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(4)日々、驚かされてばかりいます。(2023.10改)

12日 二日酔い状態だったが、いつものスクーターで県庁までやって来た。

厚労省の唯一の仕事のようになっている、感染者数の各都道府県別統計を見ると、太平洋側や観光地での感染者数は日に日に増え続けているが、富山県内は低調なまま推移している。ここまでトラブルも生じておらず、平和な日々が続いている。同じ国内でこれだけギャップがあるのを、どう捉えれば良いのか?重い頭で、少々悩む。

あまり複雑に考える必要は無かった。北東北と日本海側の感染者数が突出して低いのは、大都市との経済サプライチェーン網からとっくに外れている為であり、食糧自給率が各県で100%を超えているので、太平洋の大都市からの物資供給に頼る必要がないのだ。
大都市圏からの物資に依存するのは、全国に展開しているロードサイド店、チェーン店、大手総合スーパー。主要駅前に展開する全国にどこでもある飲食店、コンビニ等で巣籠り期間中は必要としない店舗ばかりだ。

逆説的に考えれば、北東北と日本海側で新たなネットワークを構想するのもありとも言える。地図を見れば、中国、ロシア、韓国が日本海を経由しての隣国なのだが、韓国以外はコロナ蔓延中で停滞中の為、今は動こうにも動けない。
しかし、コロナが解消した後の「商圏」としてみると、人口規模では日本の太平洋側の数十倍になるので、この地理的優位を活かす方が手っ取り早いとどうしても考えてしまう。

昨夜のどんちゃん騒ぎの残り物の夏のフルーツの数々を遅い朝食として食べながら、日本海地図を見て考えていた。

ーーー

15時前に五箇山に到着すると、ハンタードローンがヤマで獲ったシカやイノシシを、搬送用ドローンが投擲ネットで吊るしたままムラに搬送している最中だった。

夏休み中でムラに滞在中のエンジニアたちが、県知事どのから許可を貰い、大バーベキュー大会を計画したらしい。本社勤務の元スッチーたちは里子と一緒に隣の岐阜の白川郷にイワナや鮎を仕入れに行き、蛍たちは足りない野菜を南砺市の地元のスーパーに買いに行った。

イノシシ3頭、シカ8頭の血抜き作業をしていた村のお年寄りの作業を奪うように引き継ぐと、次々とブロック状態の肉塊に捌いていった。終わった時には血塗れで、モリはそのまま川に入って手足を洗った。

プールで遊んでいた子供たちと娘たちが腹を空かせて河原のバーベキュー会場に集まってきた。美帆とプールで遊んでいた志乃がやって来て、プールの水が冷たくてキレイでした。明日も行ってきますと言うので種明かしをした。

「この川の水を常時引き込んでいるからです。源流掛け流しプールとでも言いましょうか」

と説明すると頷いていた。プールの水道代はそのお陰でシャワーと目の洗浄栓程度で済む。

何箇所かにある石積のバーベキュー跡を使って石を積み上げ、鉄板が固定されるようにしていると、村のお年寄りがイノシシのバラ部を火で炙って焼きだし、美味そうな匂いが立ち込める。我慢のできないエンジニアと元スッチーたちは河原に沈めていた缶ビールを引き上げて乾杯を始めている。中高生には刺激的だったかもしれない。誰がどう見ても合コンだった。
社内恋愛とも言えるし、案外いいカップルが出来るかもしれない。

