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土竜のひとりごと

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エッセイです。日々考えること、共有したい笑い話、生徒へのメッセージなどを書き綴っています。
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2021年6月の記事一覧

第159話:ジュビロ磐田のアクセント

第159話:ジュビロ磐田のアクセント

[ 日本語雑話:アクセント ]

これは図書館勤務時代に書いたものです。ジュビロ磐田の「イワタ」のアクセントが共通語と地元で違うために、テレビその他の報道で使われている「イワタ」が、地元の方に違和感を抱かせて問題になったということがありました。その件についての内容や経緯に関して調べたものです。

イワタか、イワタか?

問題は「イワタ」のアクセントが共通語と地元では違うことにあるので、まずそれぞれ

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第118話:定時制高校へ

第118話:定時制高校へ

(2001年)4月、僕は定時制に勤務している。
3年前、養護学校に行ったときもそうであったが、今まで僕の中にわずかばかり蓄積した教員としての経験や常識が通用しない世界に来て、文字どおり右往左往しているところである。
養護学校に行ったのも、今回定時制を望んだのも、知らない世界の風に吹かれてみたかったからであるから、それが生ぬるいことでないことは当然覚悟の上のことであったのだが、40歳を過ぎてオロオロ

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第116話:ため息箱

第116話:ため息箱

まだ20代のころ、新設校に勤務したことがあり、若者が集まり、活気あふれる職場だったが、ある日、ため息箱を作ろうということになった。

教員は人間が相手の商売なので、いいことも勿論たくさんあるが、いいことばかりでないことも多々あって、それなりに、しんどい。1時間の授業が終わって職員室に帰ってくると、椅子に座った瞬間、思わず「フウー」とため息が出る。

だいたい納得のいく授業など年に何回あるだろう。1

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猫語が分かる?

猫語が分かる?

「猫とこんなにコミュニケーション取れるとは思ってもみなかったわ」とは、カミさんの言である。

カミさんは、今の猫を飼い始めるまで猫を飼ったことがなく、むしろこれまではペットを飼うことに否定的で、飼い始めて初めて接する猫に驚いたようである。

わが家の「捨て猫」、いや「拾い猫」は、確かに意思表示が明確である。

ドアの前に座って「ニャー」と鳴けば、それは「開けて」と言っている。

近寄って来てゴロン

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第128話:「古池や」と混沌

第128話:「古池や」と混沌

前話を読んだカミさんが、案の定、怒り出して「全くあなたはどうして私をネタに使うの。読む人が私のイメージを誤解するじゃない。だいたい最近、書くことに清潔感がないのよね。オジサン化しちゃったって言うか。」とのたまった。

「仕方がないよ。オジサンだもん(もうジジイだが)」と思ったわけだが、「いったい出会った頃のあの『土屋君』はどこへ行っちゃったのかしら」などと溜息まじりに言ったりもする。
「仕方がない

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第127話:「古池や」とパラドックス

第127話:「古池や」とパラドックス

古池やかはづ飛び込む水の音

言わずと知れた芭蕉の名句である。
しかし、僕は何故この句が名句と言われるのか、長いこと解らずにいた。古池に蛙が飛び込む、ボチャンという音がした、という句であるのであって、蛙が水に飛び込んでボチャンと音がしたという極めて当たり前な事実にどういう芸術性があるのかさっぱり解らなかったのである。

これが「閑かさ」をうたった句であることを知ったのは、図らずも高校時代に日本史の

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第126話:「古池や」と言葉遊び

第126話:「古池や」と言葉遊び

高校の頃、先生にいたずらを仕掛けるのが好きなSという奴がいて、いたずらをしては先生を困らせて喜んでいた。

甚だしく古典的だが、教室の入り口の戸に黒板消しをはさんでおいたり、黒板のチョーク受けの前面にチョークを塗っておいて、先生の服が汚れるのを楽しんだり、チョークをボンドでくっつけて取れなくしておいたり、赤いチョークの周りを白いチョークで塗っておいて、白だと思って書いた先生が赤い字が出てきたことに

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▲第281話:たぶん僕の歩き方

▲第281話:たぶん僕の歩き方

生きるためには
実にたくさんのことが
必要ですが、
僕が大切だと思うことは
「怠ける」ことです。

生命をこめて「怠ける」ことを
学ぼうではありませんか。

誠実に努めることも、グダグダ怠けることもそれはそれで素敵なのですが、夏休みの少年のように 「一生懸命に怠ける」ことの中に、 たぶん何かがあって、 そこに「世界」が生まれ、 「ことば」が生まれる気がします。

生きることは実に大変な営みですが、

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第129話:校則で拘束

第129話:校則で拘束

息子がまだほんの小さい頃、こいつと遊ぶのがエラク大変だった。
「かくれんぼしよう」と言うので「かくれんぼ」をするのであるが、狭い家のこととてそんなに隠れる場所があるわけもない。子供が隠れそうな所などすぐに分かってしまう。
分からないふうで遊んでやるのも最初のうちはそれなりに楽しめたりもするが、こいつが何回やっても「しよう」「しよう」と言うのであって、これを延々とやっていると頭が溶けてしまいそうな疲

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第52話:トイレトレーニング

第52話:トイレトレーニング

[子どもの成長の記憶と記録]

8月、2歳と8ケ月を迎えている亮太は、この夏が勝負とばかりトイレトレーニングの真っ最中である。単にオムツをパンツに代えるだけのことなのだが、親の我々がそれをどんなに意識しようと、本人はそれを意識しないわけだから骨が折れる。

当然のことだが、オムツはオシッコを吸収し、パンツはオシッコを吸収しない。文明人としてもオシッコはトイレでするという、このいかにも、あるいは不思

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第165話:猫(レイ)との出会い

第165話:猫(レイ)との出会い

今日は多分、わが家の猫の誕生日。
多分、と言うのは拾い猫だから。
もっと言えば、今日は拾った日なので絶対に誕生日ではない。

図書館に勤めていたころ、出勤するとカラスに追いつめられている子猫を数人の同僚が保護しようとしているところに出くわした。
子猫は駐車場の石垣の縁に追いつめられ、必死の形相で、それでも果敢にカラスに対抗していた。逃げまどう猫はなかなか捕獲するのに苦労したのだが、それでも、にゃん

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第135話:音が聞こえますか?

第135話:音が聞こえますか?

虚を突かれるということがある。

まだ当時、小学5年生くらいだった息子と話をしていて、僕には「音が聞こえていない」ということを知らされた。

例えばデパートの中を一緒に歩いているとき、また例えば喫茶店なんかで軽い食事を取っているとき、ふいに息子が「この曲、なんていう曲か知ってる?」とか、「この歌、どこで聞いたか覚えてる?」と聞いて来ることがある。

「えっ?」と慌てて耳を澄ましてみると、確かに音楽

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