見出し画像

連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その63

 

63.    グッバイ大野! ①




優子さんが戻ってきてから
また元のお店の雰囲気に戻ったかのように見えた。
長かった夜が明けたような気分。
太陽が帰ってきた。


でも何かが違う。
そんな気がするのは私だけだろうか。
まだ誰にも訊いてはいないけど。


もしかしたら、そう感じるのは私だけかも知れない。
それは私が心の中で密かなるミッションを遂行しているからかも知れない。カナダに行けるかも知れないミッションを。


水面下で動いている私のミッション。
足だけジタバタしているアヒル。鴨。いや白鳥にしておこう。
そんなに深いわけではないけれども。
浅瀬すぎて足がついてしまうけれども。


しかし、その色眼鏡のせいでお店の雰囲気が違って見えるのだろうか。
ただの勘違いか。
自分だけは特別な存在なのだな私よ。
勘違いし続けて生きていこうぜ私よ。
そんなことを考えながら今日も無事に朝刊を配り終えて、食堂でご飯をいただく。
いつものみんなの声を聞きながら。
いつものみんなの声が聞こえる。


「ただいまー!」
「おかえりー!」
「お味噌汁もあるよー!」


「ただいまー!」
「おかえりー!」
「今ちょっと席いっぱいだから待ってて!」


この声は、まっつん先輩だな。


「えー!昨日夜食食ってないから腹減ったんやけどー。
竹内!お前早飯やろ?茨城県の早食い王やろ?
早く飲み込めよ。飲み込んじゃえよ。ふたついっぺんに食えよコロッケ。
ほら、味わってないで、、さ。」


まっん先輩が満席の食堂に入ってきて
座って食べている竹内の横に立って言った。


口をもぐもぐしながら上半身がみんなより高い竹内はいつも通りだった。


「いやー俺、口がちっさいからいっぱい入れれないんだよね・・・」




「チンコも、ちっせーんじゃねぇのか?」



トゲトゲしいその声にみんな一斉に食堂の入り口を見た。
どこからどう聴いても大野の声だった。


「チッ、俺メシ要らねぇや。」


そう吐き捨てて、
物凄い足音を立てて階段を登って自分の部屋に戻っていく大野。


ますます、嫌われていく大野。


しかし、もうみんな慣れてしまったようだ。
そして大野のことが嫌いなことを隠さなくなった。
堂々と反大野の旗を掲げている。


それはそうで、
大野以外のみんなが大野が嫌いなのだから、
みんなはみんながいるときは強い。


あからさまに、
もうその嫌悪感を隠さない女の子たちの露骨に嫌な顔。
そして、全身を使って大野が嫌いだと表現している。


髪の毛は逆立ち、目は吊り上がり、
シベリアンハスキーのような冷酷さを含んだ瞳。
肩はいかり上がる。


腕を組んで、みんなで話す。


「いやーねぇー。もう!なに?あの人!非常識ね!」


お花畑でシロツメグサを編む少女はもうどこにも居ない。



大野は完全に孤立している。
バツが悪くなり去って行く姿をよく見かけるようになった。
まあしかし、こんな奴、学校にも必ず一人は居るものだ。



朝刊が来るのを待っている時も黙ったまま一人。
誰とも話さず挨拶もせず、お店の中は居づらいから外で待つ。


まあでも、
お店は狭いのでたいていは女子がお店の中で待機していて、
男子は外の自転車置き場やさらに外の道路だ。


先輩男子の篠ピー先輩や細野先輩やロン毛のカップ麺専門の沢井先輩は道路まで出てガードレールに腰掛けて新聞が来るのを待っている。


大野の待機場所も始めはここだった。
けど、最近はココも居づらいらしく、
どんどんと離れてゆき、今では道路を渡った向こう側だ。


二車線の道路の向こう側のガードレールに腰を掛けて、
向こうを向いたままでタバコを吸っている誰かが見える。


もう何者か分からなく、
しまいには道路を渡った向こう側のビルの屋上まで行くだろう。
そして全身黒ずくめのピチッとした皮のツナギを着て、
目にはゴーグルを付けて、屋上にセットしたスナイパーを覗き込む。
標的は誰だ?


