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【小説】寂寥村 第6話
「化身」
一行が森から村に戻った時、似多が剛造に詰め寄った。その原因は剛造が一太に銃口を向けたことにあった。
「あんた何てことしたの!」
似多は金切り声を立てた。
「俺は何もしちゃいねぇ」
「聞いたわ! 一太に向けて発砲したって!」
「滅多なこと言うもんじゃねぇ、あの犬ころに向けて放ったまでよ。それも威嚇射撃よ、見ろ! 実際に一太の体には掠り傷ひとつねぇじゃねぇか」
「あんたの撃った弾
【小説】寂寥村 第5話
「遠吠え」
朝の薄明かりが森を照らす中、一本はひとりの少年と共に歩いていた。道中、彼らは森の中心にある開けた場所にたどり着いた。
「ぼく、村のこと嫌いなんだ。みんな怖い顔しているし」
一本は耳を傾ける。一太は剛造ら村人が山賊であることを知らないのだろう。
「父さんも…」
一太は言葉を濁した。一本は彼を慰めるように噛みついていた枯れ葉を払いのけた。
「君は人間の暴力を憎むんだね?」
一
【小説】寂寥村 第4話
「復讐」
江波剛造は気性が荒く、村の荒くれを束ねている。
「俺がこいつで撃ち殺してやる!」
剛造の声は静かだが、その意志に揺るぎないものがあった。その目には、野生の鋭さと、奇妙なほどの悲しみが混在しているかのようだった。
剛造が、手に持っている猟銃をかかげる。
「どうする気じゃ? お前も殺されるぞ!?」
「ぬかせ! 死に損ないの糞じじい」
「誰が死に損ないじゃ! 年寄りを
【小説】アレ 第36話
リングに上がると、彼らの視線はさらに鋭さを増した。ミルフィーユ佐藤は余裕の笑みを浮かべているが、その姿はただの見かけ倒しに過ぎない。
「カーン!」
試合のゴングが鳴ると同時に、彼は猛然とタックルを仕掛けてきた。ぼくは瞬時にそれをかわし、素早く反撃のパンチをくり出した。拳が彼の腹部に深くめり込み、一撃で彼は白目を見せた。
「誰でも出て来い! 俺をリングで潰してみろ」
挑発すると、ビキニパンツ
【小説】寂寥村 第3話
「呪詛返し」
山に戻された一本は新たな環境に適応しようと奮闘しながらも、しばしば村の方を懐かしそうに見つめ、米助との日々を思い出しては、その場所に戻ろうと試みた。ところが、米助がいなくなった今、村はもはや一本にとって同じ場所ではなかった。
犬を疎ましく思っていた一部の村人たちは、自分たちの念願が叶ったと感じ、喜びを隠せなかった。
彼らはこれを祝うかのように昼から酒を呑み始めるほどだった
【小説】寂寥村 第2話
「分かれ」
この日から米助は、一本に毎日栄養満点の食事を与え、丁寧に毛づくろいをした。彼の家はもはや独り身の静けさではなく、一本の柔らかな足音と時折聞こえる嬉しそうな吠え声で満たされていた。
時間が経つにつれ、一本の外見も内面も変わり始めた。毛は徐々にふさふさと生え揃い、目にはかつての、悲しみの代わりに生き生きとした輝きが宿るようになった。米助と一本は、互いに支え合い救い合った。この経験を通
【小説】寂寥村 第1話
「出会い」
寂寥村は山に囲まれ、静かな生活が流れる村だ。時は流れるが、この村の生活は何年も変わっていない。一年中農作業に勤しみ、農耕と牧畜によって自給自足の生活をしている。
この日も、近米助は早朝から稲田で汗を流し、農作業を終えた。
彼は座り込んで一息つくと、
「疲れたわ。腰も痛うて、肩も上がらん。歳には勝てんのう」
晴れた空に白い月が欠けて見えた。
「どれ、帰ろかのぅ」
口笛を
【小説】アレ 第35話
森田稔レスラー編
遠い空の向こうに輝く山が見えた。険しい岩肌に日差しが反射し、眩しさに目を細めた。修行で鍛え上げた拳を、ついに試すときが来た。
