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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その74


74.   耳鳴りのような木霊こだま



12月に入った。
何かしたい気分。
そんな顔をしたみんなと私はご飯を食べていた。


食堂のテーブルは一度に最大6人くらいしか座れない。
でもどデカいお茶が置いてあるから5人だな。
さらにでかい篠原先輩が来たら4人しか無理だ。
そこに嫌いな奴でも現れたら3人になってしまう。
大野はいつも貸切だった。


しかしまあ、
いつもは一度に食事しているのは4人とお茶。
だいたい仲の良いメンツが集まるようになっている。
誰がいつ帰って来て食事をするか
分かってきたからだ。
暗黙の了解による快適さ。


「ねえ、クリスマスって、何かするの?」


何もなくなったお皿を眺めてながらお茶を飲んでいる
由紀ちゃんが言った。


「んー。特に何かするってことはないかなー。
連勧れんかん(二人一組で新聞の勧誘(拡張)に行くこと)でも行く?」


立って何か用事をしている優子さんが応えてくれた。

「えー!やだ〜!クリスマスに拡張とか寂しすぎるよ〜!」


「マッチ売りの少女みたいに可哀想だからってことで、
もうバンバン契約してもらえるかもよ!」


「それか赤いサンタの服着て行くとか?」


由紀ちゃんの向かいに座っている
しーちゃんが演出を入れ始めた。


「えーやだー、はずかしー。」


「マッチ売りの少年とか、どうでしょう?」

口を挟み始めた私。


「真田くんは少年っぽくないからダメね。」


キッパリと否定する私と同い年の、しーちゃん。


「だってその頭!
その頭をしてる人はプレゼントを渡すほうじゃない?
何かしてくれそうな気がするしね。」


「ホントだ!なんかの芸は披露してくれそうな・・・」

由紀ちゃんも私ではなく私の頭部を見ている。


「頭を振ったら何か落ちてくるんじゃない?」


「クリスマスツリーと間違って飾り付けされたりして・・・」


「いや、トナカイでしょ?そのツノみたいな頭!」


しーちゃんと優子さんが私の頭を品定めしてくれている。
遠慮はもうお皿の上には乗ってはいなかった。


「ひゃっはっはっは!」

私の向かいでまだ箸を動かしている、
私より1個年下で1年先輩のまっつんが笑っている。


みんなの笑いが収まった所で由紀ちゃんが言った。


「ねえ、クリスマス🎄みんなでカラオケ行かない?」


「みんなってお店の全員?」

しょーもない確認をする私。


「いや、今ここに居るメンバーで・・・」

私は食堂を見渡す。

私の右横にはお茶。
お茶の右横に由紀ちゃん。
その向かいにしーちゃん。
その右横をひとつ開けてまっつん。
その向かいに私。
私の横にはお茶。
そのお茶を作ってくれた優子さんは
立ったまま奥の部屋と食堂を行ったり来たりしている。


優子さんが持っていた長い箸を前に突き出して言った。


「いいじゃん!行って来なよ!
この前、食事会行けなかった分が残ってるんじゃん?ポイント。」


しーちゃんが1秒の間も開けずに応答した。
「えー!いいの?お店のお金で行っていいの?
やったー!でもカラオケだよ?食事しないかもよ。」


「いいよいいよ。みんな拡張、頑張ってるんだからぁ。」


優子さんがそう言った瞬間、
一斉にみんなが私の方を見た。


最近、全く何もしていない私を。


配達と集金はしているが、
そんなのは体が勝手にやってくれている事。
私だけではない。
それはみんなもそういう感覚だろう。
ただ拡張となると頑張りが必要になる。
やる・やらないは自由だが、
【みんなでがんばろうぜ!】感がお店の壁には貼ってある。
ポイントとお小遣いがもらえる特別な仕事とも言える。
営業部隊だ。


しかし、
最近の私の頭の中はもうすっかりカナダ行きの事だけ。
そこから派生して将来の自分の人生の事だけ。
それしか考えていなかった。


拡張のポイントのことなど、もうすっかり忘れていた。
ハワイに行ける可能性があることも。

みんなの冷ややかな視線を感じつつ食べているものの味をしっかりと感じるためにもここは目をそっと閉じてから背筋をピンと伸ばしてモグモグする私。これで口の中のことにしか意識がいかない。みんなよ、さようなら。

