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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その12


12.   私にだけうるさくない重低音


朝刊の配達が終わった。
朝の6時。


優子さんが作ってくれたご飯を
みんな食べている。


優子さんのご飯は新聞配達がある時にしかない。
朝刊を配れば朝食があり、
夕刊を配れば夕食がある。


昼食はもちろん無く、昼刊も存在しない。
日曜日は夕刊がないので、ご飯も無く、
さらに月に一回だけある【朝刊の休刊日】にも
ご飯は無い。
つまり【新聞】と【ご飯】はセットなのだ。


新聞の来ない時が唯一
優子さんが休める時間だ。
ご飯がないのは寂しいが、
優子さんに倒れられるわけにはいかない。


本当にありがたいなぁ。
自分の母親に食事の文句を
言っていた自分がバカみたいだ。
いや、アホみたいだ。
いや、アホだった。
アホそのものである。


自分への食事を無償で提供してくれている人に
「このおかずは嫌い」とか
「味が薄い」とか
「おかわりー!早く!」とか
・・・・・今となってはありえない贅沢だ。


自分の食べるご飯を自分以外の人が
準備してくれる。それが奇跡だと気付いた。


毎日の奇跡。
一日二回の奇跡。
日曜の夕方と月に一回だけ朝も休む奇跡。


そんな奇跡を噛み締めて
飲み込んでいた。
奇跡よ。なるべくゆっくりと喉を通っておくれ。


今朝は雨だったので
みんなの帰りは遅く、
食堂は少し混んでいた。


みんな黙ってご飯を噛み締めている。
いや奇跡を噛み締めている。


「ただいま。」

「おかえりー!」

「なんだ、いっぱいか。チッ」


おやっ?つっけんどんなセリフ。
感謝のない態度。
まるで実家に居た私のような空気。
私は後ろを振り向いた。


そこには目つきの悪い攻撃的な男の先輩が
食堂を覗いて「チッ」っと言って
すぐ2階の階段を上がっていった。
ものすごい大きな足音が聞こえた。


その足音は真上まで来て止まった。
どうやらこの食堂の真上が部屋らしい。
なんか頭上がガチャガチャ・ドタドタと
言っている。


そしていきなり始まった。

物凄い重低音だ!
ベースギターを弾き始めたようだ。
この音量は多分最大の80%くらいまで
上げているだろう。
無茶苦茶だ。


消防車のホースから
勢いよく出る水くらいの勢いで
アンプから重低音が鳴り響く。


おかげで私のクチャクチャと噛む音は
聞こえなくなった。


私の正面に座って
ご飯を食べていた女の子達が
嫌な顔をした。


みんな奇跡を忘れた。


でも私は何とも嫌な感じはしなかった。
むしろ喜んだ。
ロック音楽が好きだからだ。
ロックンローラーがこのお店にも居たようだ。


この爆裂な重低音のベースギターに
合わせて誰かドラムでも叩き始める奴は
いないのかな?


なるほど。結構腕がいい。
チョッパーとか言う技を使って
弦を思い切り指で殴りつけている。
弦を切りたいんだな。
いや、指を切りたいのかもしれない。


優子さんが珍しく小さい声を出した。


「寂しいやつだなぁ。人がいっぱいになったら弾き始めるんだよねー。あれ。」


そうかそうか。
でもそれは理にかなっている。
ライブの客は多いほうがいいからだ。


ただ彼は聞きたくない人達に向けて
弾いていただけだ。


みんな迷惑そうな顔をしている。
そうか。
あの先輩は迷惑がられているのか。
あちら側に行かないように気を付けよう。
私にもそのがある。
まだ女の子達に嫌われたくない。


女の子達が話すのが聞こえた。


「大野先輩だったっけ?怖いよね、あの人。」

「ほんと、ほんと。」


大野という名前らしい。
叩きつけている指が見てみたい。
指サックは外したのだろうか。


鳴り止まないベース音に
みんな食事のペースが早くなった。
食器を洗う音もリズミカルだ。


早くこの場を去りたくなってきたのだな。
なるほど。
彼はライブがしたかったわけでは無く、
早くご飯を食べたくて
みんなを追っ払っていたのだ。


じゃあ音量は最大だろうか。


もし将来、彼が有名になった時のインタビューの
光景が浮かんだ。


記者に取り囲まれる大野。


「大野さん!どこでその黄金のベース音が
出せるようになったんですか?」


「これはですね。猫が嫌がる音というのがありましてね。
その超音波的な周波数があるんですよ。それと同じように
人間にも食事が喉を通らなくなる超重低音の周波数があり、
それをヒントにして出来たのが、この【大野チョッパー】です。
これで【ゴールデン・ノート】が出せますよ。」



そんな雨の日は近藤新聞舗へ
お越しください。
あなたも【大野チョッパー】の【ゴールデン・ノート】が聞けるかも。



〜つづく〜

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