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【小説】きっかけ 第3話
カッパとカエル
朝日の柔らかな光が竹やぶを透かして見える。木々の間を通る日差しが、朝露をきらめかせていた。 竹林は青々と生い茂り、川辺に生える草花は風に揺れている。小鳥がさえずり、 カエルが水面を跳ねて、波紋が広がる。
「ゲロゲロ」
その傍でカッパは胡坐をかいて座っていた。腕を組み、薄緑の肌は湿っていて、黄色いくちばしがうっすらと光る。丸く禿げた頭頂部の皿が、時おり水面を反射し、カッパは真剣な顔で言った。
「オバケを見たんだ、くぇー」
「オイラも見たいゲロ!」
カエルは鼻の穴を広げて興奮した。
カッパは少し怖がりながら、
「滅多なこと言うんじゃねぇ!天ぷらにされんぞ」
「天ぷら?それって旨いゲロ」
カッパは笑いながら、
「いやいや、食べられるって意味だ。オバケは怖いんだぞー」
カエルは考え込んだ。
「むむ、でも一度くらいは見てみたい。もしオバケが天ぷらにしてくれるなら、オイラも天ぷらになってみたいゲロ」
カッパは一瞬動きを止め、深いため息をついた。
「よーし、次にオバケを見たら、一緒に逃げような」
カエルは一跳びし、そっと口を開いた。
「兄貴、ゲロゲロ……ゲロしたかったことが……」
カッパは腕組みをし、ゆっくり目を閉じた。川のほとりは妙な緊張感に包まれ、小さな波紋が川面に広がった。周囲は静まり返り、カッパは眉間にしわを寄せている。
カエルは不安げにカッパを見つめ、小声で尋ねた。
「兄貴……寝てる、ゲロ?」
カッパは動じることなく難しい顔でいる。
カエルは再び言葉を続けた。
「おっ、オイラは、ここを出てい……」
その言葉を遮るように、カッパは目を見開き、声を張り上げた。
「それ以上は禁句だ!」
川下から乾いた風が吹き、薄紅色の花びらが川面に浮かんだ。
カッパはカエルの気持ちを察していた。
「ゲロしたかったことがあるなら、ちゃんと聞く。ただし、無駄なことや、変なことは禁止だぞ。いいな、つるつる、いや、つむじはげ、いや、まぁ、とにかくなんだ、この俺を兄貴と慕ってくれ、寂しくなるが、おめぇがいつまでも井の中の蛙でいるはずがねぇ」
「実は……オイラ、兄貴のこと尊敬してるんだ、ゲロ。だから、兄貴みたいに強くなりたいゲロ」
カエルは少し照れくさそうにして、はにかみながら言った。カッパは少し驚いた顔をした後、笑顔を見せた。
「そうか、そんなことを思ってくれていたのか。ありがとう。でもな、強さっていうのは見た目じゃないんだ。心が強いことが大事なんだ」
カッパはくちばしを不気味にパカパカさせながら、カエルを睨み据えた。
「あの、兄貴、もし気に障ることをしたなら、謝るゲロ。だから、怖い顔はやめてほしいゲロ」
カッパはくちばしをさらにパカパカさせ、無言のままカエルを見続け、いたずらっぽい笑みを浮かべた。カエルは思わず身を縮めた。
「おめぇの、そのゲロゲロ言うのが、たまに気になるんだ」
「え、ゲロ?それはオイラの癖みたいなもんで…」
「まぁ、いい。おめぇが気にすることじゃねぇ、俺も少し言い過ぎた、すまん」
カエルはホッとした表情を浮かべ、元気を取り戻した。
「旅立ちの前に、おめぇに珍しいものを食わせてやる」
カッパは立ち上がり、「待ってろ!」と一言残して、その場を離れ、腰をかがめて藁小屋に入った。
数分後、手には古いつづらを持って戻った。
「こんな時に、と思ってな」
つづらに息を吹きかけると、積年のほこりが舞い上がり、カッパはむせ返った。
「ごほん、ごほん」
丁寧にふたを開けると、中身を鷲掴みにして差し出した。
カエルは目を丸くして、カッパが差し出したものを見つめ、そっと鼻先を近寄せた。
「クンクン、これは一体何だい?ゲロ」
カッパはニヤリと笑って、
「これはよー、ガリってんだ。噂によると、食べるとな、なんでもないことが面白く感じられるようになるんだ」
「ホントに?じゃあ、旅の途中で退屈しないように一口食べるゲロ」
カエルは目を輝かせながらガリを口に運んだ。カッパは笑いをこらえながら肩をすくませた。
「モグモグ、なんだか楽しい気分になってきたゲロ!なんだこりゃ、ゲゲゲ」
カエルはピョコピョコと飛び跳ねて喜んだ。
「だろうよ、そういうもんだ。ようは、気持ちが大事ってことだ。はっはっはっはっ」
カッパは大笑いをした。
「ゲッ!」
「なんでぇ、なんでぇ、いってぇどうした?」
「あっ、兄貴の分まで食っちまったゲロ」
「なんでぇ、そんなことかい!いいんだ、いいんだ、俺のことはいいんだよ」
「でも、兄貴にも食べてもらいたかったゲロ!」
カエルは申し訳なさそうにカッパを見上げた。
「気にすんな。おめぇの喜ぶ顔が見れただけで十分、俺はケツの穴がでかいんだ!」
カッパはクスクス笑いながら、カエルの肩を軽く叩いた。
「ケツの穴がでかいって、どういう意味ゲロ?」
カエルは目を丸くして驚いた。
カッパはニヤリと笑い、謎めいた顔で答えた。
「俺のケツの穴は、何でも受け入れるって意味だ。どんな困難でも、気にしないんだ」
カエルはまだ混乱していたが、カッパの言葉に感銘を受けた。
「なるほど、そういう意味か!でも、ケツの穴がでかいっていいゲロ」
「そんなことより、おめぇの門出を祝って、酒盛りといこうや」
カッパは竹筒を掲げて、にこやかに言った。
その竹筒から甘い香りが漂ってくる。それは大変珍重されている酒だった。
彼らはゆっくりと、月がよく見える丘の上まで歩いた。
◇
二人は肩を並べて座っていた。カッパは頭頂部にある灰色の皿を手に取り、酒をとくとく注いで、ぐぐっと飲んだ。そして、何かを企てているような顔をして、
「食え!」
そう言って、何もない手のひらをカエルに差し出した。カエルは首を傾げて、
「何もないゲロ!」
「こいつは見えないけど、食べると旨いんだ!」
カエルはその言葉に、心の中で微笑んだ。カッパのこんな冗談に付き合うのも、もはや、日常の1コマだった。
カエルは空気を口に運んで、食べたふりをしてみる。
「旨いゲロ!」
カッパは笑いながらカエルの頭を軽く叩いた。
カエルはよだれを垂らして、美食家が極上のディナーを堪能した後のように、口元を拭って、
「おかわりゲロ!」
カッパは笑いながら、
「食いしん坊だな、もうねぇぞ」
そう言ったが、その声は愛情を込めたものだった。
カエルは残念そうな目をしたが、カッパはただのカッパではなかった。
飛び回る虻を忍者のような素早さで捕まえ、料理人が最高の食材を見つけた時のように、カエルに食べさせて、二人はその場で笑い合った。
つづく
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