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【小説】きっかけ 第7話


チューコ:少女のネズミ

 少女のネズミ、チューコは小さな足音を立てながら畦道を進んでいた。
 彼女の心は不安と心配でいっぱいだった。少年のネズミ、チュータロウが巣を出ていったからだ。
「チュータロウ、大丈夫かな…」
 彼女は小さな声で呟いた。チュータロウは強がっていたが、本当はとても怖がっていることを彼女は知っていた。
 チューコは彼と一緒に遊びに来たことのある水車の前にたどり着いた。水車は大きな羽根が夕日に照らされ、静かに回っている。ここは二人のお気に入りの場所だった。彼女は水車の周りを探してみたが、チュータロウの姿はなかった。
「いないわね? ネコキャッチャーなんか持ってどこ行ったのかしら…」
 チューコは小首を傾げ、緩やかに回転する水車を見つめた。
「あー、目が回る…」
「チューコちゃん、心配しないで。チュータロウくんはきっと元気よ」
 木の上から優しい声が聞こえた。見上げると、小鳥のピピが枝に止まっていた。
「こんにちは、ピピ。でも、あの子、弱虫のくせに強がりばかり言って、本当に心配させるんだから」
 チューコはため息をついた。
「そういうところも、彼の魅力かもしれないわね」
 ピピは優しく微笑んだ。チューコは足元に目をやり、足跡を見つけた。
「あ、足跡が…」
 足跡は水車の裏手に続いていた。彼女は驚いた顔をして肩をすくめた。その先には平屋の建物があり、瓦葺きの屋根には黒い鬼瓦が「近寄るな!」と言わんばかりに睨みを利かせていた。
「うわ、ホラー映画みたい」
 チューコはその威圧感に一瞬たじろいだが、足跡をたどり始めた。
「あれはお爺ちゃんが言ってた寿司屋さんね、知らんけど。近づいちゃダメって言われたけど、そう言われると、行きたくなっちゃう性分なのよ」
 少女のネズミは祖父の言いつけを破って、しげしげと近寄る。
 ピピがチューコの肩に飛び乗り、心配そうに彼女を見つめた。
「チューコちゃん、みんな『近づいちゃいけない!』って言ってたわよ。危険なんじゃない?」
「うん、分かってる。でもチュータロウを見つけなきゃ」
 彼女はピピにお礼を言い、さらに歩みを進めた。建物の裏口にたどり着くと用水路に何かが漂っているのを見て驚いた。
「うわぁ、オバケかと思った!」
 彼女は思わず声を出し、身を縮める。しかし、それがただのコンビニのレジ袋だと気づくと、ため息をついた。
 苦笑いを浮かべながら、周りを見渡したが、彼の足跡はここで途切れていた。彼女は肩を落とし、日が沈みかけている空を見上げた。
「帰りが遅くなるとパパに叱られるわ」
 チューコは近くの木によじ登ると、枝の上から大きな声で叫んだ。
「誰かー!コンビニの袋くらい片付けてー」
 夕焼けの色を全身に浴びると、風になびくまつ毛が金色に染まった。
 少女のネズミは木の枝から滑り下りると尻尾を振って、速足で巣に戻った。


 つづく

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