「おい、精進料理食ってるお坊さんかよ!」

しーちゃんのツッコミで、みんなが笑う。

「真田くん姿勢良すぎでしょ。そういや最近拡張してなくない?
まあ俺もしてないけど。」

ズバリと言ってくれるまっつん。

「そういや最近なんか急いで帰ってない?なんか怪しくない?」

目を細めてから、まるで鹿撃ち帽を被り
虫眼鏡を私の顔に当てているように言う、しーちゃん。


ついに【カナダ行きの事】を
言わなければいけないかもしれない雰囲気に
ずっと目を閉じたままで居た。


「そうそう、なんかすぐ部屋帰るし
あんま、しゃべんないし。・・・・さては?」

まっつん先輩が間を溜めた。


「さては?」

由紀ちゃんが本当にドキドキして、
その答えを待っている。

「プレステ買ったな?」
「プレステ買ったな?」

しーちゃんとまっつんがハモった。
ゲーム好きのふたりが私を
自分達の世界へと引きずり込もうとしている。

しーちゃんが続けた。

「あんだけゲームはしないだの、嫌いだの、
する奴は最低だの言っといて・・・とうとう買ったか!」

まっつんも続ける。

「ほんまやで。でもこれでやっとゲームの話出来るわ。
ソフトは何買ったん?」

ゲームを買った事にするには
あまりにもゲームの事を知らなさすぎるのでやめた。
ここは素直さを出すのが一番だろう。


「いいえ。めっそうもございません。
そのようなゲームを否定するようなことは言ってませんよ僕。
そういう態度を、もしかしたらしてたかも知れませんし、
そういう空気を吐き出していたかも知れない僕が居ましたが・・・
そこは謝ります。
しかしまだゲームには手を出してませんよ僕。
それ以外にも手を出しているものはひとつしかありません。
ビールひとすじでございます。
ギターにすら手を出してません。
それに僕もうゲームはスーパーファミコンで卒業したんです。
あれは確か・・・中2の夏。」


しーちゃんが切り込んだ。

「さっきから僕、僕って。
頭部とセリフがぜんぜん合ってないんですけど?」


「一番ゲームっぽい頭してるのにね。」

優しさに包まれているような感じだけど
しっかりまとめてくれた由紀ちゃん。


「がっはっはっは!!」

みんなが笑う。


私をネタにさんざん盛り上がったみんなは去り、
いつのまにやら一人ぼっちで翌朝のチラシを叩いていた。


みんなは要領が良い。
先に済ませていたんだな。
私はいつも鈍くて決まって最後だ。
そんなことには慣れている。
私は一人になっても寂しいと思ったことはなかった。
なんせ頭の中の考え事がうるさいのだ。
(みんなでカラオケか。誰がまず一番初めに歌うかで時間を大幅にロスすることだろうな。そこに飛び込むのはやはり俺か!俺が一番初めに歌えばみんなもノってくるだろう。いきなりリンダリンダにするかな?)


顔を上げたらすぐるさんと目が合った。
いつからそこに居たのだろうか!
ずっと見られてたのか!
恥ずかしい!
もう少しで歌い出す所だったぜ!
ドブネスミの鼻先はもう見えていた。


「ちょうど良かった。真田。ちょっと。」
手招きをする優さん。


なぜ、近くに寄らなければいけないのか?
誰にも聞かれてはいけない内密な話か?
夫婦事情か?
私に良いアドバイスが出来るだろうか?


手を止めて優さんのおへその先まで来た私。
優さんが少しヴォリュームを抑えた声で言った。


「真田、お前学校辞めるんだって?」


な、なんと!誰から聞いたんだ!
まだ学校にしか言ってないのに、、、


「さっき学校から連絡があってな。」


そうか。学校からお店に連絡があったのか。
そりゃそうだが・・・しかし早いな。


何か話さないとと思っていたら優さんが続けてくれた。


「辞めるのはしょうがない。しょうがないんだが、
2年間行く予定の学校を1年で辞めてしまうと、
ひとつ問題があってな。」


「も、もんだい?ですか?は、はい、、ゴクリ、、」


喉が痛くなるくらい大きな唾を飲み込む。


「うん。その、学費、なんだが、足りなくなる。」


「た、足りなくなる?」


「そうなんだ。その最初に2年間分の総額を24ヶ月で割ってお前の給料から新聞奨学会に払ってるんだ。だが1年で辞めてしまうと払う金額が変わってくる。」


「えっ?2年目の分も払わないといけないってことですか?」


「いや、そうじゃなくて、えーっと、いいか。
1年目は入学金とかで支払う額が2年目より多いだろ。
だから2年分を24で割った額の支払いを、
再計算し直して1年分を12で割ると少し足りなくなるんだよ。
だいたいの学校は。」