久しぶりに人の多く集まる町並みを目にし、少し動揺した。山の生活が長かったせいか、賑やかな音と人々の動きがひときわ騒がしく感じられる。
ぼくは目的地に向かった。でも、途中で、素顔のままではマズイと気づいた。仕方なく、レスラーマスクを買い
【小説】アレ 第34話
オヤジが倒れた。というより、倒された。オヤジと言うのは育ての親で、血の繋がりはない。実の父親は、俺が産まれてすぐに蒸発し、母親は俺を産んで間もなく亡くなったと聞いている。
赤ん坊だった当時の俺は、ボスだったオヤジのもとで育てられた。オヤジは山のことを大切にしていた。だから山を荒らす奴には容赦しなかった。
いつものように、ちょっと驚かすつもりだったらしい。大抵の人間はオヤジの姿を見ただけで
【小説】アレ 第33話
最近、抜け毛が尋常じゃない。風呂場の排水溝が詰まる、詰まる。
乾燥肌にも気を付けねぇといけねぇなぁ。ふけが出る、出る。そんなことより、今夜は月に一度のライブみてぇだから、お洒落して、出かけてみるとすっか…。
俺は、押入れから、服を引っ張り出してきた。どこにやったかなぁ? ここに入れたはずの……。あった! これだこれだ、長い間放っておいたTシャツはかび臭かった。でも今日だけ我慢しよう。
【小説】アレ 第32話
浪速のビックフット
マスコミが連日のように俺のことを取り上げる、取り上げる。やっと俺も一角の人物になれた。
俺のファイトマネーはすべて【こども病院、子ども食堂、児童養護施設】などに寄付している。一人でも多くの子供を助けたい。救われない人の力になりたい。俺に出来ることは戦うことだけだ、ウホホ。
最近はメディアの仕事も増えた、増えた。テレビ、ネットに引っ張りだこ、だこと、多忙、多忙。そ
【小説】アレ 第31話
ここは、老舗の銭湯で、夜の遅くまで営業しているからよく来るのだけど、番台のおばさんは、どうにも無愛想な訳。
ロッカーキーのゴムバンドを手首に巻き付け、ケロリン柄の洗面器を手に取り、かかり湯を済ませて、湯船に浸かった。
「しみるなぁ~」
ここの湯加減は熱めで、僕にはベストで気に入っている。露天風呂は夜空を仰ぎながら入るお風呂は格別で、月が見える夜は贅沢な気分を味わえる。
湯船に、肩まで
【小説】アレ 第30話
映えなきゃ駄目でしょ! 知人に勧められて、月に一度だけ、僕のお店は個性あふれるアマチュアミュージシャンたちが集う憩いの場所に変わる訳。
ライブはいつも大盛況でこの日も大いに盛り上がった。
お客さんも減った頃に、ゴリラが店に入ってきて、マスター、いつものと言いながら、いつものカウンター席に座った。
ゴリラは今日がライブの日だと知っていたみたいで、ベロマークのロゴがプリントされたローリングス
【小説】アレ 第29話
ビックフットの注文が入ると決まって忙しくなる。作ったしりから食べ始めるから、追加注文、追加注文で、他の注文が追い付かなくなる。
僕は遅れてしまった元気バーガーセットをお叱り覚悟でテーブルに運んだ訳。
「お待たせ」
「全然、大丈夫すよ」
厨房の混雑ぶりを説明すると彼は納得してくれた。ビックフットはそんなことなど気にせず、ハンバーガーを口に放り込んで、『くちゃくちゃ』咀嚼音を立てながら、ストロー
【小説】アレ 第28話
木村聡
子供だった時の夢は、大好きなハンバーガー屋さんになることだった。近所のスーパーマーケットの側にあるハンバーガー店。母さんがよく連れて行ってくれた。僕は母さんにわがままを言ってハンバーガーを何個も買ってもらった。『美味しい、美味しい』と言って、吐きそうなくらい食べて、全部吐いた。
でも、あれだけ売り上げに貢献してやったマジデナルドが、最近うちのお店のすぐ傍にオープンして、商売上がった