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【小説】きっかけ 第1話


あらすじ
ニホンザリガニのタロウは迷子になった娘を探し始める。すると、ロブスターが現れ、娘に関する情報を伝える。ロブスターは空を飛ぶためには「ガリ」が必要だと言う。タロウはその情報を頼りに、娘を探す旅に出掛ける。旅の途中でカエルに出会い、軽くあしらうが、空飛ぶガリの話を信じることになる。それから本格的に娘を探す旅に出る。旅の途中でネズミやカタツムリなどと出会い、彼らを軽くあしらうが、協力の大切さを思い知る。娘との再会を望むが、新たな試練がタロウの前に立ちはだかる。

主な登場キャラクター:ニホンザリガニ
タロウ:次女のサクラを探す旅に出る。
ミツコ:タロウの妻。家族を支える温かい存在。
ミドリ:長女。明るい子供。
サクラ:次女。やんちゃな子。現在迷子になっている。
コタロウ:一番下の息子。元気な男の子。

ロブスターのモーガン:サクラに関する情報をタロウに伝える。
カッパ:カエルの兄貴分。
カエル:旅の途中で出会う。三度笠を被ったカエル。
カヤネズミのチュータロウ:タロウの旅を助ける少年ネズミ。
カヤネズミのチューコ:チュータロウが片思いしている少女ネズミ。
カタツムリのシゲゾウ:旅の途中で出会う。酒好きのカタツムリ。

 ニホンザリガニ

 夜道を歩いたり、止まったりしているうちに、朝が訪れた。
 石の隙間、草むらの中、どこにも娘の姿は見当たらない。後ずさりをして、沢のたもとに着くころには、朝日が草や石に輝きを与え、川の水面がキラキラと光り始めた。
 タロウは深いため息をつき、巣穴に戻ることを決めた。

 巣穴に戻ると、タロウは疲れ切った体を横たえ、目を細めて遠くを見つめた。ウツラウツラと身じろぎ始め、目を閉じる。
 彼女が初めて泳ぎを覚えた日のこと、小さな体で一生懸命に餌を探していた日のことが脳裏に浮かんだ。すると、奇妙な声が聞こえてきて、どうも呼んでいるらしかった。

 それは遠いとも、近いとも言えない声だった。次いで堅いものがポコポコと頭を叩く。
 タロウは驚いて目を開けた。周囲を見回すが、誰の姿も見えない。彼は再び目を閉じ、深い眠りに落ちていった。
 次の瞬間、洗濯機の中にいるかのように、激しく揺り起こされた。
「め、目が回るじゃないか!」
 さらに叩かれ続け、ついにタロウはピョンと飛び起き、まん丸の目玉を白黒させた。

「君の仕業だったとはね、ミツコ!」

「見えやしないわ、迷子のゴーストよ!」

「すぐに行くから待ってくれよ」

 ミツコは即座に踵を返し、疾風のように去って行った。その速さにタロウは目をパチクリ、彼女の後ろ姿が視界から消えた。

「いくら考えても頭が痛い?それとも心が?思い出はポロリと心から抜け落ちてしまう、大事なものを入れても、あれ?お金入れたはずなのに、なんでポケットから抜け落ちちゃうの?」

「寝ぼけてないでー!」
 拡声器みたいな声が響き、タロウは反射的に跳び上がった。

「ぎゃー、耳鳴りが!  脱皮して日も浅いのに、殻はふにゃふにゃで…んっ!こ、これは自切行為と酷似している。こんな時分に、はいな、はいな」

 訳のわからないことをぼやきながら、とにかく尾鰭を急がせた。



 目の前には巨大な時計を持ったミツコが立っていた。
「もうこんな時間よ!」
 ミツコは探偵が謎に迫るかのように首を斜め45度に傾けた。
 そこにタロウが駆け寄って、月並みのあいさつをする。
「ヤー」
「なんなの!」
 ミツコは目玉をギョロリとむいた。
 タロウは眉毛をきりっと上げて、真面目な顔を作ってみせた。

「いいかい、ミツコ、離れて気づく存在意義ってあるのだよ。巨大漢は目の前にいるんだ、君はこの艶々した物体を変わった石だと思い込んでいる。耳を澄ましてごらん、息遣いが聞こえてこないかい? 近すぎて見えないものってあるのだよ」

 タロウはポーズを決めて口を一文字に結んだ。ミツコは瞳を黒く輝かせて照れ隠しに笑った。

「オホホ、可笑しいですわ」
 そんな彼女の笑い声は、フクロウの鳴き声のように謎めいていた。

「ミツコ、君は不思議の国のアリスかい? この石は実は、巨大なロブスターなんだよ。色を変えて私たちの目を欺いているんだ」

 ミツコは驚いて、口をポカンと開けた。

「それはまたびっくらポンの話ですね、オホホホホ」

 ミツコはさらに笑いながら答えた。タロウは首を傾げ、ミツコの目をじっと見つめた。彼女の瞳はいたずらっぽい輝きを放っていた。

「知りたいんだ。ポンの意味をね」

「それは秘密よ、近すぎて見えないものと、同じですわ」

 彼女の言葉に二人は笑い出した。

「ハッハッハッ、すまんね、つい話が弾んでしまって、おいでやすー」

 タロウは涼しい顔で言葉を発した。ミツコはしばらく黙って彼を見つめていたが、タロウはその場で固まってしまった。

「ドゥ、ユー、ミー、シュリンプ?」

 心の中で暴れる小さなエビのように、意味不明で、ミツコは彼の言ったことの意味を理解しようとして、すぐに笑いがこみ上げてきた。


 大きな影が揺れながら鋭い眼球を向け、片言交じりで語り出した。
「ミーは、モーガン、デス」

つづく


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