「足りなくなる・・・」


顔面蒼白の私を見兼ねて優さんが心配そうに言ってくれた。


「うんそうなんだ。少しだけだと思うんだが、、、えーと、いくらかな?
ちょっと待ってろよ。計算してきてやる。」


奥の部屋に急いで入っていった優さん。
電卓か何かで計算してくれようとしてくれている雰囲気の背中だった。


そのままその場に立ち尽くして待った。


焦って来た。
ただでさえ貯金がないのに・・・


「えーっ!!」


奥の部屋から優子さんの驚く声が聞こえた。
今、私が学校を辞めるのが伝わったのだろう。


長い。
全身の血が足の親指に集結してしまった。
もう私はマシュマロのように白い顔になっているはずだった。
たましいの上半身が肉体から飛び出た所くらいで
ようやく優さんが帰って来た。


「さなだ。12万6400円だ。真田。おい、聞いてるか?
これを別で払ってもらわないとだめってことだ。
3月いっぱいまで待つ。ここを出るまでに払えばOKだ。
大丈夫か?おぉぉぉいぃぃぃ!!
いけるかぁぁ?さなだぁぁ?ギュワ〜ン・ギュワ〜ン」


なんか音がおかしい。
ハウリングしている。
いや、耳がおかしいのか。

・・・12万6400円だ。
 ・・・12万6400円だ。
  ・・・12万6400円だ。


いつまでもコダマする優さんの声。


どうしよう?
なんだかんだで、国際電話代とかで
今のところ貯金はZEROだ。
お恥ずかしいかぎり。
最初に箱の中に入れた3万円は一体
どこに行ってしまったんだ?
2回目なんかもう入れてもいない。


しかも12月とくる。
みんなとカラオケも行きたいし、
クリスマスだ。何が起こるが分かったもんじゃない。
くっそ〜。
どうすりゃいいんだ!


今からあと4ヶ月間でいったい総額いくら要るんだ。🦑


ショックなことが起こると
目の前が暗くなるというのは本当のようだ。
まるでサングラスをかけたかのように
優さんがうっすらとしたモノクロ色に見える。


「おい、大丈夫か?」

「あ、は、はい。大丈夫です。」


サングラスをかけているからか、
まともに優さんの顔をまっすぐと見れている。
落ち着いて平気なように優さんには見えているだろう。


「こればっかりは店ではどうすることも出来ないんだ。」


あの音楽学校の理事長のニヤけた顔が思い浮かんだ。



優さんにお礼を言ってお店から出た。
自分の部屋に戻った。
押入れの中の靴箱がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。


この靴箱でお金を貯める当初の計画を立てた時は
まだ残り6ヶ月だった。
そして3万円ずつ貯める予定だった。
計18万円。
飛行機代が8万円と
カナダに着いてから最初の1ヶ月間の生活費として10万円。


今は12月であと4ヶ月。
3万円ずつ貯めても12万円。


優さんはなんて言ってたっけ?


・・・12万6400円だ。
 ・・・12万6400円だ。
  ・・・12万6400円だ。
         

うへへーい!!
全然足りないじゃないかーー!!


どうする?
どうする?


バ、バイトだ!


こういう時はバイトするしかない!


新聞配達でもするか?
いや、もうそれは、やっている。
同時に2店舗の新聞配達は可能だろうか?

いや・・・無理だ。
第一候補が消えた。


うーむ。
あとは何がある?


バイト。
バイト。


コンビニか!
そうだ!コンビニでアルバイトしよう!
いつも行っているコンビニで・・・
いや、お店のみんなにバレてしまうぞ。
絶対にバレてはダメだ。


遠く離れたコンビニでないと。
でも遠すぎるのもなぁ。


お、そうだ!
自分の配達区域のコンビニだ!


あの佐久間さんの家の近くのコンビニが良い。
あそこなら私以外、お店の人は通らないだろう。
大野と会いそうな予感もするが
奴はもうお店の人間ではないから
バレても大丈夫だろう。


よしっ!
さっそく明日アルバイトさせてもらえないか聞きに行こう。
直談判だ!


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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