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短編小説

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ちょっと不思議な短編を集めました。
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水の中の時計(第五章)…最終章

水の中の時計(第五章)…最終章

「まあ、ないもんはしょうがねえな。見つけりゃいいんだからさ」

一郎が何でもないことのように言ったので、僕は少し落ち着きを取り戻した。

「うん…でも…」

「一緒に探してやるからさ、とりあえずここ、片付けようぜ」

僕たちは秘密基地を片付け、火の始末をした。崖の入り口を木の枝や雑草で隠すと、すっかり元通りになり、ここに洞窟があるだなんて誰にも分からないだろうと思った。

「じゃ、探しながら行こう

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水の中の時計 第4章

水の中の時計 第4章

「わあ…」

薄暗い洞窟にいきなり入ったので、最初は目が慣れなかったが、見えてくると僕は驚いた。

中は天井は低く、まっすぐには立てなかったが、思ったより広さはあり、子供なら五、六人くらいは入って遊べそうだ。
足元には古いゴザが敷いてあり、丸いテーブルもあった。奥には大きなカゴがあり、中には、缶詰めなどの食料、ハサミやナイフなどの道具やマッチ、小さな鍋や、少し欠けた古い食器などが無造作に放り込まれ

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【短編小説】水の中の時計 (第3章)

【短編小説】水の中の時計 (第3章)

川の水は、さっきみたいに押し流されるような感触はない。ただ、足元だけひんやり寒い場所を歩いているみたいだった。
振り返ると、パパは網を構えたまま、夏乃はよろけた姿勢で止まっていた。足元の水しぶきも空中で固まっていて、細かな粒が小さなガラスの欠片のようで、きれいだった。

「こっち、こっち!」

少年が立ち入り禁止のロープをくぐり、滝壺の方に泳いでいった。
川は、しぶきは立たないが泳げるようだったの

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【短編小説】水の中の時計 (第2章)

【短編小説】水の中の時計 (第2章)

「おにいちゃーん!!おにいちゃんってばーー!!」

そのとき、夏乃の声がして、浅い川をよろけながら登ってくる姿が見えた。

「ママが、おべんとうにするってーー!!」

僕は、お腹がペコペコなのに気がついた。
「じゃあその石、そこの岩の影に隠しておきな。弁当食ったら、またここで待ち合わせしようぜ。」
少年が言った。

「あ、魚!えっと、オイカワは?」
僕は、透明なケースに入ったきれいな魚に、顔を近づ

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【短編小説】水の中の時計(第1章)

【短編小説】水の中の時計(第1章)

【「石、ただきれいなだけじゃないんだぜ。すっげえ、秘密があるんだ」「…秘密?」「そう」「秘密ってなに?」「まあ、そうあせるなって」
少年は得意気に、ニカッと笑った。】(本文より)

「キラキラしてる川、久しぶりにみたなあ」

パパが、魚とりの網を振り回しながら、子供みたいな口ぶりで言った。

小学校五年生の夏休み、僕は家族で川遊びに来ていた。
家から車で二時間半。自然に飢えている都会の家族連れに、

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【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて 前編 

【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて 前編 

すぐ向こうに見える住宅や道路は、いつもと何の変わりも無かった。公園の中だけが箱庭のように、小さな海になっていた。
大きさは池のようでもあったが、しかし海だった。その証拠に潮の香りがしたし、打ち寄せる波は、海そのものだった。(本文より)

夜の住宅街はとても静かだ。

真冬のしんと空気の冷える日、星がいつもより美しくはっきりと見える夜は、特に静かに感じる。そんな夜にはいつもの見慣れた住宅街でも、見知

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ストローのなかの、ちっちゃいおじさん【短編小説】

ストローのなかの、ちっちゃいおじさん【短編小説】

【あらすじ】
今世紀最大の『ちっちゃいおじさん大宴会』の招待状の束をなくしてしまった、ちっちゃいおじさん。
”私”は、開催の危機をすくえるのか?!

 

***

マンションの下のコンビニで、アイスコーヒを買う。

レジで氷入りのカップを受けとり、機械にセットしてボタンを押すと、ガーッという音とともに、勢いよくコーヒーが出てきた。
そのあいだにフタとストロー、紙ナプキンを棚からとる。
まるで店員

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【短編小説】風をあつめる

【短編小説】風をあつめる

「僕、風をあつめてるの。」

 
仲の良かった小林君が僕に教えてくれたのは、小学四年生のときだった。

「えっ、カゼ?くしゃみとか出るやつ?」 

「違うよ、だからひく風邪じゃなくて、吹く風。」

「風?でもさ、そんなもん、あつめられないでしょ。」

「できるよ。あつめたの僕んちにいっぱいあるもん。」

「うそだあ。」

「うそじゃないよ。じゃあ、見に来る?」

「うん。いくいく!」



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笑い袋(短編小説)

笑い袋(短編小説)


笑い 特価 590円

ある日、スーパーのすみっこに、こんなものが売られていました。

二年生の しょうた君が、それを見つけたのは、夕方のことです。お母さんと一緒に、お買い物に来ている時でした。

「笑い…って?」
 
それは、奥のほうの棚に、ぽつんと一つだけ置かれていました。

ごく普通の茶色い紙袋で、口の部分は二回ほど折り曲げられ、ホチキスで無造作に留められています。
袋には手作りの値札が貼

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うすっぺらな街 【短編小説】

うすっぺらな街 【短編小説】

渋谷のスクランブル交差点、上空。
俺は足元の光景に目を奪われていた。

多くの人が紙でできているかのように、厚みが無かった。

ぺらんぺらん、と、歩いている。

***

俺は、まだ薄暗い駅のベンチで始発を待っていた。
ポケットから取り出したスマホはいつの間にか充電が切れていた。舌打ちをして膝に乗せていたカバンに放り込む。手袋はしていたが指先は凍え、こわばっていた。
辺りは冷蔵庫のような寒さで、俺

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「五十センチの神様」(短編小説)

「五十センチの神様」(短編小説)

ある愚かで怠け者の男が、だらりだらりと田んぼの畦道を歩いていた。

すると道端の土が少し、盛り上がっているのに気が付いた。

「ちょっと待て。」  

声が聞こえ、男は立ち止まった。  

「何だ?誰だ?」  

「わしじゃ。」

そう言いながら地面から顔を出したのは、長い髭を蓄えた、小さな神様だった。  

身長五十センチ位の神様は、やっとのことで穴から這い出してきた。てっぺんは河童のようにハ

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「ワスレサル」(短編小説)

「ワスレサル」(短編小説)

【 右足を見て跳び上がった。ちょうどふくらはぎのあたりに取り付いていたものを見たからだ。
驚いたことに、それは小さなサルだった。(本文より)】

右足が重い。

最初に違和感を覚えたのは、梅雨が明けたばかりの頃だった。
数日前まで梅雨寒で、少し肌寒いほどだったのだが、その日の東京には真夏のような日差しが照りつけていた。

俺は職場から一人で営業先に向かっていた。
地下鉄を乗り継ぎ、目的の駅に降り立

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