、もう片方の足を縁側の敷居に立て、ペディキュアを塗る。床下からのひんやりした空気が裸のふくらはぎに当たる。太陽の光はただただ暖かくて、塗られていく足の爪からシンナーの匂いが立ち上る。エナメルがつややかに輝く。くつぬぎ石の向こうを雀を

          【恋愛小説】「住む女」第四話

          【恋愛小説】「住む女」第三話

          第三話 二年前ユリエちゃんと一緒に行った隣町のキャバクラは、たしかにお給料も良くて、来るお客さんもクラブ〈花〉よりも上品でお金持ちの人が多かった。その代わり着るドレスやアクセサリーもそれなりのものを身につけるように言われていたので、そしてそれらは同じオーナーが経営するショップで買うように言われていたので、お給料の大半はそれで消えてしまっていた。  あるとき、おろしたての赤いサテンのドレスにピンクファーのハーフコートを着て出勤したら、ソファやテーブルやフラワーベースがそこら

          【恋愛小説】「住む女」第三話

          【恋愛小説】「住む女」第二話

          第二話 そして山茶花の垣根に囲われた庭を見る。  名前の知らない木々が日光を浴びて生えている。カラー写真の載った最新版の植物図鑑を買おうかな、と考える。縁側に座ったわたしは体をひねり壁に引っ掛けたピンクファーのハーフコートを見る。社長の置いていった何枚かの一万円札はそのまま四つに折ってハーフコートの内ポケットにしまいこんだ。「好きなものを買え」と社長は言った。  暇つぶしに散歩に出て、近くに図書館があることを知る。  そうだ、図書館で最新版植物図鑑を借りよう。図書館にはた

          【恋愛小説】「住む女」第二話

          【恋愛小説】「住む女」第一話

          あらすじ  唯一の身寄りの祖母が亡くなって以来、わたしはいつも住むところを探していた。  一緒に暮らしてくれる人なら誰でもよかった。  大勢で住んだり、知らない人と住んだりもした。好きな人もいたし、嫌いな人もいた。  そしてわたしはこの古い家に連れてこられたのだった。  連れてきた男は時々来て、時々、する。するからちょっと納得する。  わたしは家を愛した。住むことができることに愉悦を覚えた。  この家には住む女がいる。女の幽霊。  女のことを話したら、男が狂った。  

          【恋愛小説】「住む女」第一話

          【恋愛小説】「発火点」最終話(第十二話)

          最終話(第十二話) あの男は決して雲の群れにはなじまないだろうと思う。  ひとりで立ち、ひとりで進み、あるいはひとりで停滞することのできる芯を持っている。立ち姿を見ればわかる。背が高く、整った顔立ちは、まるで俳優のようだった。無造作に束ねた長い髪のその乱れ落ちたかたちさえもスタイリストに演出されたかのようにできすぎている。  陶芸家が作業台からひとつの陶器を手にとり、妻に向かって何かを言う。  妻は別の何かを見ていて、振り返りもしない。聞こえないふりをしているのか、聞こえて

          【恋愛小説】「発火点」最終話(第十二話)

          【恋愛小説】「発火点」第十一話

          第十一話 従来の放熱性の一.三倍にはなるだろうと、開発担当者は得意そうに発言した。近い将来には一.七倍程度までは実現可能だという。 「さらなる軽量化、小型化をめざし、他社との差別化を図りたいと思っている。これは間違いなくわが社の主力となるだろう」  プロジェクトリーダーとなる部長が言った。計算上一.三倍だとしても実際には現実的なファクターによって一.二倍、一.一倍、下手したらほとんど変わらないということだってあり得る、机上の空論だ、と基一は思う。 「なにか意見が?」  部長

          【恋愛小説】「発火点」第十一話

          【恋愛小説】「発火点」第十話

          第十話 林田夫人との友人関係がこじれたわけではないようで、それから妻は予定通り陶芸教室に通い始めた。木曜の午後二時から四時までだったから基一が仕事に行っている間だったが、帰ってくると土の成形や色付けの楽しさなどをはしゃいで話して聞かせ、楽しく通っていることを知る。ロックを聴かなくなった。かわりに中世のバロック音楽やピアノ独奏を流す。 「土をいじってると世界を作っているような気がする」  妻は言った。 「大げさだね」 「基一もやってみればわかるよ。神様が七日で世界を作って、最

          【恋愛小説】「発火点」第十話

          【恋愛小説】「発火点」第九話

          第九話 それから、月日は穏やかに過ぎていった。  仕事は大まかな設計が仕上がりあとは実地に落とし込むための最終的なデータ収集と調整作業を繰り返すだけでほぼ毎日定時に帰宅することができ、季節は、地球の公転と自転による順当な変化を見せていった。梅雨に入ると陰鬱で肌寒い日が続き、いったんしまった石油ストーブを引っ張り出して火を入れた。基一と妻は並んでソファに座り、小さくした炎を見つめた。雨の音を聞く。聞きながら斜面に広がる田植えを終えたばかりの水田に丸い水紋が次々生まれるのを空想

          【恋愛小説】「発火点」第九話