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【小説】アレ 42話


サクラ仮面VS浪速のビッグフット


 夜が深まる中、プロレス会場の照明が闇を切り裂くように輝いていた。
 観客席は熱気に包まれ、期待感でざわついている。
 メインイベントの試合は、チャンピオンの松井が劣勢に立たされ、リング上で倒れ込んでいた。そこへ、リングサイドから猛然と駆け上がってきた人物に観客たちは驚きの声を上げ、その視線はリング中央に集まっていた。そして、そのリングに立つ二人の戦士、サクラ仮面とビッグフットは、互いを見据え、言葉を交わすことはなかった。しかし、その目はすべてを語っていた。
 ビッグフットは素早くチャンピオン松井のもとに駆け寄り、倒れ込んでいる彼を守るように立ちはだかった。会場は歓声とどよめきに包まれ、観客たちは息を飲んで見守る。ビッグフットの眼光は鋭く、サクラ仮面を射抜いていた。一方、サクラ仮面もまた、その冷静な表情の裏に闘志を燃やしていた。
 二人の間に静かな緊張が漂う中、ビッグフットが一歩前に踏み出した。その動きに応じるように、サクラ仮面も構えを取った。

 観客席からは「ビッグフット!」「サクラ仮面!」という応援の声が飛び交い、会場の緊張感は一層高まった。

 ビッグフットが先に仕掛けた。巨体に似合わぬ素早い動きで、サクラ仮面に向かって突進する。その一撃を受け流しながら、サクラ仮面は反撃の機会をうかがった。

 序盤の攻防は、ビッグフットが優位に立った。驚異的な握力を活かした掴み技で何度もサクラ仮面をマットに叩きつけた。その圧倒的な力による攻撃は、サクラ仮面を苦しめた。しかし、サクラ仮面は何度も立ち上がり、時には花びらが舞うような美しい動きで反撃を試みる。ビッグフットはそれを受け止め、まるで戦いを楽しんでいるかのように見えた。

 サクラ仮面は、ビッグフットの攻撃を受け流しながら、次第にその動きを読み取っていった。そして、中盤に差し掛かると、サクラ仮面は軽やかな動きでビッグフットの攻撃を巧みにかわし始めた。序盤のローキックがビッグフットの動きを明らかに鈍らせていた。ここぞとばかりにドロップキックを放ち、これが見事にビッグフットを捉えるが、彼はまるで動じなかった! それどころか、笑みを浮かべながら反撃に出た。

「ビッグフット・ボム!」

 観客席からはどよめきが上がり、熱気はさらに高まった。

「サクラ・バスターミナル!」

 両者の技が交錯し、その攻撃が衝突する!


 ついにサクラ仮面が決定的な一撃を放ち、ビッグフットをマットに叩きつけた。観客席からは大歓声が上がり、試合の終わりを告げるカウントが進む中、観客席は息をのんだ。カウントが響くと同時に、会場は歓喜の渦に包まれた。

「ワン、ツー、ス…」

 ところが、ビッグフットは3カウントギリギリでサクラ仮面の体を跳ね退けた。

 ビッグフットの驚異的な強さは、まさに圧巻であった。彼の一撃一撃がリング全体を揺るがし、その力強さは観客の心を捉えた。ビッグフットが繰り出す技の数々は、破壊的で、サクラ仮面を何度も窮地に追い込んだ。

「タイタン・ストンプ!」

 しかし、サクラ仮面は強靭な精神力で立ち上がり続けた。

 ビッグフットの力強い一撃を受けても、サクラ仮面は何度も立ち上がり、一進一退の攻防を続ける。そして、終盤に差し掛かると、ビッグフットの猛攻も少しずつ勢いを失い始めた。サクラ仮面はその隙を見逃さず、巧みに攻撃を仕掛けた。

「サクラ・フューリー」

 ビッグフットの巨体を翻弄するような動きで、次第に彼の体力を削っていく。サクラ仮面はビッグフットの攻撃を利用して反撃に転じる。ビッグフットの一撃をかわし、ビッグフットもまた、その強靭な体でサクラ仮面の攻撃を耐え抜く。


「これが全てだ!」サクラ仮面が叫び、疾風の如くビッグフットに向かって突進した。同時に、ビッグフットも「ウホウホウホ!」と吼え、前に進み出た。 二人の力がぶつかり合った瞬間、会場を眩い光が包み込んだ。二つのエネルギーが渦を巻き、二人の戦士はリング中央で激突した。

 その衝撃波は四方八方に広がり、闘技場を揺るがせた。次の瞬間、サクラ仮面もビッグフットも、自らの攻撃の力によって吹き飛ばされた。

 会場は息をのみ、両者が動かない間、緊張した静寂が訪れ、レフェリーがカウントを数え終えると、両者ダブルノックアウトとなった。

「カンカンカンカーンッ!」

 数秒後、サクラ仮面がゆっくりと立ち上がり、倒れているビッグフットに手を差し伸べた。この一瞬に、観客は再び沸き立った。しかし、ビッグフットはそれを拒否するかのように自ら起き上がった。

 両者は再び中央で向かい合った。それは、力と力がぶつかり合い、互いの精神が通じ合った姿だった。


 サクラ仮面は何も語ることなくリングを後にした。
 彼らの背中には、ただの勝者と敗者ではなく、戦士としての誇りが輝いていた。
 賑やかな人々の喧騒は静かな夜に包まれ、会場の灯りは次第に消えていった。


森田稔の回想記

 試合が終わり、ビッグフットとの対面は叶わなかった。彼はぼくを恨んでいるのではないかと思う。試合は終わったが、内に秘めた戦いは続いているみたいだ。
 この戦いは、生きている限り終わることはない。生まれてからずっと、誰もが何かと戦い、傷つきながらも生きていく。前が見えなくても、進むしかないのだが、時には立ち止まり、見えなかった景色を見つめることも大切だろう。
 ぼくは今年も、満開に咲いた桜並木の下で、短い命を輝かせながら美しく散っていく桜の花びらを眺めている。

「卒業!」

 訳の分からない独り言をささやき、血に染まった桜のマスクを静かに手放した。
 桜のマスクは空に高く舞い上がり、さながら自由を得たかのように見えた。


 そして後日、浪速のビッグフットが参議院選挙への出馬を表明した。
 民意は茶番だと嘲笑したが、出口調査では圧勝の予想が示され、SNSを駆使して当選を確実にした。

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