複数の鉄板で肉や野菜が焼かれ、焚き火でイワナと鮎の串焼きが焼かれて振る舞われた。
方や合コン、方や肉食獣と化した子供たちという構図で河原一帯は2極化していた。

練習を終えたバンドのメンバーがギターを持って現れると拍手喝采となるのだが、
「まずは食べてもらおうじゃないか」と村の長が場を窘めて、宴は続いた。

「こんなに大勢で集まるのは何年ぶりだろう・・」とお隣の家の鮎の叔父さんが嬉しそうに呟くので、地酒を注いだ。

「鮎が知事になって、この村は変わった。まだ1ヶ月しか経ってないのに。全部アンタのお陰だけどな」と言われ、八蔵さんの湯呑みにも地酒を注いだ。

「よし、俺、歌うぞ」矢崎さんが立ち上がって木こり小節を朗々と歌い始めると、場が静かになってその年季を偲ばせれる歌声に、誰もが耳を傾けた。焚き火と川の流音が効果を齎す。幻影的で幽玄的な状況と言ってもいいだろう。
終わると盛大な拍手が矢崎さんに齎され、モリは川で冷やしている新しいビールを矢崎さんに持って行った。
さっきから飲んでばかりで何も食ってないなと思っていると、ご老人達に酒を注がれる。

「さ、モリさん、次はあんたの番だ」と矢崎さんに言われて、仕方なく立ち上がる。

「さぁけはぁ のめぇのめ、のぉむぅなあらばぁ〜」と、唯一知ってる黒田節を高らかに歌った。矢崎さんとモリの独唱のあとで、夕夏がトリで場を締めると思っていたら、6歳の美帆が立ち上がって、Amazing Graceを幼児らしいソプラノで歌い始めたので、驚いた。
母親の志乃も唖然としているし、姉とその娘たち村井家の面々も知らなかったようで、口に手を当てている。 
美帆が歌い終わり、ニッコリと笑うと、この日最大の拍手と指笛が鳴り響いた。

サミアが美帆を抱き上げて、
「決めたよ!この子もアメリカに連れてくからね!」と叫んで、さらに大騒ぎになった・・

ーーー

内線電話が鳴った。
回想シーンを断ち切って受話器を取ると、先日昼食の後でばったり会って立ち話をした与党の県会議員だった。

「17日首相が都内の病院で検査入院します。
主要なメディアに15日の終戦記念日式典終了後に通達されます。同じ17日に始まる、米国民主党党大会のニュースを抹殺するのが目的です」という。

「効果が及ぶのは日本国内だけですよね?」

「確かにそうです。でも、その日にぶつければ大統領への最低限の義理を果たした格好になるとも言えます。検査しても結果が出るのは翌日以降ですから、前回の辞任劇が効果をもたらして、しばらくの間はメディアジャックした格好になります。
因みに月末で国内では史上最長の政権になります。そこまで辞任を引っ張ると、少なくともアジア圏の話題はそれなりに集まるようになります。日本の右翼の総理で知られてますから特に中国と韓国ですね、歴代最長政権を率いた首相として暫くの間は動向に注目を浴びるだろうという読みです」

「驚きました。しかし、実に見事です。あなたは良い情報源をお持ちのようですね」

「そうですね・・私にとっては死活問題なんです。次の首相を考えると小者しか居ません。

今の首相が大物だとは思いませんが、党を牛耳っていたのは事実ですからね。退いた後で院政を敷くのか、完全にアメリカから干されるかで、党が一枚岩になるのか、ならないのかが見えてくるでしょうし、それによって後任の首相が決まってきます。
どうしても一次政権崩壊後の実績があるだけに、与党からの下野の悪夢を党員は思い出すでしょう。党に残るのか、党を出るかの判断材料にもなります。過去、野党に転じた際には、党を出た人々が大勢出ましたし。

ただ、あなたにとっては間違いなく朗報だと思うのです。与党がどっちに転ぼうが、誰が首相になろうが、党そのものが弱体化するのは間違いないのですから・・・」

確かに。受話器を持って話を聞きながら思わず笑みを浮かべていた。

ーーーー

昼は駅前のコーヒーショップでパンとコーヒーをテイクアウトして知事室で食べた。

このチェーン店を初めて味わったのは91年の2月の中米の卒業旅行の移動時で、米国機の機内でコーヒーを頼んだら出てきた。日本のコーヒーショップの酷さを痛感していただけに、もの凄い衝撃だったのだが、ロサンゼルス中の繁華街を探してもこのstarbuckssの店舗を見つける事が出来ず、社会人になってアジアに出張する際にUniteds Air/ineを使ったが出てきたのは日本のコーヒーショップでがっかりした。

