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【小説】きっかけ 第4話

カッパとカエル:2

 
 西の空はオレンジ色から淡い紫色に変わり始めていた。彼らが話をしているうちに、空には一つ、また一つと星が現れ始めた。
「下界にはな、色んな食いもんがあんのよ、俺の名に因んだ食いもんもあるって話だ!」

「因んだ食いもんってなにゲロ?」

「それはな、カッパ巻きってんだ!でもな、それは俺が巻かれてるわけじゃないんだ。みんな勘違いしてるけど、俺は巻かれるのが大嫌いなんだ!」

「じゃあ、なんでカッパって名前がついてるゲロ!」

「それはな、昔あるカッパがきゅうりを抱えて泳いでたら、寿司職人に見つかって、そのきゅうり、巻物にしてみたらどうだ?って言われたんだ。それで試してみたら、意外とウケたんだ。けど、俺たちはそのカッパのことを、きゅうり泥棒って呼んでたんだ!」

 カエルはゲロゲロと笑って、
「カッパ巻きって名前、ちょっと可愛いゲロ」

 カッパは、酒をとくとく注いで、ぐぐっと飲んだ。
「おめぇもやれ!」

 カエルは平盃の酒を流し込んだ後、目を回しながら言った。
「兄貴、オイラは、ケツの穴が小さいゲロ」

 カッパはゲラゲラ笑いながら、カエルに向かって言った。
「おめぇのケツの大きさなんて、どうでもいい。大事なのは、心が広いかどうだ!」

 カエルは恥ずかしそうに、その言葉に納得した。
「そうだね。オイラも心を大きく持つゲロ!」

 カッパはふらふらと立ち上がり、カエルに向かって続けた。
「それにしても、この酒は強いな。俺のケツの穴がどれだけ大きくても、この酒には勝てないよ」

 カエルは顔を真っ赤にしてその場にひっくり返った。その姿を見てカッパは笑いごぼした。
「おめぇは、まだまだ修行が足りねぇな」

 カッパはカエルを起こし、悲しみがよぎった目でカエルを見つめた。そして、手酌でぐっと豪快に飲み干すと、乾し草をかけてやり、空一面の月を眺めながら独酌を始めた。




 明朝、川辺は白くかすんで、深閑としている。カエルはしゃっくりをして唸った。
「頭が痛いゲロ!」
 カッパは苦笑して言った。
「おめぇ、本当に行くのか?いっぱい手紙書けよ」
「吐きそうゲロ!」

 二日酔いで共に顔色は悪かった。カッパは眉をひそめ、腕を組んでカエルを見つめた。
「そんなにゲロゲロ言うな。寂しくなるだろうが!」
 カエルは笑いながら首を振った。
「兄貴、オイラのゲロゲロが懐かしくなるゲロ、きっと」

 カッパは鼻を鳴らし、目の奥が痛むのを感じた。ふらつきながら立木の陰まで歩き、途中、胃がひっくり返る感覚に耐え、立木の隅で嘔吐した。カエルは心配そうに駆け寄り言った。
「げぼったゲロ」
 カッパは顔を背けて川のへりまで歩き、水をくみ取って口をゆすぎ、手の甲で口元を拭ってから微笑み、カエルの頭を軽く叩いた。
「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ!」

 カエルは照れたように、
「ありがとう、兄貴。必ずまた会いに来るゲロ」

 カッパは腕を広げてカエルを抱きしめた。
「おめぇはどこに行っても俺の舎弟だ。いつでも戻ってこい!」

 カエルは涙ぐみながら、カッパの腕の中で小さく頷いた。しばらく抱き合っていたが、やがてカエルは一歩後ろに下がり、くるりと背中を向けて二回飛び跳ねると立ち止まり、カッパの目を覗き込んで黙ったまま前を向き、ちゃぽんと小さな音を立てて遠ざかっていった。

 カッパはその姿を見送りながら、微笑んだ。
「ゲロゲロを忘れるなよ!」

 それから、てくてく祠まで歩いた。そこには妙な文字が刻まれていたが、なぜか読むことができた。「皆既日食に出会う」と書かれている。カッパはしんみりとした表情で物陰まで行き、立木にもたれかかった。

「さて、俺も新しい冒険を探すか!」
 いたずらっぽい目を輝かせた。



 一方、カエルは味探しの旅に出かけた。
 峠から川下に向かって泳ぐと、水は冷たく、しょっぱい味がした。鼻歌を口ずさみ、仰向けになって川の流れに身を任せている。

 やがて、濛々とした霧が晴れ、カエルは川の浅瀬に立ち寄って、餌を探し始めた。

「腹が減っては戦が出来ぬ、ちょうちょうちょうちょう菜の葉にとまれ…ゲッ!臭う、ゲロ」
 彼の敏感な嗅覚が僅かな臭いを感じ取った。不安に駆られたカエルは周囲を見回した。そこで、大きな影を見つけた。それはヘビだった。ヘビはゆっくりとカエルの方へ進んでくる。カエルの心臓はバクバクし、急いで川に飛び込んだ。

「外には七匹の敵がいるって兄貴が言ってたな。よし、迷彩術ゲロ!」
 
 ヘビは、しばらくの間その場をうろついてから、別の方向に進んでいった。カエルはヘビが離れるまで擬態でやり過ごし、泥の付いた体を洗い流した。

「あー、寿命が縮まった!ヘビに睨まれると一貫の終わりゲロ!」
 口をゆがめて、苦笑い。

「これで、また一つ強くなれた気がするゲロ!」
 そして、彼がふと後ろを振り返ると、ヘビが自分よりも巨大なゴム製のヘビにビビって逃げ出すのを目撃した。

「あれ? もしかして、あのヘビ、オイラの味探しの旅よりも、ビビりだったのかな?」

 カエルはクスクス笑った。それから味探しの旅を続けた。

「カエルの歌が、聞こえてくるよ、ゲロ、ゲロ、ゲゲゲ!」
 歌いながら川の流れに身を任せていると、持ち前の嗅覚が、思った以上に反応を示した。

「ゲッ?この臭いは! クンクン、懐かしいゲロ…クンクン、間違いねぇ! これは、ガリゲロ…この、邪魔な、草をのけて、ここを抜ければ…このあたりのはず…」


つづく
 
 
 
 
 

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