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【小説】アレ 第40話

ガメラ松井


 ビッグフットの引退会見は、プロレス界にとって一大イベントとなった。会場には多くのファンやメディアが詰めかけ、彼の最後の言葉に耳を傾けていた。しかし、ビッグフットは多くを語ることなく、静かにリングを去った。
 その引退会見の最中、突然会場に現れたのはガメラ松井だった。彼はサクラ仮面に扮してリングに乱入し、混乱を巻き起こしたことを謝罪した。
 メディアからの質問が殺到する中、ガメラ松井もまた多くを語ることはなかった。

 同時期、蛇の穴を指揮していた大谷周平が脱税の容疑で摘発され、その後に収監されるという衝撃的なニュースが飛び込んできた。大谷の収監により、蛇の穴は経営危機に陥り、存続の危機に瀕していた。
 その時、名乗りを上げたのがガメラ松井だった。彼は、父であり蛇の穴のトップレスラーだった小力道山の息子として、団体の再建に挑むことを宣言した。
 小力道山は数年前、飲み屋での喧嘩が原因で刺殺されており、その死はプロレス界に大きな影響を与えていた。

 様々な憶測が飛び交う中、ガメラ松井は記者会見を開き、本物のサクラ仮面の存在を明かした。
 彼はさらに、蛇の穴を襲撃したとしてサクラ仮面との試合を熱望することを公表した。この発表はファンやメディアに大きな衝撃を与え、プロレス界全体が騒然となった。
 ビッグフットの引退が話題となり、ガメラ松井の発言が注目を集める中、サクラ仮面の人気は急速に高まっていった。

 ファンはこの対決に期待を寄せ、プロレス界の新たな展開に胸を躍らせるのだった。
 サクラ仮面の人気は留まるところを知らず、その正体を巡る謎もまた、ファンの興味を引きつけた。彼の登場はまるで突風のようにプロレス界を席巻し、圧倒的なカリスマ性でファンを魅了した。
 プロレスイベントの度に、サクラ仮面を一目見ようと多くのファンが詰めかけ、子供たちだけでなく、大人のファンたちも彼の登場を心待ちにし、サクラ仮面のグッズや関連商品は飛ぶように売れた。

***

 俺の名前はガメラ松井、うん。プロレス界での活躍は、父である小力道山の影響が大きい。父の死後、俺は父の遺志を継ぐべく、リングに立つことを決意した。兄であるビッグフットは山に戻ることになった、うん。
 兄さんは父との再会を経て、故郷で静かに暮らそうと決めていたようだ、うん。
「お前、うんうんうるさい」
 兄さんは帰る間際、俺の言葉遣いを指摘した。なるべく改めようと心がけている、うん。
 その後、俺はこのパワーを武器に、すぐに頭角を現した。プロレス界の頂点を目指すため、兄の住む山に出稽古にも行った。

「お前はパワーだけで、スピードがない、ない」
「うん」
「そんなことではサクラ仮面には勝てへん、勝てへん」
「うん」
「それにお前は、そのパワーをうまく使えていない」
「うん」
「やられるのがオチ、オチ」
「うん」
「この俺を超えてみせろ」
「うん」
「うんうん、うるさいな」
「うん」

 兄の厳しい指導のもと、俺はさらに強くなり、彼の意思を継ぐ存在としてファンの間で人気者になっていった。

***

「兄さんは、サクラ仮面を知っているのか、うん」
 俺は尋ねた。兄は一瞬黙り込んだ後、静かに語り始めた。

「サクラ仮面には額に三日月の傷跡がある。それが本物の証だ、ウホ」

 その言葉を胸に留め、俺はチャンプの座を手に入れた。覆面レスラーとの戦いが増える中で、俺は勝利するたびに彼らのマスクを剥いだ。いつの間にか俺はマスクキラーと呼ばれるようになった。サクラ仮面の偽物たちと対峙する度に、俺は本物のサクラ仮面を見つけ出すことを誓った。

 覆面レスラーとの試合はすべて受けて立った。多くの偽サクラ仮面と対決する中で、俺は試合前に自問した。『今回も偽物なのか?』しかし、ファンの期待は高まる一方だった。サクラ仮面の正体不明のヒーローとしての魅力が、試合をさらに盛り上げた。

 ファンはそんな俺の戦いを楽しみ、サクラ仮面の登場を期待していた。
 リングに立つたびに感じるファンの期待。俺は、いつか本物のサクラ仮面と対峙するその日を夢見て、戦い続けた。でも相手はファイトマネー欲しさと、顔を売るためだけの偽サクラ仮面ばかりだ。この状況にうんざりしていた。
 リングに立つたびに感じる虚しさと、偽者たちとの無意味な戦いに嫌気がさしていた。

「もうたくさんだ。偽物にファイトマネーを渡すつもりはない」

 俺はマネージャーと話し合い、そう公言することに決めて挑戦者たちに警告を発した。この宣言によって、挑戦者はぱったりといなくなったが、それで良かった。
 俺は本物のサクラ仮面を見つけ出すために戦っているのだ、うん。

 そんなある日、一人の挑戦者が現れた。彼はすべての条件を飲んで戦うと言ってきた。その選手は、"虎の穴"に入門したばかりの新人選手だった。
 無謀な挑戦だと周囲は鼻で笑ったが、彼は虎の穴のトップ選手をいとも簡単にリングに沈めた。その映像がネットで炎上し、その姿は世間の話題となった。今度こそ本物のサクラ仮面の登場だと大注目された。

「サクラ仮面VSガメラ松井!」

 試合の発表がされると、チケットは即完売。ネットでも生中継されることが決まった。
 ファンの期待と興奮は頂点に達し、俺もまた熱い戦いを予感していた、うん。

つづく

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