こういう時にまず試しに狙うは竹内か?
いや、気の早いアイツは
きっといきなり優さんだろう。


そんな大野の姿を横目でチラリと見ながら
私はお店の中に入る。

竹内と坂井は自分の自転車の上に居る。
私は自転車置き場の奥に居るまっつん先輩を見つけて
面白い話に花を咲かせる。



最近はチョッパー音を出さない大野。
きっと乱暴に扱い過ぎて壊れたのだろう。
ベースにも嫌われアンプにも愛想を尽かされて、
もう階段を踏む足の音でしか
自分の心を表現出来ないでいる大野。



あー大野。
ロック魂を持つ嫌われ者。
もうチョッパー大野と呼べない。
スナイパー大野だ。



そんな誰からも好かれない男は
ついには新聞からも嫌われる。
そんな時期が誰にでもあるのかも知れない。



そんな大野のことを私は実は嫌いではなかった。
でもあちら側には行きたくない。
一緒にされたくないのだ。



まだまだ女子たちとワイワイ話したい。
無視はしないが、みんなの話に意見を合わせている。


「この前のあいつ(大野)見た?」


「うんうん!」


「なにあの目!ずっとわたしのほう睨んでるのよ!クソ野郎よ!」


「うんうん!」


でも大野のことを嫌いではなかった。
むしろあのロック魂に気持ち良さを感じる時がある。
普通の人が遠慮して行けない場所にズカズカと土足で入る気持ち良さを。
まだ誰も踏み入れてない新雪に自分の足跡をつける気持ち良さを。
あいつは持っている。
いや、あの人は持ち合わせている。



私はみんなでワイワイと夕飯を頂いてから、
一度自分の部屋に戻ってビールをクピリ。


少ししてからお店に戻って
ひとりで明日の朝刊に挟み込むチラシを整えていた。


私はどちらかと言えば誰も居ない時間の方が好きな
性格だったりする。



誰にも言ったことはない。
でもそれは計算高くもあり、
女の子とふたりきりになる可能性がぐっと高くなる。



ほらっ!そんなことを考えていたらさっそくだ。
階段から誰か降りてくる足音が聞こえてきた。
これはきっと由紀ちゃんだろう。



最近ふたりきりで話してないな。
やっぱりこのヘアスタイルは失敗だったかな。


すると、
ひょっこり顔を出したのは大野だった。


大野らしからぬ登場だ。
足の裏のクッションを使うだなんて。
そんな大野に久しぶりに声をかけられた。


「よー、真田丸。ちょっとさ、今度さ、付き合ってくんないかな?」


周りには誰もいなかったし、
言い方もちょっと下手したてだった。


私はちょっとびっくりしたような感じで聞いた。


「彼女のところにでも行くんですか?」


「いやいや、あれは忘れてくれ。ちょっと飲みに行きたい所があってな。」


「はぁ。」


「行けるか?」


なんかちょっと真剣な目をしている大野。


「行けますよ。」


「今日、今から行けっか?」


「えっ?今度とか言っといて今からとか・・・いいですけど。」



なんか特別な感じがするからOKした。
訳あり感が全身から風呂上がりのように出ている。
なんて素直な人なんだ。
神妙な面持ちをしている大野。



私は自分の区域のチラシを整え終えて、
その上にそっと上手く立つように指サックを置いた。



「終わりました。」


「じゃあ行くか。」


すっかり暗くなった外に出た。
この開放感がなんとも言えない。
女の子とだったら最高なのに!



でももし女の子とだったら
きっと冷静さに欠けてしまって、
この開放感を味わうどころではなくなってしまうだろう。


せっかくの美味しい外の空気がもったいない。
私の分は誰かにあげたい。
まだまだ未熟な私。
一人でいる時も誰かといる時も同じような気持ちのままで居られないものだろうか。



歩く大野の後ろを付いて行く。
大野がバス停で止まった。



「え、バス、ですか?」


「おー。ちょっと新宿まで出る。」



いつも近所の歩いていける所にしか飲みに行かなかったから
これまた新鮮だった。



どこに連れて行く気だ大野。



〜つづく〜

ここから先は

0字
このマガジンは購読しなくても全文無料で読めちゃうようにする予定です。 (まだ読めない話があったら何話か教えてください!すぐ公開します!) そして読んだら新聞配達したくなっちゃいます😉

真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!