数年後に渡米して漸く再会するが、このシアトル系の店舗だけに留まらないアメリカのコーヒー文化に魅了された。
そんな体験があるだけに、喫茶店とかコーヒーショップは老後の嗜み候補の一つになっている。ふと、思うのだがあの機内で飲んだ美味しさを、今や日本でもどこにでもあるこのシアトル系は再現できていないと飲むたびに思い出す。
想像するしかないのだが、創業時だったので豆やロースト方法にはこだわり抜いていたのかもしれない。しかし、世界各国に進出してどうしても物量が必要となり、豆の質も落としてロースト方法も時間を優先するようになり、味が恐らく変化してしまったのではないかと「推測」していた。

教員時代はインスタントコーヒー会社のドリップ抽出マシンが職員室にあり、子育ても重なってサイフォン式も使わすにインスタントばかり飲んでいた。

今なら食やお茶を嗜む時間も取れるのではないかと思い、あのシアトル系が使っているコーヒーマシンがどのメーカーなのか、リサーチしに行った。来週訪れるアメリカのショップでも、異なる店舗を何軒か回って、コーヒーマシンのメーカーとモデルを把握しようと考えていた。

「やっぱり違うな・・」水は富山市の水道水、立山連峰の伏流水なので日本軟水界では最高峰に位置するのだが、都内や横浜との差異をあまり感じない。
昼食を食べ終わってコーヒーに関してネットサーフィンしていたら、飲みたくなったので市内の美味しいとされる喫茶店を検索し、知事室の転送電話を持って、スクーターで店に向かった。

店に到着してヘルメットを取ると、自分の携帯が鳴っている。・・蛍だ。

「買い物前に3人で県庁に来てみました。人数分コーヒー買ってきてね」と、一方的に切られた。GPSオフにしておくのを忘れた・・

ーーーー

コーヒーを買って帰ると、3人、蛍と翔子と里子がミニキッチンで作業をしている。午前中はママさんたちでケーキ作りをしたりクッキーを焼いたりしていたのだという。

コーヒーをそれぞれに渡して、ママさん達の成果を味わう。コーヒーよりも菓子類に驚く。

「抹茶ケーキは本職の志乃さん、昨夜、姉妹は殆ど寝てないみたいだけど。
クッキーが翔子さん、シフォンケーキが里子さんで、シュークリームが幸乃と私。で、どうよ?」

蛍が言うと左右の翔子と里子が真剣な顔をしている。これは下手な事を言える状況ではないと思った。
「あの、喫茶店の出店を考えてるって話を、誰かから聞いちゃった、かな?」
蛍に首を傾けて質問してみた。

「かなぁ?じゃないでしょ。みんな結構自信作なの。もちろん志乃さんに前々からレシピを直して貰ったり、アドバイスを仰いでいたから、それぞれの得意なお菓子が進化したのよ。

志乃さんから、合格点貰ったし。あなたの食べ方見てたら、美味しいんだなってよく分かった」

翔子と里子も頷いた。ひょっとして話は此の先にある?

「結論から言うけど、4軒の合掌造りを4人のママの名義で買うから。あなたはグルグル泊まり歩くの。それでいいでしょ?」

「は?泊まり歩くって、要は夜バイしろって話?」

「そういうこと。昼食、夕飯は今までどおり一箇所で皆で食べて、飲んでって大家族制を取る」

「どしたの、また突然急に?」

「一つにはストレージの問題。我が家も五箇山に不用品を集める傾向があるでしょ。子供の服だとか。季節の品々とか。あゆみの幼稚園の頃の服は美帆ちゃんに進呈したけど。翔子さんも里子さん幸乃も横浜の家を手放して、家に来てくれるっていうのよ。横浜と大森への分散は要検討にするけど」

「なるほど・・経費も掛かるしね・・」

「五箇山は土地が安いし、電気水道は殆どタダだし、横浜より断然安く済む。収納スペースもある」

「分かりました。で、もう一つは?」

蛍が机に両手を逆ハンドにして立ち上がり、ヒトの目の前で宣った。

「赤ちゃんが欲しいの!」

椅子から転げ落ちそうになった。


(つづく)


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